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第309話 君を連れて行く

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「ユ、ユニコーン?(ショ、ショウコさん?)」

 オレはコンテナに寄りかかりながら、女郎花との間に入る様に現れたショウコさんの背を見た。
 仮面を着けて、青竜刀を持つ彼女の雰囲気は別人に感じる。

「……」

 話しかけても反応が無い。これはマズイのでは?
 まるで斬りつける事も辞さない雰囲気を彼女の背中から感じる。本来なら、こうなる前にオレが何とかしなければならなかった。
 女郎花は警戒しているのか、間に入ったショウコさんを見て動かずにいる事が幸いだ。

「逃げてくれ。などと言わないでくれ」

 すると、正面を向いたままショウコさんが言う。

「私が始めた事だ。私が向かい合わなければならない」

 女郎花の目的はショウコさんの確保だ。その標的が目の前に立つなど、普通なら考えられない事であるが――

「――アイツに勝つ方法が一つだけある」

 オレはショウコさんにそう言った。
 この状況を打開するには彼女の助けを借りなければならない。その意図を汲んでくれたのか、ショウコさんは少し笑った気がした。

「私は何をすれば良い?」
「少し時間を稼いで……うぉえ……」 

 オレはとにかく今の状態を回復させなければ。少しの間ショウコさんに場を任せる事にした。

く――」

 ふわりとショウコさんは女郎花へ向かう。





 『流雲武伝』については一通り調べた。
 仮面と武器を持つ事で初めて彼らは厄を祓う事が出来る。
 かつての伝説をなぞらえているのか持つ武器は古今東西において様々だ。
 極東では刀。西洋では剣。中華では青竜刀。
 そして、本番ではどれも本物を仕様している。流石に大手の会場では重量を合わせた模造品を使うが。

「一種の催眠状態か」

 仮面と武器。その二つを装備する事で流雲の舞人はかつての伝説を宿すと言う。しかし、それは科学的に見るのなら自己暗示に近い催眠状態なのだ。
 そして、ソレを解く方法は至ってシンプル。仮面か武器のどちらかを彼女から離せば良い。

 女郎花は向かってくるショウコの刃を身を引いて避ける。

「――――」

 連撃。間を取ろうとする女郎花に対してショウコの足運びは距離を取らせない。

「ほう」

 舞い、回る。ショウコの持つ青竜刀は女郎花に反撃の隙を与えぬ程に多彩で、次が読みづらい。武器はもとより、仮面を奪おうとすれば腕を両断される勢いだ。

 決められた動きではない。相手に合わせた運足は絶えず適正な間合いで刃が振るわれる。
 腕の届かぬ距離。刃の届く距離。自己催眠によって己に宿すもう一つの己。それは命を狙うモノではなく、相手へ“圧倒”を押し付ける様な動きだった。
 目の前に有るのに遥かに遠くにいると思わせる。まるで雲の様に届かない。

「なるほど……君でこれならば、練度の極まった流雲舞子にはワンミンでは役不足か」

 部下の失敗も頷ける。何も通じないと思わせる圧力を目の前のショウコからでさえひしひしと感じるからだ。

「――――」

 ショウコの動きは更に極まる。舞い振るわれた青竜刀が彼のネクタイを切り落とし、スーツにいくつもの切り傷を作る。

 ……時が立つに連れてギアが上がるか。

 女郎花は大きく後ろに引いた。そして、それを追従すると読んでいたが――

「場を読む思考も残しているか!」

 ソレを追って来なかったショウコに思わず歓喜の声が出る。
 彼女は己の才に呑み込まれておらず、完璧にコントロールしている。この手の使い手にありがちな、命を奪う一線を決して踏み越えない理性を保っているのだ。

「素晴らしい……君は本当に眩しいな……」

 目の前の“光”は自分にだけ向けられている。
 この腐臭しか無い世界において、彼女の存在だけが唯一の希望なのだと改めて認識させられる。

「だが……だからこそ――」

 ショウコが再度間合いを詰める。

「私がソレを護らねばならない」

 青竜刀の側面。女郎花は向かってくる刃を見切り、手の甲を打ち付けて大きく弾いた。

「他が気づいて、汚れる前に――」

 僅かに生まれたショウコの隙。その針の穴のような隙間に女郎花の腕が伸び、彼女の仮面を掴む。

「君を連れて行く」





「よう、ケンゴ」
「ゲンジィじゃん。珍し」

 オレはジジィの親友でたまに里帰りに来る気さくなゲンジィさんに声をかけられた。

「前に話した件は考えてくれたか?」
「そっちの会社に入るって話し?」
「おう。福利厚生は完備してるし、有給にボーナスも一年目から出るぜ。それに今来るなら特別にナイスバディで包容力がMAXの美女先輩もつけてやる」
「じゃあ行こうかな」
「ガハハ! 決まりだな!」

 この時、オレは田舎から離れたかった。
 なので一度は保留にしたゲンジィの提案を受ける事にしたのだ。

「ジョーの事は俺が説得しておく。今度街に来い。住むアパートを見に行くぞ」
「うっす」

 すると、ゲンジィは一つの木に眼を向けた。それはオレが正拳1000回をノルマにやっていた相棒で一部分が剥げている。
 今となってはズッ友なので、枝の処理なんかやってあげているのだ。カブトムシなんかを寄せ付ける蜜を出す気の良いヤツ。名前はデストロイヤー。

「ふむ。これ、お前がやったのか?」
「一日正拳1000回」
「あれか!」
「騙されたんだ。奥義じゃなかったよ」

 オレの言葉にゲンジィは笑い出した。

「ガハハ! そうか……まぁ、そうなるよな。ガハハ」
「ちょ、笑いすぎ!」
「すまんすまん。まぁジョーもトキもお前に気づいて欲しいんだろうが、相手が居なきゃ無理だな、こりゃ」

 と、ゲンジィは正拳1000回の秘密を教えて実際に試させてくれた。

「え? これマジ? ゲンジィ、わざとやってない?」
「やらんやらん。マジだぞ、コレ。まぁ、初手を相手に受けさせる必要があるがな」

 それは『古式』の意味合いとは少し違うが、ジジィが現代でも使える様に少し改良したモノだと言う。 

「相手が達人であればある程、決まり易いんだ。けど強くなるなら、そんな事するより格闘技習う方が早ぇぞ!」
「それはごもっとも」
「ガハハ!」
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