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第247話 くそぅ……ふざけやがってぇ……

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 社員旅行最終イベント『肝試し』の簡単なルールが説明された。
 登山用の山道を進み、その途中にある霊碑の前に置かれたキットカットを取って戻る。
 二人一組で向かい懐中電灯は1本だけ。どちらかが持つ。(社長が言うには本数は足りないとのこと(多分嘘))
 霊碑の近くの木に反射テープを巻いているのでライトを当てると必ず解る様になっているらしい。

「皆! ペアは決まったかな!?」

 クジを引き終わった全員は各々の番号を見て相方の側に移動する。

 社長×泉
 七海課長×轟先輩
 真鍋課長×佐藤
 鬼灯先輩×田中
 箕輪さん(夫)×リンカ
 樹さん×オレ
 加賀×姫さん
 箕輪さん(妻)×岩戸さん
 カズ先輩×ヨシ君

「よーし! 誰から行く? ジャンケンにしようか!」
「待て! 俺らから行く!」

 よよい、と拳を構える社長に七海課長が声を上げた。

「ほほう。良いのかね? トップバッターは何か起こるか解らないよ?」
「テメェ……いい加減にしやがれや……」

 覇気がめっちゃ弱いなぁ七海課長。轟先輩の影に隠れるように肩を後ろから掴んで離さないし。

「お前がキットカットを隠して探すハメになったらクソだろうが! そうならない様に一番に行くんだよ!」
「なるほど! その手があったか!」
「ぶっ殺すぞ! コラァ!」

 と、七海課長が声を荒げると、森が蠢く様にザワザワと枝や茂みが鳴る。今、風も何も吹いてなかったよね?

「ならば仕方ない! トップバッターは譲ろう! 特大のホームランを期待してるよ!」
「くそぅ……ふざけやがってぇ……」
「大丈夫だよ、ケイちゃん。ほら行こ」

 懐中電灯を持つ轟先輩は、行ってきます、と皆に会釈をして先を歩き、その後に七海課長が、待ってくれー! と慌てて続いた。
 懐中電灯の光が山道へと消えていく。

「よし、火付け役も行ったし、残りはジャンケンにしようか!」

 と言うわけでジャンケン大会にて勝った組が先に行くと言う事で順番が決まる。
 樹さんがジャンケン無双で頂点に立ち、オレ達は次に行くことになった。





 1組目、七海恵×轟甘奈の場合。

「うぅ……」

 暗い山道を進む二人。太陽は完全に地球の裏側へ行き、懐中電灯の光だけが確かな支えだった。

「ケイちゃん。肩を掴まれると歩きづらいよ」
「わ、悪りぃ……」

 思わず力が入っていた事に七海は轟から離れた。その様子に轟はクスっと笑う。

「ケイちゃんってお化けとか駄目だったっけ? お化け屋敷とか普通だったけど……」
「作り物は良いんだよ! けどよぉ……実物は駄目なんだ……」
「そうなんだ。でも普通は逆じゃないかな?」
「馬鹿! 作り物は脅かす様に作られてるから、ビビるタイミングは先読み出来るんだよ! けど……コレは駄目だ! 絶体駄目!」

 その時、横から、カー、とローレライの鳴き声が聞こえ、ひゃ!? と七海は跳ねる。

「な、な、な、なんでカラスが居やがる! おかしい! この山! おかしいぞぉ!!」
「ケイちゃん。また肩を掴んでるよ」

 悪りぃ。と少し冷静になった七海は申し訳なさそうに離れる。

「……お前は怖くないのか?」
「私は平気かなぁ。ケイちゃんが代わりに驚いてくれてるし」
「理屈がわかんねぇよ」

 少しだけいつもの調子に戻った七海に轟も微笑む。

「昔から、色んな事に驚いてきた反動かなぁ」
「……まぁ、意外と感情の波は激しい方だよ、お前は」

 特に黒船のヤツとのイチャイチャはな、と七海が茶化すと轟は顔を赤くして、もー! といつものリアクションで返す。

「端から見たらお前達はもどかしいぞ。さっさと付き合えよ」
「……そうなんだけどね」
「なんか問題でもあんのか? まさか……ヤツが何か――」
「ち、違うよ! 約束してるから……正十郎さんとは」

 その言葉を今までと違った様子で轟は言う。何の約束かは知らないが、二人の間には確かな絆があるのだと七海は嘆息を吐いた。

「結婚のか?」
「うん……って! 違うよ! 違う違う!」
「あっはっは。まぁ、お前らの事だからな俺もこれ以上は掘り下げねぇよ」

 そうこう話していると、懐中電灯が反射テープを見つける。その木の根本には1メートル程の霊碑があった。

「アレか……」
「そうだよ」

 異様な雰囲気に七海は恐怖心が甦り、足を止めたが、轟はすたすたと近づいて行く。

「ケイちゃんも取らないと」
「お、お前……本当に平気なんだな……」

 手を振る轟に並び、霊碑に両手を合わせて祈ると、お供え物の様に置かれているキットカットを一つ取る。

 ――のだぞ……

「……甘奈。今、何か言ったか?」
「何も言ってないけど、僕のだぞ、って聞こえたよ?」
「今回の旅行で一人称が“僕”のヤツ居たか?」
「居なかったと思うよ」

 ザワザワと回りの草や茂みが揺れ、七海はこちらを見ている様な無数の気配も感じ取る。

「か、か、甘奈……」
「なに?」
「引き返すぞ!」
「あっ、ケイちゃ――」

 七海は隣の轟の手を取って走り出した。
 途端に傍観していた気配が後を追うように駆けてくる。

「振り向くな! 振り向くな! 振り向くな! 振り向くな!」

 心を強くする即席の呪文を口走りながら、轟の手を離さずに七海は山道を一気に走り下りた。

「オラァ! 持ってきたぞ! コラァ!」

 河川敷へゴールイン。僅かな山道の往復で昼間よりも体力を使った七海は息が上がっていた。

「おお! 流石、七海君だ! 日々進化しているね!」
「当たり前だ! クソボケが! 俺を甘く見るんじゃねぇよ! クソが!」

 やり遂げた高揚感で黒船に対する罵声がどんどん出てくる。

「まさか、一人で帰って来るとは! いやはや、本当に素晴らしいよ!」
「……え?」

 七海は確かに轟の手を掴み、走りきるまで離さなかった。今も掴んでる感覚はある――

「ケイちゃーん! 急に……はぁはぁ。走るなんて……ひどいよぉ……はぁはぁ」

 と、後ろから走って追いかけてきた轟は肩で息をして膝に手を当てていた。

「か、甘奈? あれ? 俺は……お前の手を――」

 いつの間にか掴んでいる感覚は消え、その手にはキットカットが握られており、そこには“またね”と書かれていた。

「――――」

 バタンッ、と意識の限界点が振り切れた七海はその場で崩れる様に気を失う。

「! ケイちゃん!」
「ケイ!」
「七海課長!」

 轟、鬼灯、泉が慌てて倒れた七海へ駆け寄る。
 その様子に他が、これヤバいぞ、と山道から異質な雰囲気を感じる中、

「ふっ……七海君! 最高のオープニングだ! 場外ホームランだよ!」

 黒船だけが、ふっはっは! と笑っていた。
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