懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣

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第501話 23年前 船長の航海日誌

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 ○○月✕✕日。
 突如として落ちた落雷に船は二つに割れたと思う程の轟音に包まれた。避雷設備は機能したもののそれを超えるエネルギーに船はメルトダウンし、機関は停止。怪我人も何人か出たが軽傷者だけだったのは奇跡だろう。今、システムの復旧作業に船員は勤しんでいる。
 私はこれから乗客には一通りの説明をする予定だ。


 ○○月✕△日。
 落雷から丸一日経ったが、船は未だに沈黙したままだ。機関士や、知識のある乗客によって復旧作業に当たっている。
 乗客は今は落ち着いているが、状況が長引けば混乱も起こるだろう。


 ○○月✕□日。
 正直、目の前で起きた事が心底信じられない。妙な涼しさを感じて外に出ると、上空に積乱雲が発生し始めていたのだ。
 今度は落雷だけではなく、豪雨と強風に見舞われた。身動きの出来ない『WATER DROP号』では堪え忍ぶしかなかった。
 船は大きく揺れ、転覆の可能性が頭を過る。無事を祈るしかない。


 ○○月✕○日。
 落雷から既に4日目。
 突発的な嵐によって船は沈むことはなかったが、未だに電気さえも消えたままの『WATER DROP号』に乗客たちは不安から船員達に詰め寄る行為が多々発生する。
 早く何とかしなければ収集がつかなくなるだろう。

 ○○月△✕日。
 何とか電気の復旧には成功した。
 無事な回路と端末を寄せ集めて、無理矢理に明かりを灯したのだ。
 しかし、その代わりに機関を動かす電源は優先出来なかった。
 仕方ない。今は、皆に夜でも安心できる明るさを提供するのが大事だ。
 それと、実は暴動が起きかけたのだが、ある方のおかげで大事には至らなかった。本人の強い希望で詳しくは記録に残せないのが残念だが、当時と変わらない“声”には思わず感動して作業の手が止まる程だった。


 そこからの日誌は、嵐を乗り越えたり、小事を解決したり、食料は魚を釣って何とかなりそうだの、船に光が戻ってからは悲観した様子は少ない。
 そして、何よりも大きかったのは、時折記載にある“声”と表現される事柄だった。
 詳細は書かれていないものの、どうしても記録には残したくなる程に魅力的だったのだ ろう。

「……」

 ジョージはアキラがどんな行動をとったのか目に浮かぶ。

“お義父さん、そうじゃなくて、もっとこう……声を出して!”
“親父は声が低いんだ。お前のようには歌えん”
“演歌は凄く上手だよね。僕が演歌歌うと何故か皆泣くけどさ”
“一種のヤバい催眠だ。お前は歌うの禁止な”
“えー! 里の喉自慢なのに! 僕抜きで成立するの!? じゃあポップでどう? YO! YO!”
“止めろ。お前がYOYO言うと、老若男女が強制的に踊り出す”
“ぶー! じゃあさ、将平さんデュエットしようよ! それなら僕の歌を中和出来て、将平さんも歌えるでしょ?”
“……歌は苦手だ”
“ほほーう。それは教えがいがありますなぁ♪”

 いつも、アキラは負の感情を何とかしようと行動を起こしていた。それは個人から集団まで、人を笑顔にする事を自分の事のように笑顔を絶やした事はない。

“感情って伝染するんだよ? 僕が笑顔なら皆も笑顔になるでしょ?”

 それが義娘アキラの口癖だった。

「この声って言うのは、それなりの演説家でも乗ってたのか?」
「混乱しかけてた場を落ち着かせるくらい凄い人だったんでしょ」

 マーカスとステラがそれなりの考察をする最中、ジョージは更にページをめくる。


 ○□月✕✕日。
 既に海を漂って1ヶ月。
 機関は直る目処は立たないが、我々が日程通りに特定の港に着かなければ救助が始まるだろう。それか、船が近くを通れば全力でSOSを送れば良い。
 希望は十分にある。堪え忍べば全員で帰れるハズだ。


 ○□月✕□日。
 問題が発生した。
 長い漂流生活で体調不慮を訴える者が現れ始めたのだ。最初は風邪かと思ったが、その者と接触した者も同様の症状を発症。ドクターが即座に気がつき、隔離を行う。
 釣った魚介類が悪かったのか? それとも、ただの風邪か? ドクターが言うには食事には問題がないとの事。治療も難しくないそうだが、薬品には限りがあるとだけ言っていた。


 ○□月✕△日。
 症状が出た者はドクターのおかげで完治したものの、別の者が発症を始めた。症状は全く同じだが、病原菌の出所は未だにわからない。突き止めなければ船内の不安は膨れ上がる一方だ。


 ○□月✕○日。
 死者が出た。これは由々しき事態であり、悲しみと混乱が同時に押し寄せている。
 ドクターは同じ処置をしたそうだが、今度は症状が改善せず、発症した者は死去してしまった。明日、船をあげての葬儀を行う。遺体は防腐処理が行えないので、水葬する形となる。


 そして、日誌の日付は4ヶ月飛ぶ。


 ○△月✕✕日。
 あれから謎の病に対してドクターは何度も治療法を見つけて完治させたが、その都度、新たに倒れる者が現れては同じ治療は効かなくなる。船員も何人かが亡くなり、機関士も症状にかかった。
 いよいよ、船を動かすと言う事が現実的に不可能になり始めた。
 するとドクターが船長室に現れ、これは細菌兵器だと告げて来た。ドクターは、その証拠を見せ、首謀者は死闘の末に排除したと隠さずに口にする。
 彼がここまで動いた理由は、彼の妻と息子が症状におかされたからだ。
 彼は、助かった後に全ての罪を受け入れる為に私に話してくれたのだ。
 今日まで懸命に命を救い、家族を護ろうとした結果で起こった事に対して、私は彼を咎める事は出来なかった。そして、もはや全てが手遅れなのだと私は感じた。


 ○△月✕△日。
 既に船は静寂が多くなった。
 ほぼ船内の全ての人間が感染している。一度完治した者も再度発症した。
 私も昨日から身体がだるく、咳が止まらない。ドクターは今も懸命に治そうとしている。自らの家族を後回しにしてでも、他を救おうとする姿に誰もが責める事はなかった。


 ○✕月✕✕日。
 これが最後の記録になるだろう。
 ドクターの妻が亡くなった。彼女を優先して治療すればまだ生きて居られただろう。しかし、ドクターは決して家族を贔屓しなかった。症状が重い者を優先して治療した結果、彼女は救えなかったのだ。
 彼女は最後まで笑って皆に“声”を届けてくれた。そのおかげで、安らかに逝けた者も多かったと思う。
 私ももう長くはない。しかし、ドクターは唯一の可能性を見つけたと言っていた。
 たが……それを全員に施す様な薬品も時間も足りないと私に相談してきた。
 誰にその処置を施すのか。船長である私の指示に従うと。
 この様な事態になっても、まだ私を“船長”として慕ってくれて、ここまで命を救おうと戦ってくれた彼に私は言った。
 もう、君の家族を救うと良い――と。


 日誌はそこで途絶えていた。
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