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第378話 ケイとジョージ
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母屋の外側をゲンと七海は回り、そのまま拓けた中庭へやってきた。
そこにある縁側に一人の老人が座って銃を整備している。
「ジョー! 相変わらず、分解遊びが好きなヤツだ! 銃は危ねぇから、今度ルービックキューブを持ってきてやるよ!」
「あぁ? うるせぇ声が表から響いてると思ったら、やっぱりテメェか、ゲン」
中庭の日影にはシベリアンハスキーの飛龍が伏せていた頭を持ち上げて七海とゲンに向ける。
「全く……ホントに変わんねぇな! お前はよ!」
「お前もミコトもふざけた事ばかりしでかしやがって」
ゲンは、ザッ、と縁側に座るジョージの前に立つ。
「まだ20年は行けるな!」
「ふんっ。テメェもな」
悪態を突きつつも、互いに理解のある親友。ケンゴの件でジョージはゲンを目の敵にしていたが、今は解消していた。
「なんだよ。皆、仰々しく言うから無駄に身構えたじゃねぇか」
と、七海は歩み寄りながら会話に混ざる。ジョージは彼女に視線を向け、飛龍は起き上がる。
「寝てろ」
「…………」
主の指示に飛龍は自分は動く必要がないと認識し伏せた。
「七海恵です。大宮司四門の代理として馳せ参じました」
「見ない顔だと思ったが……ヤツの親戚か?」
「門下生です。女の身でありますが……ご期待には添えられるかと――」
「いつも通りでええ」
「はい?」
「口調に堅苦しさがある。取り繕う事はねぇ」
「…………そうかよ。ジィさん」
七海は後頭部を掻きながら、ジョージの言われた通りに社交的な口調を止めた。
「アンタが師匠の眼を抉ったんだろ? 是非とも俺にも教示を願いたいね」
師匠とゲン。七海の身内で最高峰の達人二人に“並みではない”と言わしめる目の前の老人の実力には興味があった。
「神島譲治だ」
「あん?」
「ジョー、もしくはじっ様と呼べ」
「ジョーの爺さんよ。単刀直入に言うぜ。俺と手合わせしてくれよ」
七海は縁側に座るジョージを簡単に分析する。
筋肉質ではあるが、ゲン程に本格的に鍛えているワケではなく、体格も普通。達人達に見られる“威圧”は何も感じ取れず、探れば探る程に普通の老人の気配である。
まぁ、縁側で銃を整備している時点で普通も何もあったモノではないが。それでも、少し強面な老人としか見えない。
「ケイ。お前は強いな」
「それくらいは解んのか」
ジョージは七海と会話をしながら銃の整備を続けている。止めたのはゲンと会話をしたときだけだ。
「ワシはもう引退した身だ。若いヤツには“勝てん”」
「……んだよ。俺が老人を虐めたみたいになっちまっただろ」
まるで戦意のない様子に七海は毒気を抜かれる。ゲンは、“勝てない”ねぇ……、と意味深に笑う。
「ユウヒとコエには会ったか?」
「ん? ああ、公民館に居た、ちんちくりん二人だろ?」
「世話を頼むぞ」
「お、おお。分かってるよ」
なんだ、普通のジイさんじゃん。七海はジョージが圧倒的な達人であると思っていた手前、そんな考えはなんだか場違いな気がしてきた。
「じゃあな、ジジィ。俺は武蔵の頭を撫でて来るぜ」
「おう」
ゲンにそう言って七海は中庭を後にした。
「“勝てない”か。モノは言い様だな」
「嘘を言ったつもりはねぇ」
ジョージの技術は競う様なモノではない。
対象の命を奪うためにあらゆる手段を選択肢に入れた、究極の殺命術である。
彼にとって『古式』はその選択肢の一つに過ぎず、最も秀でている技術は環境利用。彼の目に映るモノ全て、殺しの武器となり、要素となり、“殺害”と言う結果に繋がる。それは歴代の『国選処刑人』の中でも特に危険視される程に洗練されていた。 故に『国選処刑人』は彼一人で“回って”いたのである。
「言った通りにワシは引退した。余程の“阿保”が現れん限りは動くつもりはねぇ」
「だが、今回は外様の力も必要なんだろ?」
「信頼できる筋だけだ。お前らの他に、天月からも一人来る」
「早雲か?」
それは警視庁にて武術顧問をしている天月家のトップの名だ。二人とは旧知の仲でもある。
「いや、身内を派遣すると言っていた。ヤツはこちらには関わりたく無いからな。借りを返す程度な意味合いだろう」
「『神島』が動きを止めてから30年以上経つってのに、アイツも神経質だねぇ」
「三年前に動いたからな」
「……おいおい。何があった?」
ジョージの動く意味。それは国を揺らすほどの事案を内々に処理する出来事が起こったと言う事だ。
「森の阿保が『神島』の真似事を初めてな」
「……って事は、ユウヒとコエは――」
「旧姓は“剣持”だ。三年前に森の阿保が再編した“紛い物”に両親を殺された」
「マジかよ」
「二度と起こらん。ワシが潰した」
「マージかーよ」
そう言った事情は、『神島』の事案を完全に離れたゲンには入ってこない。森総理の突然の糾弾と辞任の謎は一気に解消された。
「引退とか言って。実力は問題ねぇみたいだな」
「てめぇも、鈍ってたりしねぇだろうな?」
「そこんトコは、期待していいぜ。孫に土産話を持って帰らにゃならんでな!」
「今度里にも連れて来い」
「おお? 写真あるぞ。見るか? 言っとくがウチの瑠璃は天才だかんな。前も少し泳ぎ方を教えたらすぐに園で最速に――」
藪をつついて、面倒な孫馬鹿を引っ張り出したか……
と、ジョージは隣に座るゲンから孫娘自慢を帰るまでに延々と聞かされる羽目になった。
そこにある縁側に一人の老人が座って銃を整備している。
「ジョー! 相変わらず、分解遊びが好きなヤツだ! 銃は危ねぇから、今度ルービックキューブを持ってきてやるよ!」
「あぁ? うるせぇ声が表から響いてると思ったら、やっぱりテメェか、ゲン」
中庭の日影にはシベリアンハスキーの飛龍が伏せていた頭を持ち上げて七海とゲンに向ける。
「全く……ホントに変わんねぇな! お前はよ!」
「お前もミコトもふざけた事ばかりしでかしやがって」
ゲンは、ザッ、と縁側に座るジョージの前に立つ。
「まだ20年は行けるな!」
「ふんっ。テメェもな」
悪態を突きつつも、互いに理解のある親友。ケンゴの件でジョージはゲンを目の敵にしていたが、今は解消していた。
「なんだよ。皆、仰々しく言うから無駄に身構えたじゃねぇか」
と、七海は歩み寄りながら会話に混ざる。ジョージは彼女に視線を向け、飛龍は起き上がる。
「寝てろ」
「…………」
主の指示に飛龍は自分は動く必要がないと認識し伏せた。
「七海恵です。大宮司四門の代理として馳せ参じました」
「見ない顔だと思ったが……ヤツの親戚か?」
「門下生です。女の身でありますが……ご期待には添えられるかと――」
「いつも通りでええ」
「はい?」
「口調に堅苦しさがある。取り繕う事はねぇ」
「…………そうかよ。ジィさん」
七海は後頭部を掻きながら、ジョージの言われた通りに社交的な口調を止めた。
「アンタが師匠の眼を抉ったんだろ? 是非とも俺にも教示を願いたいね」
師匠とゲン。七海の身内で最高峰の達人二人に“並みではない”と言わしめる目の前の老人の実力には興味があった。
「神島譲治だ」
「あん?」
「ジョー、もしくはじっ様と呼べ」
「ジョーの爺さんよ。単刀直入に言うぜ。俺と手合わせしてくれよ」
七海は縁側に座るジョージを簡単に分析する。
筋肉質ではあるが、ゲン程に本格的に鍛えているワケではなく、体格も普通。達人達に見られる“威圧”は何も感じ取れず、探れば探る程に普通の老人の気配である。
まぁ、縁側で銃を整備している時点で普通も何もあったモノではないが。それでも、少し強面な老人としか見えない。
「ケイ。お前は強いな」
「それくらいは解んのか」
ジョージは七海と会話をしながら銃の整備を続けている。止めたのはゲンと会話をしたときだけだ。
「ワシはもう引退した身だ。若いヤツには“勝てん”」
「……んだよ。俺が老人を虐めたみたいになっちまっただろ」
まるで戦意のない様子に七海は毒気を抜かれる。ゲンは、“勝てない”ねぇ……、と意味深に笑う。
「ユウヒとコエには会ったか?」
「ん? ああ、公民館に居た、ちんちくりん二人だろ?」
「世話を頼むぞ」
「お、おお。分かってるよ」
なんだ、普通のジイさんじゃん。七海はジョージが圧倒的な達人であると思っていた手前、そんな考えはなんだか場違いな気がしてきた。
「じゃあな、ジジィ。俺は武蔵の頭を撫でて来るぜ」
「おう」
ゲンにそう言って七海は中庭を後にした。
「“勝てない”か。モノは言い様だな」
「嘘を言ったつもりはねぇ」
ジョージの技術は競う様なモノではない。
対象の命を奪うためにあらゆる手段を選択肢に入れた、究極の殺命術である。
彼にとって『古式』はその選択肢の一つに過ぎず、最も秀でている技術は環境利用。彼の目に映るモノ全て、殺しの武器となり、要素となり、“殺害”と言う結果に繋がる。それは歴代の『国選処刑人』の中でも特に危険視される程に洗練されていた。 故に『国選処刑人』は彼一人で“回って”いたのである。
「言った通りにワシは引退した。余程の“阿保”が現れん限りは動くつもりはねぇ」
「だが、今回は外様の力も必要なんだろ?」
「信頼できる筋だけだ。お前らの他に、天月からも一人来る」
「早雲か?」
それは警視庁にて武術顧問をしている天月家のトップの名だ。二人とは旧知の仲でもある。
「いや、身内を派遣すると言っていた。ヤツはこちらには関わりたく無いからな。借りを返す程度な意味合いだろう」
「『神島』が動きを止めてから30年以上経つってのに、アイツも神経質だねぇ」
「三年前に動いたからな」
「……おいおい。何があった?」
ジョージの動く意味。それは国を揺らすほどの事案を内々に処理する出来事が起こったと言う事だ。
「森の阿保が『神島』の真似事を初めてな」
「……って事は、ユウヒとコエは――」
「旧姓は“剣持”だ。三年前に森の阿保が再編した“紛い物”に両親を殺された」
「マジかよ」
「二度と起こらん。ワシが潰した」
「マージかーよ」
そう言った事情は、『神島』の事案を完全に離れたゲンには入ってこない。森総理の突然の糾弾と辞任の謎は一気に解消された。
「引退とか言って。実力は問題ねぇみたいだな」
「てめぇも、鈍ってたりしねぇだろうな?」
「そこんトコは、期待していいぜ。孫に土産話を持って帰らにゃならんでな!」
「今度里にも連れて来い」
「おお? 写真あるぞ。見るか? 言っとくがウチの瑠璃は天才だかんな。前も少し泳ぎ方を教えたらすぐに園で最速に――」
藪をつついて、面倒な孫馬鹿を引っ張り出したか……
と、ジョージは隣に座るゲンから孫娘自慢を帰るまでに延々と聞かされる羽目になった。
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