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第57話 彼らの野球

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 1点を追う白亜高校。
 強力な打線と飛ばぬ球を投げる投手。回が進む毎に相当な焦りとプレッシャーがのしかかる。それが普通なのだが。

『刺したぁ! センター上杉! ホームへ駆け込むランナーを許しません!』

 彼らは危なっかしくもどこか楽しそうに守り、ヒットを打たれもホームベースまでは踏まれない。

「もっと短く振ると意外と飛ぶぜ」
「ほんとか?」

 チームメイトの助言を受けて武田はカミーユの球を当てる。ゴルフでポカしたような当たりに、全然飛ばねぇじゃん! とヘッドスライディングをするもアウトとなった。

「おい、飛ばねぇぞ!?」
「気合いが足りねぇんだよ、気合いが」
「嘘教えんのは止めろー、お前ら」

 あれがこの大舞台で負けている者たちの雰囲気なのか? インナイ陣営は追われる立場として追加の点が入らない事実に逆に焦りが出てくる。

 ファールフライのアクロバットキャッチ失敗。左打席の練習。試作型変化球『クレバス』。
 など、誰かが何かをする度に笑い会う白亜高校。心底野球を楽しんでいる様が観ていても伝わってくる。

『いやー、大竹さん。彼らは楽しんでますね』
『この大舞台で、草野球の様な雰囲気を味わうとは思いませんでしたよ。私も帰ったら息子をキャッチボールに誘おうと思います』
『いいですね!』

「いいか? 相手に呑まれるな」

 対してインナイ陣営には張りつめた緊張感が漂う。

「勝っているのは我々だ。相手は追い付けずに焦ってる心を隠しているだけに過ぎない」

 監督のブライトが言う言葉は正しいのかも知れない。しかし、九回裏になるまで追加の点が入らない事実の説明がつかなかった。

「ここを守りきれば我々の勝利だ。追い詰められているのは向こうだ。現実を改めて突きつければ集中力が高まっている我々が勝つ」
「はい!」

 守備に行く内野陣を見送るブライトはベンチに腰を下ろす。

「監督、白亜高校の動きは一見ふざけてる様に見えますが、回を追う毎に洗練されています」
「言わなくても解ってる。全員がな」

 最新型技術で育てた味方選手と、柔軟な動きと思考で駆け回る相手選手たち。
 この戦いは理論と本能の戦いなのだろう。つまるところ、最後は――

「ナイスゲーム」

 ブライトはそれだけを口にすると帽子を目深に被り、子供たちの底力に行く末を委ねる事にした。





「皆、もう九回裏だ」
「え……マジ?」

 織田の言葉に全員が電光スコアボードを見る。

「マジだ」
「まだ、三回くらいあると思ってたわ」
「俺、まだ妙技『逆走球』やってねぇ」
「あれはファールにしかならねぇっスよ」

 後、アウト三つで三年生の高校野球は終了となる。しかし、全く焦る素振りはない。

「全く……お前らは。まぁ作戦はない。いや……最後に一つだけ主役を立てるぞ」

 織田は嵐を見る。

「そろそろ、ボールを打ちたいだろ?」
「――そうッスね。どうも俺は他の先輩方と格が違うみたいでずっと敬遠されてますけど」

 嵐テメェ!
 生意気言ってんじゃねぇぞ!
 ボールに当たりに行って塁出ろや!

 と、先輩たちから嵐は小突かれる。

「嵐」
「はい」
「一撃かませ」

“嵐君。君は何故、数ある球技の中で野球を選んだのですか?”

 嵐は入部して初日に、監督に聞かれた事が頭を過る。

「――音無、先輩」

 嵐はチーム全員を見る。

「相手が俺と勝負してくれれば、まだこの面子で野球が出来ますよ」

 その言葉に全員の戦意が一つになる様に高揚した。

「よし! 全員、明後日もこのグラウンドに帰ってくるぞ!」
「おお!」
「負けたら嵐が責任を取るってよ」
「野球はチームゲームっす。負けたら連帯責任ッスよ」

 うるせー!
 今さら保険かけんな!

 などと笑い合っている面々を見て、獅子堂監督も微笑む。

「いいんですか? バカどもに試合を任せて」
「いいんですよ、泉さん。自ら窮屈な檻に入る必要はありません」

 例え負けても彼らにとって、“今”は変えられない瞬間となるだろう。

「私の役目は負けた時の責任をとる事ですから」
「大人って世知辛いですね」

 はは、と笑う監督にマネージャーの泉も、選手バカたちを見て笑った。

『さぁ、始まりました。九回裏、白亜高校の攻撃です。打順は上位の一番音無から』
『白亜高校は無失点ながらも焦りもなく、自然体でこの回を迎えました』
『大竹さん、やはり鍵は嵐君でしょうか?』
『はい。と、言いたい所ですが白亜高校は全員が最高潮に達しています。一回裏の時のように一人一人を妥協することはインナイ側としても大きな賭けになるでしょう』





 何となく白亜高校が甲子園常連となるのが解った気がする。
 テレビ越しに、楽しそうに野球をする彼らに引っ張られそうになった。
 甲子園は高校野球の聖地。そこでは本来の心を圧し殺して勝ちに徹さなければならない。
 それだけ高校球児にとっては憧れで夢の場所。しかし、オレたちも忘れていた。
 甲子園は“野球”をする場所で、注目する者たちへ野球を通して自分たちを伝える場所なのだと――

「――――」

 シズカは最初は緊張して試合を観ていたが、今はどこか柔らかく楽しそうに彼らを観ていた。

「さて、どっちが勝つかな」

 こればっかりはオレにも予測がつかない。

「……嵐さん」

 シズカは彼の見せる答えをずっと待っている。
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