懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣

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第506話 23年前 友達

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 突風と豪雨によって、会話さえままならなかった船上とは違い、落ちた海中は静かだった。

 巻き込まれたか……方向感覚が掴めん――

 巨大な船が沈む際に生まれる水流にジョージは成されるがままだった。
 時間帯は夜で上空には分厚い積乱雲。海中は沈み行く『WATER DROP号』の電灯で少し明るいが、それも長くはもたないだろう。
 完全な闇になる前にどうにかして海面に出なくては――

「…………」

 背のケンゴは息を止めて必死にしがみついてくる。自分はどうなってもいい。何としても……孫だけは――

 すると、ケンゴのしがみつく力が弱くなった。意識を失ったのかと思って様子を見ると孫は何かを見ている。

 何を見ている? ジョージもケンゴと同じ方向を見ると、ソレは高速で接近してくる。

 キュイッ――キュイッ――





 ジョージとケンゴを掴まえ損ねた『ガルート号』は舵を戻し、船体を二人が落ちた地点へ引き返す。

 場はもはや台風の中に居るかのように荒れ狂う。その時、カッ、と一瞬闇が光った。

「!!」

 空が破れたと思う程の落雷が『WATER DROP号』へ落ちる。その轟音に甲板で状況を見る面々には耳鳴りが走った。

『総員に告ぐ。これより……『WATER DROP号』を離れる』

 マッケランの判断は場において何よりも正しかった。これ以上は自分達も『WATER DROP号』の二の舞になる可能性がある。船長として船と乗組員を護るのは必然的な事だ。

「トキサン……」
「……」

 その判断に目の前で夫と孫を失ったトキは何も言わなかった。ただ、黙って沈む『WATER DROP号』を見ている事しか出来ない。
 『ガルート号』は、急速に『WATER DROP号』から離れ、積乱雲の外へ移動を始める。

「…………」

 ……ジョーはどんな危険な任務でも絶対に帰ってきてくれた。だから……大丈夫だ。今回もそう。心配するだけ無駄だ。いつもの様に、今帰った、と澄まし顔で現れるに違いない。現れ……る……

 しかし、目の前には絶対的な結果だけが広がる。
 落雷。暴風。豪雨。沈む船。荒れる海。誰がどう見ても、助かるハズは無い。
 その危険域を『ガルート号』は高速で脱し始めた。

「Mr.トキ……ここは冷えます。船内に」
「……もう少しだけ……見ててもええか?」

 トキは懇願する様にステラへ言う。その様子はとても弱々しく、今にも膝から崩れ落ちそうだった。





「――船長」

 程なくして積乱雲の領域下を抜けた『ガルート号』ブリッジにて、ソナーを見ていた船員が一つの反応を確認する。

「高速で接近する反応があります」
「なに?」





 甲板でソレに気づいたのはトキだった。
 そして、共に居たステラは驚きに眼を丸くする。

「――おいおい。ブリッジ、見えてますか?」

 同じく甲板でソレを見たマーカスは無線でマッケランに報告する。

『ああ。ソナーで反応を見ていた』
「なら教えてくださいよ」

 『ガルート号』に近づくように海面に現れたのは背びれ。そして、人の手から腕、肩――ジョージが顔を出し、その背にはケンゴも存在していた。

「ドルフィンが、人命救助をしてくれたって事を」

 ばぁー! とケンゴが『ガルート号』からこちらを見るトキへ手を振っていた。





「気をつけて」
「先に孫を頼む」

 イルカは『ガルート号』の近くまで二人を引っ張ると分かっている様に停止してくれた。
 船員がすぐに浮き輪を投げて、ケンゴ、ジョージの順に引き上げる。

「ケンゴ……」
「ばー、お菓子ちょうだい!」
「あぁ……」

 トキはそんなケンゴを優しく抱きしめる。夢でも幻でも無い。孫が……生きていた。それだけが嬉しくて他は何も考えられなかった。

「ジョージサン。手を」
「すまんな」

 最後にマーカスの手を取り、他の船員達にも引き上げられたジョージは、ようやく一息つく事が出来た。
 そして、振り替えると『WATER DROP号』は完全に沈み、積乱雲は嵐と雷を落としている。

「とんでもない所に居たモンだ」
「まったくです。正直、死んだかと思いましたよ」
「ワシもだ。だが――」

 キュイッ! キュイッ!

 海から鳴き声が聞こえる。それは、ジョージ達を運んできてくれたイルカだった。
 額に傷があり、人懐っこく鳴いている。ジョージと甲板の船員はソレを覗き込む。

「ドルフィンに友達なんて居たんですか?」
「ワシじゃない」
「ルカ!」

 すると、その鳴き声にケンゴは走ってくると、身を乗り出す。思わず落ちそうになったのでジョージは慌てて支えた。

「じー! ルカだよ! 僕のともだち! ずっといっしょだったの!」
「キュイッ♪ キュイッ♪」

 幼いケンゴが精神的にもまともだった理由は、ルカの存在があったからなのだと、ジョージは理解した。

「そうか。ルカ、孫が世話になった。ありがとう」

 その言葉を理解した様にルカは潜ると、海面からジャンプして、海の彼方へ去って行った。

「またねー!」

 イルカは聡い生き物だ。常にケンゴの事を気にかけて居たのなら『WATER DROP号』の異変に気づき、近くまで来ていてくれていたのだろう。

「何も返せないのは心苦しいな」

 借りは返す主義のジョージも、流石に大海原のイルカへは手が出せないと苦笑する。

「ジョー……」

 すると、トキがゆらりとやってきた。

「トキ、今帰っ――」
「アホ! バカ! マヌケ! 今度こそ! 今度こそ……そんなハズは無いと思っていても……この不安だけは一生消せん……」

 夫の存在を確かめる様にトキは顔を伏せて抱きつく。彼女は泣いているとジョージは察した。

「ばー? ないているの?」
「悲しいワケじゃないんじゃ……」

 服を引っ張って心配してくるケンゴへトキは涙を流しつつも笑みを作ると再度抱きしめる。

「本当に……お前たちが生きてて良かった……」
「健吾、良く頑張ったな」

 ジョージも片膝をついて抱きしめられるケンゴの頭を撫でてそう言った。

「うん! 僕……がんばった! がんばった……ふぇ……」

 するとケンゴは、ようやくこれが夢でないと理解したのか大声で泣き出した。

 その様子に貰い泣きする船員達も、家族の再会に心から祝福する様に静かに見守り、『ガルート号』は港へと帰航を開始する。
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