懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣

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第159話 上級愛戦士

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「鬼灯先輩が居ないのってそう言う事ですか」

 オレはいつものように出勤し、鬼灯先輩の姿が見えない様子に獅子堂課長から説明を受けていた。

「ダイヤ女子のドタバタで9月も半分以上過ぎちまったからな。こっちの話が出たのは昨日の飲み会でだ」

 アメリカ生まれのハリケーン娘、ダイヤ・フォスターの滞在は二日ほどであったが、彼女の突然の来日と帰国に事務の方は3課にもヘルプが来る程にてんてこ舞いだったらしい。(オレはダイヤの世話係だったのでその辺りの苦労は知らなかった)

「まぁ、それだけじゃねぇが。本来なら交換社員の件は11月の方が都合が良い。海外派遣に向けた人材を確定出来る時期でもあるし」

 予定が変わるのは社会人では良くある事である。今回の件は社内間の都合なのでいくらでも融通は効くだろう。

「他の課からの代表が決まらないってのもあったんだが、支部の方から熱烈な意見が社長にあったらしくてな。半月でも良いから交換派遣は実行する事になった」
「社長に意見出来る人なんて他の支部にいるんですか?」

 支部長クラスなら可能かもしれないが、それでも役職の位としては本社の課長と同クラスである。
 そして……黒船社長の癖の強さは見ての通り。あの人が意見を変えるなど、よほど口達者でなければ不可能だろう。

「他の課から推挙出来る人材がまだだったんでな。3課から鬼灯を出した」
「それで、鬼灯先輩の代わりにその人が3課に来るんですか?」
「正確には1課に行く。当人の希望でな」
「また、変則な動きをしますね」

 外からの人材は適正を見極める為に一度3課を経由する。しかも鬼灯先輩と交換であるのなら尚の事だ。

「社長も了承済みだ」
「何者ですか?」

 社長も納得させる人物。それって課長候補にもなる程の人材だと思うが……

「お前が海外に居る時に支部に入ったヤツでな。帰国子女ってヤツだ」
「じゃあ、女性ですか?」
天月新次郎あまつきしんじろうだ」
「え?」

 オレは素直に驚愕した。その名前は――

「ええっと……何でフランスのオリンピック代表選手がウチの支社にいるんです?」
「正直に言うと、俺にも良く分からん」

 天月新次郎の日本帰順。
 それは海外でコマンドサンボをマックスに教わってた時期に、スポーツ界隈では激震が走るほどのニュースだった気がする。
 何せ、天月新次郎は金メダルを量産するほどの時の人で世界記録を持っていたりするバリバリの現役アスリートなのだ。

「最初は本社の面接を時期もガン無視して来たそうだ」
「海外の感覚、真っ只中ですね」
「少し騒ぎになったが、社長が出てきて門前払い。代わりに支部の方へ推薦したんだよ」
「社会人としてのキャリアはあったんですか?」
「いいや。当人はゼロ。名刺交換も握手で良いと思ってるレベルだった」
「すげー」

 そこまで言って獅子堂課長は、ふむ、と珍しく嘆息を吐く。

「その後、天月は支部で目覚ましい活躍を見せてな。支部の業績を倍以上にした」
「……本当ですか?」
「甘奈にデータを見せてもらったから間違いねぇ」

 オリンピック選手と言うだけのブランドではそうは行かないだろう。やはり、天性の才能と言うヤツか。

「しばらく、騒がしくなると思うが会ったら挨拶くらいはしておけよ」





「次に会った時に聞こうと思っていたのだが、君は何故この会社に?」

 社長室にて黒船と天月は向かい合って座っていた。両者からは同格のような雰囲気が漂い出ており、社長同士の会談と言っても遜色はない。

「一重に……“愛”ですかね」
「ほう!」

 天月の発言は冗談めいたモノだが、その真摯な口調には黒船も感嘆せざる得ない。

「感情が行動の原動力になる者は多々いる。最近では高校生の音無大騎がそれに該当するだろう。知ってる? 超高校生って言われてる――」
「知ってますよ。彼も愛を心の柱に戦う戦士です。面識はありませんが、映像を見ればわかります」
「ふむ。素晴らしい観察眼だね」
「人類であれば誰にでも備わってる能力です。歴史において愛は時に時代を凌駕する。人、国、動物、環境、物。あらゆるモノに愛を感じられる人類はまさに奇跡と言っても良い」
「ふっ……君と話してると退屈しないね!」
「お誉めにお預かり光栄ですよ」

 第三者が居れば、なに言ってんだコイツら? と首をかしげる会話を二人は繰り広げる。
 その時、ノック音。黒船に入室を許可され、コーヒーを持ってきた轟が入ってくる。

「コーヒーをお持ち――きゃ!?」

 轟は右足に左足を引っ掻けると言う、何とも奇跡的なつまづき方をして、コーヒーが宙を舞う。

「甘奈君。君が何もない所で転ける頻度は、今ので10回に1回が、20回に1回となったよ! 新記録だね!」
「あうぅ……」

 咄嗟にソファーから動いた黒船は倒れそうになる轟を支え、

「なるほど、貴方も並みならぬ愛をお持ちの様だ」

 空中で霧散する前のコーヒーを受け止めた天月は一滴も溢す事無くお盆を安定させていた。
 瞬時に飛び出した二人の動きは素人を遥かに凌ぐ。

「なるほど」

 そして、お盆の上にあるコーヒーを見ると天月は何か納得した。

「しゃ、社長! 申し訳ありません! 天月さんも!」

 バッと離れて、すみません! すみません! と轟は頭が吹っ飛びそうな勢いで礼を繰り返す。

「ふっはっは! 結果として大事には至らなかったから気にする必要はないよ!」
「すみません……」
「轟さん」
「はい!」

 天月の声に轟は彼を見る。

「このコーヒー、社長の方に砂糖が二つある……愛だね」
「えぇ!?」

 黒船は甘めが好きなのでいつも砂糖は二つ入れるのだ。

「俺に干渉しない愛は邪魔しないよ。社長、お先に失礼します」
「うむ。あまり七海君を困らせない様にね!」
「それは無問題ノープロブレムです。それでは」

 天月は一礼すると社長室を出て行った。

「相変わらずな男だ」
「社長……天月さんとは知り合いなんですか?」
「正確には“天月”と関わりがあってね。追々話そう。今は、愛のコーヒーブレイクと行こうか! 甘奈君!」
「べ、別に愛は無いです!」
「……そうなのかい?」

 シュン、となる黒船に轟きは慌てて言い直す。

「しゃ、社長は苦いの苦手じゃないですか! だから砂糖はいつも……二つ……」
「甘奈君」
「は、はい!」
「君の一喜一憂は見ていて素晴らしいな!」
「……もー!」

 からかわれた轟は顔を真っ赤にして頬を膨らませる。黒船は、ふっはっは、と砂糖を二つコーヒーに入れた。
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