懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣

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第30話 お月様の光

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 月が昇る深夜。都会では聞こえる車の音は山では虫の音色へと変わる。
 そして、静かすぎると逆に目を覚ましてしまうのは、都会に住む者としては仕方のない事だった。

「…………」

 リンカはコテージの寝室で目を覚ました。
 隣ではヒカリが健やかな寝息を立てており、ここがいつものアパートではないと記憶が蘇る。
 寝室はリンカとヒカリが使わせてもらい、哲章とケンゴは食事をしたリビングで休んでいる。

「――――夜」

 普段の空気の違いからか妙に頭が冴えた。
 静かな室内。聞こえるのは虫の音色だけ。少しだけ湧いた冒険心にリンカはヒカリを起こさぬ様にそっと寝室を出た。
 廊下は昼間とは違う。太陽の光が月に変わっただけで、まるで異界に迷い込んだよう。
 それでも、リビングから見える月の光は出口を明確に示してくれている様だった。

 音を立てずにリビングに行くと寝袋が二つ。一つは哲章がアイマスクをつけて眠っており、もう一つは空だった。
 リンカは少しだけ不安になってケンゴを捜す。しかし、彼は室内には居ない。

「……」

 玄関へ行くとケンゴの靴が無い。リンカは自分の靴を履くと、ゆっくり扉を開けて外へ。すると――

「――――」

 ケンゴが居た。彼は背をこちらに向けて、外に設置したテーブルと椅子に座って烏龍茶を飲んでいた。
 いつもと違うケンゴの雰囲気はまるで知らない人のように見えて話しかけづらい。

「――祖父ちゃん。やっぱりまだ思い出せそうにないよ」
「なんの話だ?」
「うひょ!?」

 リンカの声にケンゴはビクッとして振り向いた。





「リンカちゃん?! どうしたの? トイレわからなかった?」
「別に目が冴えただけだ」

 そう言ってリンカはテーブルの空いている席に座る。月の光にオレ達は照らされた。

「……あたしは」

 月光浴を楽しんでいると、リンカが話題を振ってくる。

「何も知らない。お前の事……」
「そうだっけ? 隣に住んでる、社会人――」
「違う。昔の事……」

 リンカの視線に、オレは今まで話したことはなかったか、と記憶を思い起こす。

「話した事なかったっけ?」
「無いから聞いてるんだろ」

 怪訝そうな顔をするリンカ。オレは別に隠すような事でもないので話すことにした。





 暑い夏は、毎年のように蝉が五月蝿かった。
 両親が事故で死んでから、片田舎に住む祖父と祖母に引き取られたオレは、山の中で育てられた。

「あるところに一人の男の子が居ました」
「は?」
「いいから、聞いて」

 急に何を言ってんだ、コイツ? と言うリンカの表情にオレは、少し出だしをミスったか、と内心焦る。

「父親と母親を事故で失った男の子は父方の祖父と祖母の下で育てられました」
「……」
「山の中を走り回り、時に祖父に怒られたり祖母に優しく頭を撫でられながら男の子は成長していきました」

 リンカは黙って聞いてくれている。

「そして、少しだけ都会に憧れていた男の子は、会社の課長さんに田舎に居るところをスカウトされて一つのアパートに来たのでした」

 良くある話である。

「ある日、仕事から帰るとアパートの隣の部屋の前には女の子が座ってて彼は放っておけなくて話しかけたのでした。おしまい」

 オレとしてもこの上なく解りやすかったと思う。

「お、女の子は――」

 するとリンカが恥ずかしそうに眼を伏せながら続けた。

「話しかけられて……とても嬉しかった……のでした」
「――そっか。それは良かった」

 顔を横に向けてそう言うリンカにオレは微笑んで返す。

「……いいのか?」
「ん?」
「お前のお父さんとお母さんの墓参り」

 リンカはオレがずっとアパートを離れない事に疑問を感じている様子だった。

「正直に言うとね、思い出せないんだ。いつ二人が死んだのか」

 月の夜。止まった船。それはとても静かだった。

「だから、今も命日は解らない。オレはそこに立ち会ってるハズなのに」
「お葬式は……したんだろ?」
「うん。でも遺体はなかった。そう言う事故だったからね」

“ケンゴ、忘れんなや。お前の命は――”

「257人分……か」
「?」

 オレの不可解な言葉にリンカは首をかしげる。

「良くある不幸な生い立ちだよ。怖いジジィに育てられて、優しいお祖母さんに愛情を貰って、半分喧嘩みたいな形で田舎を飛び出した。だから帰りづらい」

 手紙は送っているが、年賀状レベルの頻度だ。向こうから返信は来ないので、生きてるか死んでるかわからない。
 まぁ、祖父じいちゃんは不死身だし、祖母ばあちゃんに至っては若干不老が入ってるからなぁ。普通に生きてるだろう。

「……どうしても」

 オレは久しぶりに家族の事を楽しそうに語った事が気になったのか、リンカが言う。

「一人で帰りづらいなら……あたしもついて行ってやる」
「はは、そうだね。その時は助けてもらおうかな」





 月の夜。片田舎の山の中に立つ母屋。
 その縁側で座る一人の老人は煙草を吸いながら猟銃の整備をしていた。

「じっさま。ケンくんから手紙が届いとるよー」
「燃やしとけ」
「あらあら。じゃあ、じっさまが燃やしておいてなー」

 老婆は老人の性格を完全に熟知している様に、おほほ、と笑って孫からの手紙を横に置いた。

「……チッ。あの阿呆が」

 老人は銃の整備を止めると封筒を手に取り、ぶっきらぼうに封を開ける。
 そして、日本に帰ってきた旨が書かれた孫からの手紙を読むと、本人でも気づかないうちに笑顔を浮かべていた。
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