懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣

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第544話 どんなに貴方を愛しても……愛されても……

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「……したたかになったな。それとも、こずるい事を覚えたのか?」
「貴方は何も変わらないわね。本当に」

 会社から少し離れたコンビニで待ち合わせをして、弁護士ではない幼馴染みと数年振りに再会した。
 彼は煙草を吸っているが、物静かで落ち着いた雰囲気は昔から変わっていなくて不思議と安心できた。

「煙草を吸ってるのね」
「兄の影響でな」
「高校三年生の時から7年間も疎遠になってたのはそれで?」
「……親と家業を継ぐ事で揉めた。お前を巻き込む可能性から距離を取った」
「説明くらいは欲しかったわ」
「すまん。だが……縁を切る事でその件はもう無くなった」
「……家族と……縁を切ったの?」
「兄と祖母以外に、あの家に俺の“家族”は居ない。気にするな。今までと何も変わらん」
「……そう」
「納得できる様に説明する。どこか、行き着けの店はあるか?」
「ちょっと待ってね」

 私はケイと甘奈の予定を確認する。
 ケイは週末なので大宮司道場に顔を出し、甘奈は最近秘書になったので、今も業務内容を社長と相談しながら組み上げている最中だ。

「良いところがあるわ」

 今日、私たち四人の場所へ行くのは私と彼だけだ。





 再会した幼馴染みは何も変わらなかった。
 意外と負けず嫌いで、他人をやる気にさせる事に関しては誰よりも前に出て証明する人間だった。
 あまり派手な事が嫌いな俺と違って、鬼灯詩織は昔からとにかく眼を引く存在でその光には俺も照らされた。

 小学の頃、祖母の店に父親と共に彼女が来た時が初めての出会い。その後、同じ小学校に入学しクラスが同じだった為に声をかけられた。
 当時は互いに友達の作り方がわからなくて、知ってる顔が居て本当に良かったと中学で再び同じクラスになった時に当時の事を告白しあった。
 学生の頃から続く彼女との関係は今も友達のように思っている。

「ここよ」

 思い入れのある場所のように彼女は行き着けのバーへ俺を招待してくれた。

「マスター」
「いらっしゃいませ。おや? 本日は鬼灯様御一人ですか?」

 片眼鏡に給仕服を着た、いかにもな初老のマスターがコップを拭きながらこちらを見る。

「私の幼馴染みの真鍋さんです」

 幼馴染み。数年間の音沙汰を消していた俺の事を迷い無く、そう紹介してくれる彼女は相変わらずだ。

「真鍋……よもや真鍋聖さんですかな?」
「失礼ながら……面識がありますか?」

 マスターが俺の名前を知っていた事は驚きだ。

「我々の業界では知らぬ方が無理な事です。『無敗』の真鍋。そして……あのウォッチの孫と言う事は特にね。鬼灯様の幼馴染みであられましたか」
「そうなの……コウ君は自分の事を何も話してくれませんから」
「今日は、その解禁日にする」

 マスターはまだ客が来ていなかった事もあって、本日は俺達の貸しきりにしてくれた。
 そして、俺は自身の事を話した。
 海外の両親の事や、俺が生きる為に手を貸してくれた恩師、そして……もうこの世にいない兄の事。

「自分でも信じられないくらいに家族背景は酷いモノだった。だが全部片付いた」

 それも、自分が駆けつけた時は既に兄が殆んど処理をしていた。俺は現地にて“エージェント・シルバー”と名乗る女性と共にトドメを刺したのだ。

「そうだったの……」
「何も言えずにすまなかったと思っている」
「いいのよ。実はスイレンさんに貴方の事を聞きに行って、何となくは解っていたから」

 貴方は何も言わずに消える様な人じゃないわ、と彼女は俺を信じてくれていた。

「今は身寄りが祖母しかいない、ただの男だ」
「昔と変わらないって事でしょう?」

 彼女が知る俺の家族関係は祖母だけだったから、そう言えばそうか、と俺はこれからも特に変わらない事だけを認識してウイスキーを飲む。
 それから、俺たちは互いに空白の時間を埋める様にここ数年の事を話した。

「ミライは今頃、中学生に上がった頃か?」
「……ええ。そうね」

 会話を交わす中で、家族に話題になると彼女は表情を曇らせる。喧嘩する様な関係では無かったと思う。
 おばさんは脳に病を抱えていると知っているが、それを彼女を含める家族は全員理解しているし、支える事は問題ないハズだ。

「コウ君。なんか酔っちゃったわ。もう、帰らない?」
「ああ。そうだな」

 それでも彼女から話さないのなら俺は踏み込まなかった。その距離が“友達”としては適切だと思っていたからだ。

 マスターに貸しきりにしてくれたお礼を言ってバーを出る。時間は終電ギリギリ。俺は彼女と共に駅へ向かった。

「……コウ君」
「なんだ?」
「コウ君にとって、私はどんな人間?」
「友達だ」

 それは今も昔も変わらない。

「そう……」

 彼女が足を止める。

「コウ君。私……貴方と友達以上になれないかしら?」
「……それを証明するのは難しいと思うが?」
「そうかしら?」

 彼女が振り返る手を取り、ゆっくりと歩き出す。向かう先は駅とは反対方向で男女が夜の営みをする建物だった。





「コウ君。驚いてる?」
「素直に驚いてる」
「でも、貴方は慣れてた様な気がするわ」
「……お前も余裕そうだったが?」
「痛かったわよ。でも、それ以上に嬉しかったの。貴方と今まで以上に深く繋がれた気がして」
「……そうか」
「それで、コウ君は初めてだった?」
「……まぁ……な」
「ふふ」

 彼女はそう言って、シーツで身体を隠す様にベッドから立ち上がった。人は感情の生き物だと祖母から教わったが、やはりその通りだと思う。
 数時間前まで“友達”だと思っていた彼女を、他の男達と同じように魅力的に見えるのだから。正直、今後はどの様に接すれば良いか少し困っていた。

「ねぇ、コウ君」
「なんだ?」
「コウ君は何で日本に戻ってきたの?」

 シャワーへ向かおうとした彼女は振り向いて聞いてくる。

「日本の方が“縁”が深かったからだ」
「……それは――」
「俺にとって重要な関係は兄と祖母とお前だけだった。そして……兄は俺を両親から解放し、その意思を尊重して祖母とお前の居る日本に戻ってきた」
「でも、弁護士になったのは?」
「お前は昔から魅力的だった。良い意味でも悪い意味でも言い寄る人間は多かったからな。確実に護れる職業を選んだ結果だ」
「……そう……なの……」

 と、彼女はシャワー室の扉に手をかけて止まった。そして、その場でゆっくりと力無く座り込んだ。

「詩織――」

 俺は駆け寄ると彼女は涙を流していた。

「コウ君……ごめんなさい……私……私は……欠陥品なの……」

 そして、バーでは話そうとしなかった、家族の事と自身に起こっている事を打ち明けてくれた。

「ごめんなさい……どんなに貴方を愛しても……愛されても……貴方との繋がりを私は……繋ぐ事は出来ないの……」

 何も取り繕わずに心をさらけ出す彼女は今にも崩れてしまいそうな程に弱々しかった。
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