457 / 701
第456話 御覚悟を
しおりを挟む
御父様は故郷の地より共に持ってきた刀を要いて時折、技を見せてくださいました。
御母様の膝の上に座って、その流れる様な剣術を見る私は毎回眼を輝かせて居たと思います。
「お父さんの師匠が教えてくれたんだ。本来は刀ではなく、その辺りの棒やナイフ等でも応用できる。これはね、弱者の為のものなんだ」
そう語る御父様は誇らしくとも、どこか寂しそうに刀を仕舞いました。
御母様はそんな御父様へいつもの様に微笑み、いつかアナタの故郷に帰りましょう、と優しく語りかけるのです。
『白鷺剣術』。
後に西洋の剣術と御父様の持つ技を複合して創り上げたソレは『白鷺』が生み出した、唯一無二のモノと成りました。
多くの方が習得でき、それでいて深い術理も存在する。
万人に受け入れられて、評価された『白鷺剣術』でありますが、ソレを証明しなければならない方々にはまだ届いていません。
それは……御父様の師、そして故郷へ――
「御覚悟を」
ソレを私が証明する。御父様はこの地より学んだ事は何一つ忘れてはいないと言うことを。
敵の襲来。しかし、熊吉の前に立つ彼女はあまりにも“か弱い”存在に映っていた。
「ゴガァ!」
熊吉は立ち上がるとアヤへ向かって威嚇する。隙間へ逃げたユウヒよりも、武器を持つ彼女の方を優先して対象する事に決めた。
「バォ!」
小動物なら簡単に吹き飛ばす腕の振り下ろし。更に覆い被さる様にアヤに迫る。
対してアヤは刀の峰に手を添えて、刀身を己の身に寄せると、膝を折る足の動きだけで、熊吉の側面を沈む様に抜けた。
「『添え枝の太刀』」
アヤが通り抜けた脇側から熊吉は斬痛を感じる。毛皮を切り裂かれ血が流れる感覚もだ。
『添え枝の太刀』。それは己の身に刀身を寄せ、刃を“振る”のではなく、身体の沈む動きと連動させて“斬る”技であった。
身体に密着させる事で刀身のブレを抑え、自身を一つの刃として見立てる。全体重で固定されたその刃は毛皮程度なら抵抗もなく裂く事ができるだろう。
相手の攻撃をかわしつつ、深傷を負わせる。攻防一体の技であった。
「ゴァァ!!」
しかし、熊吉は規格外の体躯を持つ故に、本来なら致命傷となる攻撃も“耐えられる傷”を受けた程度に留まる。
刃筋は完璧に通った……しかし、筋肉に刀身を僅かに押された様ですね。
数ミリのブレが無ければ、臓器を吐き出させる程の深傷を与えられたと推測。
規格外の骨格と肉厚。飢餓状態故に、脂肪は殆んど無く、筋肉が限りなく浮き出ている事から僅ながら刃は弾かれてしまったのだろう。
その情報を頭に入れ、次の太刀筋を修正。次は命へ届かせて見せる。すると、熊吉は威圧する二足歩行を止め、四足歩行に体勢を切り変えた。
「これは――」
「ゴガァァア!!」
突進。二メートル半の体躯が乗用車の様に突っ込んでくる。
アヤは三角跳びの要領で横の塀の壁を蹴って熊吉の突進をかわすと、再び入れ違う。
熊吉はブレーキをかけるとアヤへ切り返した。
刺突は弾かれる可能性がある。何より狭い中庭でこの質量は相手に出来ない。的は完全に自分になった。ならば――
「ユウヒさん! 今の内にコエさんをお願いします!」
自らが囮となり、熊吉を母屋の敷地から引っ張って行く。
退いた。
熊吉は、アヤが回避と距離を取った様子に四足の突進が驚異であると悟る。
そうだ……逃げ続けろ。壁の外には……他二頭がいる。
アヤは視線を外さず、バックステップで門から母屋の敷地から出た。
これで終わりだ。
その後を追うように熊吉も門から出る。挟み撃ちの形となったハズが……そこに二頭は居なかった。
「予想外ですか?」
アヤは刀を一度振り、門から出てくる熊吉を見据えた。
「今宵、終わるのはアナタの方です」
「グガァァ!!」
熊吉はアヤに向かって突進する。
役に立たない奴らは放って置く。あの“三人”以外にこの身に敵など在りはしない!
「『百歩点所』」
アヤは熊吉の視界から消える様な緩慢な運足にて、その突進を避けると同時に刃を通す。
熊吉の肩へ傷が入り血が吹き出る。
「残り『九九歩』」
「ゴガァァア!!」
入れ違う様に背を向けていた互いは、その身を翻す――
母屋の外で待機していた二頭の巨熊は母屋に向かっていた蓮斗とゲンを迎え討っていた。
「ガァァ!」
鼻に傷を負った熊は四つん這いで蓮斗へ威嚇する。
「ビリビリと感じるぜ、熊公。お前の威圧ってヤツをな」
圧倒的な体格と獰猛な咆哮。常人なら膠着して身動き一つ取れずに餌になるのが当然の圧。しかし、身体能力で言えば蓮斗も劣ってはいない。だからなのか――
「怖くねぇぜ? お前の事はよ」
パンッ! と手の平と拳を打ち付けて身構える。 もっと圧のある者達と『ライトマッスル』で関わって来た事も起因だ。
「蓮斗。そっちは一人でやれるか?」
「ゲンのじっちゃんよ、俺様は荒谷蓮斗。熊公ごときに遅れは取らねぇぜ」
「ガハハ。じゃあ、ソイツは頼むぜ。俺は――」
目の前に同じ目線で二足歩行して佇む熊とゲンは視線を合わせる。
「コイツをぶん投げる。泣いて逃げ出すまでな」
「ゴルルルァ!!」
常人なら絶対に逃げる場面にも関わらず、二人は眼を光らせて不敵に相対していた。
御母様の膝の上に座って、その流れる様な剣術を見る私は毎回眼を輝かせて居たと思います。
「お父さんの師匠が教えてくれたんだ。本来は刀ではなく、その辺りの棒やナイフ等でも応用できる。これはね、弱者の為のものなんだ」
そう語る御父様は誇らしくとも、どこか寂しそうに刀を仕舞いました。
御母様はそんな御父様へいつもの様に微笑み、いつかアナタの故郷に帰りましょう、と優しく語りかけるのです。
『白鷺剣術』。
後に西洋の剣術と御父様の持つ技を複合して創り上げたソレは『白鷺』が生み出した、唯一無二のモノと成りました。
多くの方が習得でき、それでいて深い術理も存在する。
万人に受け入れられて、評価された『白鷺剣術』でありますが、ソレを証明しなければならない方々にはまだ届いていません。
それは……御父様の師、そして故郷へ――
「御覚悟を」
ソレを私が証明する。御父様はこの地より学んだ事は何一つ忘れてはいないと言うことを。
敵の襲来。しかし、熊吉の前に立つ彼女はあまりにも“か弱い”存在に映っていた。
「ゴガァ!」
熊吉は立ち上がるとアヤへ向かって威嚇する。隙間へ逃げたユウヒよりも、武器を持つ彼女の方を優先して対象する事に決めた。
「バォ!」
小動物なら簡単に吹き飛ばす腕の振り下ろし。更に覆い被さる様にアヤに迫る。
対してアヤは刀の峰に手を添えて、刀身を己の身に寄せると、膝を折る足の動きだけで、熊吉の側面を沈む様に抜けた。
「『添え枝の太刀』」
アヤが通り抜けた脇側から熊吉は斬痛を感じる。毛皮を切り裂かれ血が流れる感覚もだ。
『添え枝の太刀』。それは己の身に刀身を寄せ、刃を“振る”のではなく、身体の沈む動きと連動させて“斬る”技であった。
身体に密着させる事で刀身のブレを抑え、自身を一つの刃として見立てる。全体重で固定されたその刃は毛皮程度なら抵抗もなく裂く事ができるだろう。
相手の攻撃をかわしつつ、深傷を負わせる。攻防一体の技であった。
「ゴァァ!!」
しかし、熊吉は規格外の体躯を持つ故に、本来なら致命傷となる攻撃も“耐えられる傷”を受けた程度に留まる。
刃筋は完璧に通った……しかし、筋肉に刀身を僅かに押された様ですね。
数ミリのブレが無ければ、臓器を吐き出させる程の深傷を与えられたと推測。
規格外の骨格と肉厚。飢餓状態故に、脂肪は殆んど無く、筋肉が限りなく浮き出ている事から僅ながら刃は弾かれてしまったのだろう。
その情報を頭に入れ、次の太刀筋を修正。次は命へ届かせて見せる。すると、熊吉は威圧する二足歩行を止め、四足歩行に体勢を切り変えた。
「これは――」
「ゴガァァア!!」
突進。二メートル半の体躯が乗用車の様に突っ込んでくる。
アヤは三角跳びの要領で横の塀の壁を蹴って熊吉の突進をかわすと、再び入れ違う。
熊吉はブレーキをかけるとアヤへ切り返した。
刺突は弾かれる可能性がある。何より狭い中庭でこの質量は相手に出来ない。的は完全に自分になった。ならば――
「ユウヒさん! 今の内にコエさんをお願いします!」
自らが囮となり、熊吉を母屋の敷地から引っ張って行く。
退いた。
熊吉は、アヤが回避と距離を取った様子に四足の突進が驚異であると悟る。
そうだ……逃げ続けろ。壁の外には……他二頭がいる。
アヤは視線を外さず、バックステップで門から母屋の敷地から出た。
これで終わりだ。
その後を追うように熊吉も門から出る。挟み撃ちの形となったハズが……そこに二頭は居なかった。
「予想外ですか?」
アヤは刀を一度振り、門から出てくる熊吉を見据えた。
「今宵、終わるのはアナタの方です」
「グガァァ!!」
熊吉はアヤに向かって突進する。
役に立たない奴らは放って置く。あの“三人”以外にこの身に敵など在りはしない!
「『百歩点所』」
アヤは熊吉の視界から消える様な緩慢な運足にて、その突進を避けると同時に刃を通す。
熊吉の肩へ傷が入り血が吹き出る。
「残り『九九歩』」
「ゴガァァア!!」
入れ違う様に背を向けていた互いは、その身を翻す――
母屋の外で待機していた二頭の巨熊は母屋に向かっていた蓮斗とゲンを迎え討っていた。
「ガァァ!」
鼻に傷を負った熊は四つん這いで蓮斗へ威嚇する。
「ビリビリと感じるぜ、熊公。お前の威圧ってヤツをな」
圧倒的な体格と獰猛な咆哮。常人なら膠着して身動き一つ取れずに餌になるのが当然の圧。しかし、身体能力で言えば蓮斗も劣ってはいない。だからなのか――
「怖くねぇぜ? お前の事はよ」
パンッ! と手の平と拳を打ち付けて身構える。 もっと圧のある者達と『ライトマッスル』で関わって来た事も起因だ。
「蓮斗。そっちは一人でやれるか?」
「ゲンのじっちゃんよ、俺様は荒谷蓮斗。熊公ごときに遅れは取らねぇぜ」
「ガハハ。じゃあ、ソイツは頼むぜ。俺は――」
目の前に同じ目線で二足歩行して佇む熊とゲンは視線を合わせる。
「コイツをぶん投げる。泣いて逃げ出すまでな」
「ゴルルルァ!!」
常人なら絶対に逃げる場面にも関わらず、二人は眼を光らせて不敵に相対していた。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


ズッ友宣言をしてきたお隣さんから時々優しさが運ばれてくる件
遥 かずら
恋愛
両親が仕事で家を空けることが多かった高校生、栗城幸多は実質一人暮らし状態。そんな幸多のお隣さんには中学が一緒だった笹倉秋稲が住んでいる。
彼女は幸多が中学時代に告白した時、爽やかな笑顔を見せながら「ずっと友達ならいいですよ」とズッ友宣言をしてきた快活系女子だった。他にも彼女に告白した男子も数知れずいたもののやはり友達止まり。そんな笹倉秋稲に告白した男子たちの間には、フラれたうちに入らない無傷の戦友として友情が芽生えたとかなんとか。あくまで友達扱いをしていた彼女は、男女関係なく分け隔てない優しさがあったので人気は不動のものだった。
「高校生になってもずっとお友達だよ!」
「……あ、うん」
「友達は友達だからね?」
やんわりとお断りされたけどお友達な関係、しかもお隣同士な二人の不思議な関係。
本音がつかめない女子、笹倉秋稲と栗城幸多の関係はとてもゆっくりとした時間の中から徐々に本当の気持ちを運ぶようになる――
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

向日葵と隣同士で咲き誇る。~ツンツンしているクラスメイトの美少女が、可愛い笑顔を僕に見せてくれることが段々と多くなっていく件~
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の加瀬桔梗のクラスには、宝来向日葵という女子生徒がいる。向日葵は男子生徒中心に人気が高く、学校一の美少女と言われることも。
しかし、桔梗はなぜか向日葵に1年生の秋頃から何度も舌打ちされたり、睨まれたりしていた。それでも、桔梗は自分のように花の名前である向日葵にちょっと興味を抱いていた。
ゴールデンウィーク目前のある日。桔梗はバイト中に男達にしつこく絡まれている向日葵を助ける。このことをきっかけに、桔梗は向日葵との関わりが増え、彼女との距離が少しずつ縮まっていく。そんな中で、向日葵は桔梗に可愛らしい笑顔を段々と見せていくように。
桔梗と向日葵。花の名を持つ男女2人が織りなす、温もりと甘味が少しずつ増してゆく学園ラブコメディ!
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる