48 / 66
48表面的な穏やかさの裏
しおりを挟む
それからはとくに変わり映えのしない日々が悠々と続いた。
毎日ルミアスに生命力を分け、学園に行き授業を受ける。
フィルバートとはあの出来事以来、話すことも無ければ、目が合うこともない。
それは互いにはっきりと距離を置いているためでもあるし、基本的に今まで以上にルミアスが学園でもくっついているせいでもある。
気になってしまえば、関わりたくなってしまうだろうとルミアスに諭されたリュートは、フィルバートを極力視界に収めないようにもしている。
隣の席どうしだというのに、そこには明確な壁が出来上がっていったのだった。
そんな日々を続けてひと月ほどたった頃。
授業中に誤って落としてしまったペンを拾おうとしたところで、フィルバートを視界に入れてしまった。
顔色は以前よりも悪い気がするし、目の下に隈もできていて、瞳の色はかすかな澱みを見せている。
——あぁ、嫌だな。彼がロマリオになってしまう。
年齢は大幅に違うが、元より姿形は同じなのだ。暗さを背負い始めたフィルバートが、またロマリオと重なって見えてきてしまう。
中身は別だと分かってしまった今は、フィルバートをロマリオと同一視したくはなかった。
リュートはその日から毎日、周りに気づかれないようにこっそりとフィルバートを観察するようになった。
日に日に顔色が悪くなり、頬がこけ始め、眉間に寄る皺が深さを増していく。
そんなフィルバートを見てしまえば、ロマリオと重なり背中に無いはずの傷が疼くこともある。
けれどリュートはフィルバートを観察することをやめられなかった。
それからまた日が流れ、季節が暑さを伴って変わり始めたある日。授業中にフィルバートが小さく咳き込んだ。
視線だけを横に動かし、器用に様子を窺えば、口元に当てていた白いハンカチに小さく血が付いているのが見えてしまった。
その光景が頭から離れなくなってしまったリュートは、授業が終わり席を立ったフィルバートの後をついて行くことに決めた。
運よく取り巻きの者達も誰もおらず、リュートはほっと息を吐く。
距離を取ったまま、まるで尾行するかのようについて行けば、辿り着いたのは奥まった場所にあるトイレだった。
出てくるのを待つべきかと逡巡していれば、ゴホゴホと重く咳き込む音が中から聞こえてくる。
「……大丈夫?」
堪らず中に入って声を掛ければ、驚き目を丸めたフィルバートの口元はやはり血で赤くなっていた。
どれだけ吐き出したのか、洗面器の中も赤くなっている。
「どうしてここに……」
「授業中に咳き込んでたでしょう? その時に血の跡が見えたから、心配になって」
ごそごそとポケットを探り、まだ使用していないハンカチを取り出してフィルバートに向ければ、困惑した表情を返される。
なかなか受け取らないことに痺れを切らしたリュートは、フィルバートの手を取り無理矢理握らせる。
その時に初めて触れた彼の手は、酷く冷たかった。
「体、大丈夫? もしかして家で何かあったの……?」
ロマリオに体罰を受けていた頃、口内が切れて血を吐いたり、蹴られたせいで内臓が傷ついたのか、それで血を吐くこともあった。
体を乗っ取るための器だというのに傷つけることがあるだろうかと疑問も浮かぶが、相手はあのロマリオだ。
何があっても不思議ではない。
少しだけでも何か話してくれないだろうかと期待を込めてフィルバートを見ていれば、観念したかのように口を開く。
療養している父親の命がそう長くないこと。
それを聞かされてから、ロマリオからの縛りが強くなっていること。そのせいで寝る時間は移動する時に少し仮眠ができるくらいで、纏まった睡眠はもうずっと取れていないのだという。
婚約者となることが確定している王女との顔合わせと称してのお茶会の頻度も増えた。
そこに毎回付いてくるロマリオの、王女を見る目も気になるという。
体罰を受けていないことにリュートは少しだけほっとした。
リュートが神の加護があったせいかロマリオは人を鞭で打つ時も蹴る時も、一切の躊躇いが無いのだ。
普通は躊躇いが出るらしいと聞いたのはルミアスからだ。
本来なら死んでしまうような傷でも、打撃でも、神の加護があるせいですぐに治ってしまい、ロマリオの加減が更にできなくなっていったのだろうと言われた時は、さらに加護の存在を恨んだ。
フィルバートがあれと同じ痛みを抱えていなくて良かったとリュートは思った。
だが父親であるフェードの死期が近いことには、正直なところほっとする気持ちしかない。
彼もまたリュートを甚振り嘲笑を浴びせていた一人だからだ。だがそれを傷心のフィルバートに言えるはずもなく、ただ彼が満足できるように話を聞くくらいしかできない。
「……父上が言うんだ。早く逃げろと」
「逃げろ……?」
「寝たきりで、もう何年もずっと意識が朦朧としているんだ。だから、何かの夢か、もしくは私の聞き間違いの可能性もあるんだが……」
聞き取るのが難しいほど小さく掠れた声で言われるその言葉がやけに耳に残るのだとフィルバートは言う。
「僕は何もできないけど……ごめん」
「いやいい。こうして少し話せただけでも気分が落ち着いた」
そう言って再び瞳の色を濁らせたフィルバートが、そのまま出て行ってしまった。
教室に戻るも、授業が始まっても隣の席は空席のまま。
その日がフィルバートを見た最後になってしまうのだった。
毎日ルミアスに生命力を分け、学園に行き授業を受ける。
フィルバートとはあの出来事以来、話すことも無ければ、目が合うこともない。
それは互いにはっきりと距離を置いているためでもあるし、基本的に今まで以上にルミアスが学園でもくっついているせいでもある。
気になってしまえば、関わりたくなってしまうだろうとルミアスに諭されたリュートは、フィルバートを極力視界に収めないようにもしている。
隣の席どうしだというのに、そこには明確な壁が出来上がっていったのだった。
そんな日々を続けてひと月ほどたった頃。
授業中に誤って落としてしまったペンを拾おうとしたところで、フィルバートを視界に入れてしまった。
顔色は以前よりも悪い気がするし、目の下に隈もできていて、瞳の色はかすかな澱みを見せている。
——あぁ、嫌だな。彼がロマリオになってしまう。
年齢は大幅に違うが、元より姿形は同じなのだ。暗さを背負い始めたフィルバートが、またロマリオと重なって見えてきてしまう。
中身は別だと分かってしまった今は、フィルバートをロマリオと同一視したくはなかった。
リュートはその日から毎日、周りに気づかれないようにこっそりとフィルバートを観察するようになった。
日に日に顔色が悪くなり、頬がこけ始め、眉間に寄る皺が深さを増していく。
そんなフィルバートを見てしまえば、ロマリオと重なり背中に無いはずの傷が疼くこともある。
けれどリュートはフィルバートを観察することをやめられなかった。
それからまた日が流れ、季節が暑さを伴って変わり始めたある日。授業中にフィルバートが小さく咳き込んだ。
視線だけを横に動かし、器用に様子を窺えば、口元に当てていた白いハンカチに小さく血が付いているのが見えてしまった。
その光景が頭から離れなくなってしまったリュートは、授業が終わり席を立ったフィルバートの後をついて行くことに決めた。
運よく取り巻きの者達も誰もおらず、リュートはほっと息を吐く。
距離を取ったまま、まるで尾行するかのようについて行けば、辿り着いたのは奥まった場所にあるトイレだった。
出てくるのを待つべきかと逡巡していれば、ゴホゴホと重く咳き込む音が中から聞こえてくる。
「……大丈夫?」
堪らず中に入って声を掛ければ、驚き目を丸めたフィルバートの口元はやはり血で赤くなっていた。
どれだけ吐き出したのか、洗面器の中も赤くなっている。
「どうしてここに……」
「授業中に咳き込んでたでしょう? その時に血の跡が見えたから、心配になって」
ごそごそとポケットを探り、まだ使用していないハンカチを取り出してフィルバートに向ければ、困惑した表情を返される。
なかなか受け取らないことに痺れを切らしたリュートは、フィルバートの手を取り無理矢理握らせる。
その時に初めて触れた彼の手は、酷く冷たかった。
「体、大丈夫? もしかして家で何かあったの……?」
ロマリオに体罰を受けていた頃、口内が切れて血を吐いたり、蹴られたせいで内臓が傷ついたのか、それで血を吐くこともあった。
体を乗っ取るための器だというのに傷つけることがあるだろうかと疑問も浮かぶが、相手はあのロマリオだ。
何があっても不思議ではない。
少しだけでも何か話してくれないだろうかと期待を込めてフィルバートを見ていれば、観念したかのように口を開く。
療養している父親の命がそう長くないこと。
それを聞かされてから、ロマリオからの縛りが強くなっていること。そのせいで寝る時間は移動する時に少し仮眠ができるくらいで、纏まった睡眠はもうずっと取れていないのだという。
婚約者となることが確定している王女との顔合わせと称してのお茶会の頻度も増えた。
そこに毎回付いてくるロマリオの、王女を見る目も気になるという。
体罰を受けていないことにリュートは少しだけほっとした。
リュートが神の加護があったせいかロマリオは人を鞭で打つ時も蹴る時も、一切の躊躇いが無いのだ。
普通は躊躇いが出るらしいと聞いたのはルミアスからだ。
本来なら死んでしまうような傷でも、打撃でも、神の加護があるせいですぐに治ってしまい、ロマリオの加減が更にできなくなっていったのだろうと言われた時は、さらに加護の存在を恨んだ。
フィルバートがあれと同じ痛みを抱えていなくて良かったとリュートは思った。
だが父親であるフェードの死期が近いことには、正直なところほっとする気持ちしかない。
彼もまたリュートを甚振り嘲笑を浴びせていた一人だからだ。だがそれを傷心のフィルバートに言えるはずもなく、ただ彼が満足できるように話を聞くくらいしかできない。
「……父上が言うんだ。早く逃げろと」
「逃げろ……?」
「寝たきりで、もう何年もずっと意識が朦朧としているんだ。だから、何かの夢か、もしくは私の聞き間違いの可能性もあるんだが……」
聞き取るのが難しいほど小さく掠れた声で言われるその言葉がやけに耳に残るのだとフィルバートは言う。
「僕は何もできないけど……ごめん」
「いやいい。こうして少し話せただけでも気分が落ち着いた」
そう言って再び瞳の色を濁らせたフィルバートが、そのまま出て行ってしまった。
教室に戻るも、授業が始まっても隣の席は空席のまま。
その日がフィルバートを見た最後になってしまうのだった。
66
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける
てんつぶ
BL
「僕を食べてもらっても構わない。だからどうか――」
庶子として育ったカラヒは母の死後、引き取られた伯爵家でメイドにすら嗤われる下働き以下の生活を強いられていた。その上義兄からは火傷を負わされるほどの異常な執着を示される。
そんなある日、義母である伯爵夫人はカラヒを神竜の生贄に捧げると言いだして――?
「カラヒ。おれの番いは嫌か」
助けてくれた神竜・エヴィルはカラヒを愛を囁くものの、カラヒは彼の秘密を知ってしまった。
どうして初対面のカラヒを愛する「フリ」をするのか。
どうして竜が言葉を話せるのか。
所詮偽りの番いだとカラヒは分かってしまった。それでも――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる