【完結】悪魔に願うはただ一つ

関鷹親

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48表面的な穏やかさの裏

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 それからはとくに変わり映えのしない日々が悠々と続いた。
 毎日ルミアスに生命力を分け、学園に行き授業を受ける。
 フィルバートとはあの出来事以来、話すことも無ければ、目が合うこともない。
 それは互いにはっきりと距離を置いているためでもあるし、基本的に今まで以上にルミアスが学園でもくっついているせいでもある。
 気になってしまえば、関わりたくなってしまうだろうとルミアスに諭されたリュートは、フィルバートを極力視界に収めないようにもしている。
 隣の席どうしだというのに、そこには明確な壁が出来上がっていったのだった。

 そんな日々を続けてひと月ほどたった頃。
 授業中に誤って落としてしまったペンを拾おうとしたところで、フィルバートを視界に入れてしまった。
 顔色は以前よりも悪い気がするし、目の下に隈もできていて、瞳の色はかすかな澱みを見せている。

 ——あぁ、嫌だな。彼がロマリオになってしまう。

 年齢は大幅に違うが、元より姿形は同じなのだ。暗さを背負い始めたフィルバートが、またロマリオと重なって見えてきてしまう。
 中身は別だと分かってしまった今は、フィルバートをロマリオと同一視したくはなかった。
 リュートはその日から毎日、周りに気づかれないようにこっそりとフィルバートを観察するようになった。
 日に日に顔色が悪くなり、頬がこけ始め、眉間に寄る皺が深さを増していく。
 そんなフィルバートを見てしまえば、ロマリオと重なり背中に無いはずの傷が疼くこともある。
 けれどリュートはフィルバートを観察することをやめられなかった。

 それからまた日が流れ、季節が暑さを伴って変わり始めたある日。授業中にフィルバートが小さく咳き込んだ。
 視線だけを横に動かし、器用に様子を窺えば、口元に当てていた白いハンカチに小さく血が付いているのが見えてしまった。
 その光景が頭から離れなくなってしまったリュートは、授業が終わり席を立ったフィルバートの後をついて行くことに決めた。
 運よく取り巻きの者達も誰もおらず、リュートはほっと息を吐く。
 距離を取ったまま、まるで尾行するかのようについて行けば、辿り着いたのは奥まった場所にあるトイレだった。

 出てくるのを待つべきかと逡巡していれば、ゴホゴホと重く咳き込む音が中から聞こえてくる。

「……大丈夫?」

 堪らず中に入って声を掛ければ、驚き目を丸めたフィルバートの口元はやはり血で赤くなっていた。
 どれだけ吐き出したのか、洗面器の中も赤くなっている。

「どうしてここに……」
「授業中に咳き込んでたでしょう? その時に血の跡が見えたから、心配になって」

 ごそごそとポケットを探り、まだ使用していないハンカチを取り出してフィルバートに向ければ、困惑した表情を返される。
 なかなか受け取らないことに痺れを切らしたリュートは、フィルバートの手を取り無理矢理握らせる。
 その時に初めて触れた彼の手は、酷く冷たかった。

「体、大丈夫? もしかして家で何かあったの……?」

 ロマリオに体罰を受けていた頃、口内が切れて血を吐いたり、蹴られたせいで内臓が傷ついたのか、それで血を吐くこともあった。
 体を乗っ取るための器だというのに傷つけることがあるだろうかと疑問も浮かぶが、相手はあのロマリオだ。
 何があっても不思議ではない。
 少しだけでも何か話してくれないだろうかと期待を込めてフィルバートを見ていれば、観念したかのように口を開く。

 療養している父親の命がそう長くないこと。
 それを聞かされてから、ロマリオからの縛りが強くなっていること。そのせいで寝る時間は移動する時に少し仮眠ができるくらいで、纏まった睡眠はもうずっと取れていないのだという。
 婚約者となることが確定している王女との顔合わせと称してのお茶会の頻度も増えた。
 そこに毎回付いてくるロマリオの、王女を見る目も気になるという。
 体罰を受けていないことにリュートは少しだけほっとした。
 リュートが神の加護があったせいかロマリオは人を鞭で打つ時も蹴る時も、一切の躊躇いが無いのだ。
 普通は躊躇いが出るらしいと聞いたのはルミアスからだ。
 本来なら死んでしまうような傷でも、打撃でも、神の加護があるせいですぐに治ってしまい、ロマリオの加減が更にできなくなっていったのだろうと言われた時は、さらに加護の存在を恨んだ。

 フィルバートがあれと同じ痛みを抱えていなくて良かったとリュートは思った。
 だが父親であるフェードの死期が近いことには、正直なところほっとする気持ちしかない。
 彼もまたリュートを甚振り嘲笑を浴びせていた一人だからだ。だがそれを傷心のフィルバートに言えるはずもなく、ただ彼が満足できるように話を聞くくらいしかできない。

「……父上が言うんだ。早く逃げろと」
「逃げろ……?」
「寝たきりで、もう何年もずっと意識が朦朧としているんだ。だから、何かの夢か、もしくは私の聞き間違いの可能性もあるんだが……」

 聞き取るのが難しいほど小さく掠れた声で言われるその言葉がやけに耳に残るのだとフィルバートは言う。

「僕は何もできないけど……ごめん」
「いやいい。こうして少し話せただけでも気分が落ち着いた」

 そう言って再び瞳の色を濁らせたフィルバートが、そのまま出て行ってしまった。
 教室に戻るも、授業が始まっても隣の席は空席のまま。
 その日がフィルバートを見た最後になってしまうのだった。

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