21 / 66
21おかえり
しおりを挟む
ゆらゆらと暖かく居心地のいい場所で、リュートは何年もの間揺蕩っていた。
柔らかな日差しと、心地のいい温度と、馴染みがある香りに包まれ、幸福を噛み締める日々。
膜を何重にもかけられたような中で過ごすのは楽しいが、何かが違うと心が時折叫んでいた。
しかしその意識もすぐに消え去り、また気がつけば心が叫ぶことを繰り返し続けた。
この場所は安全で、何も憂うことがないとわかっているのに外に出たいと言う気持ちが湧き上がることもある。
不思議な感覚だが、嫌悪感も恐怖も感じることはない。
ぼんやりとゆったりと流れる時間と景色。
だがそれは突如、終わりを迎えた。
「なんでお前のような欠陥品がレディオバーグなんだ? おかしいだろう!!」
危ないと思った時にはすでに遅く、リュートは目の前にいた幼さの残る青年に盛大に突き飛ばされた。
よく手入れが行き届いた芝生の上に頭から倒れ込んでしまったリュートは、強い衝撃を受ける。
痛みに顔が歪んで思わず体を縮こませた。
頭が割れそうに痛み、全身から冷や汗が一気に吹き上がる。
すぐそばで草と土の匂いを感じ、痛みで声が漏れそうになったその時。声を上げてはいけないと脳内に警告が鳴り響き、リュートは声が漏れないようにと咄嗟に唇を噛みしめた。
「なっ、なんだよ! 俺は悪くないからな!!」
リュートが声も発さず体を起こす気配もないことに怯えたのか、突き飛ばしてきた青年はそんな言葉を吐きながら走り去っていった。
しかしリュートにとってそんなことはどうでもよかった。
頭の中に唐突に流れ込んできた記憶の渦が、痛みすらも凌駕し、脳を盛大に揺らし始めたからだ。
今はリュートの成人を祝うため、レディオバーグの屋敷で開かれたパーティーの最中だった。
王都の端にある広々とした屋敷には、父親であるルドルフとの縁を繋ぎたい人々が集まっている。
リュートのことを見はするが、誰もかれも魔法を使えないリュートには興味は薄いようで、本来祝われる筈の立場なのにとても居心地が悪かった。
そんな状態から少し抜け出そうと庭を少し歩いていれば、会場からわざわざ追いかけてきたのか、数人の令息達に囲まれてしまったのだ。
――ルドルフ様が、父親……? 僕がレディオバーグ……?
何故と疑問が駆け回り、すぐに彼の子供なのだから当たり前ではないかと疑問が打ち消される。
けれどもまたそれが、リュートを混乱させた。
浅く短くなる息を、何とかゆっくりと深呼吸に変えていけば、少しづつ記憶の濁流が馴染むように流れが少しばかり大人しくなっていく。
今現在までのリュートとしての記憶は勿論ある。
だがそれとは別の、ロマリオの屋敷の地下で一人寂しく命の終わりを迎えた記憶が突如として蘇ったのだと、そこでようやく理解ができた。
全身を炎で焼かれ、痛みとルミアスに会えない寂しさで押し潰されそうになっていれば、最後の最後で会いたいと願ったルミアスに会うことができた。
幸福と同時に完全なる暗闇に包まれ、最後の時を迎えたはずだ。
「リュートッ!!」
焦りを滲ませた声音で名前を呼ばれ、未だ混乱する頭のまま目を向ければ、そこには混濁する記憶と異なるルミアスの姿があった。
「るみ、あす……?」
地下室に訪れていたルミアスはもっと背が高くて、もっと大人の顔をしていた。
走り寄って来るルミアスは、どう見ても記憶の中の彼の容姿からは随分と幼く見えるのだ。
けれどもそれに違和感を覚えたのも一瞬だった。
すぐに現在までの記憶が、これが今のルミアスだと教えてくれる。
「なにがあった!!」
倒れ込んだままのリュートを見たルミアスの顔色は、どんどん悪くなっていく。
ふわりとした浮遊感のあと、気がつけば慣れ親しんだ香りと温もりに包まれ、ルミアスに抱きかかえられたのだと分かった。
「あ、あぁ……ルミアスっ」
ぽろぽろと瞳から涙が溢れ落ちれば、ルミアスはギョッとした表情を見せる。
先程から地下室にいた時よりも豊かな表情を見せるルミアスだが、それに違和感はない。
ずっとこの表情を見てきた記憶もあるからだ。
「僕、死んだんじゃなかったの……?」
「記憶が戻ったのか?」
「わかんない、けど……多分……?」
状況が上手く飲み込めていないリュートは、ルミアスの質問には疑問符を付けて答えるしかできない。
リュートを抱えたルミアスは途端に顔をくしゃくしゃに歪めると、見慣れた赤い瞳にうっすらと涙を滲ませた。
「おかえり、リュート」
今にも泣き出しそうなかすれた声で言われ、リュートは目頭が熱くなるのを感じた。
戻ってきた。確かにルミアスの元に戻ってきたのだと、そう実感が押し寄せれば堰を切ったように涙が溢れ出す。
古い記憶にあるルミアス本来の体よりも幾分か小さい体でキツく抱きしめられれば、その温もりと香りが全身を包み込み、記憶の奥底から細胞に至るまで幸福で満たされていくのだった。
柔らかな日差しと、心地のいい温度と、馴染みがある香りに包まれ、幸福を噛み締める日々。
膜を何重にもかけられたような中で過ごすのは楽しいが、何かが違うと心が時折叫んでいた。
しかしその意識もすぐに消え去り、また気がつけば心が叫ぶことを繰り返し続けた。
この場所は安全で、何も憂うことがないとわかっているのに外に出たいと言う気持ちが湧き上がることもある。
不思議な感覚だが、嫌悪感も恐怖も感じることはない。
ぼんやりとゆったりと流れる時間と景色。
だがそれは突如、終わりを迎えた。
「なんでお前のような欠陥品がレディオバーグなんだ? おかしいだろう!!」
危ないと思った時にはすでに遅く、リュートは目の前にいた幼さの残る青年に盛大に突き飛ばされた。
よく手入れが行き届いた芝生の上に頭から倒れ込んでしまったリュートは、強い衝撃を受ける。
痛みに顔が歪んで思わず体を縮こませた。
頭が割れそうに痛み、全身から冷や汗が一気に吹き上がる。
すぐそばで草と土の匂いを感じ、痛みで声が漏れそうになったその時。声を上げてはいけないと脳内に警告が鳴り響き、リュートは声が漏れないようにと咄嗟に唇を噛みしめた。
「なっ、なんだよ! 俺は悪くないからな!!」
リュートが声も発さず体を起こす気配もないことに怯えたのか、突き飛ばしてきた青年はそんな言葉を吐きながら走り去っていった。
しかしリュートにとってそんなことはどうでもよかった。
頭の中に唐突に流れ込んできた記憶の渦が、痛みすらも凌駕し、脳を盛大に揺らし始めたからだ。
今はリュートの成人を祝うため、レディオバーグの屋敷で開かれたパーティーの最中だった。
王都の端にある広々とした屋敷には、父親であるルドルフとの縁を繋ぎたい人々が集まっている。
リュートのことを見はするが、誰もかれも魔法を使えないリュートには興味は薄いようで、本来祝われる筈の立場なのにとても居心地が悪かった。
そんな状態から少し抜け出そうと庭を少し歩いていれば、会場からわざわざ追いかけてきたのか、数人の令息達に囲まれてしまったのだ。
――ルドルフ様が、父親……? 僕がレディオバーグ……?
何故と疑問が駆け回り、すぐに彼の子供なのだから当たり前ではないかと疑問が打ち消される。
けれどもまたそれが、リュートを混乱させた。
浅く短くなる息を、何とかゆっくりと深呼吸に変えていけば、少しづつ記憶の濁流が馴染むように流れが少しばかり大人しくなっていく。
今現在までのリュートとしての記憶は勿論ある。
だがそれとは別の、ロマリオの屋敷の地下で一人寂しく命の終わりを迎えた記憶が突如として蘇ったのだと、そこでようやく理解ができた。
全身を炎で焼かれ、痛みとルミアスに会えない寂しさで押し潰されそうになっていれば、最後の最後で会いたいと願ったルミアスに会うことができた。
幸福と同時に完全なる暗闇に包まれ、最後の時を迎えたはずだ。
「リュートッ!!」
焦りを滲ませた声音で名前を呼ばれ、未だ混乱する頭のまま目を向ければ、そこには混濁する記憶と異なるルミアスの姿があった。
「るみ、あす……?」
地下室に訪れていたルミアスはもっと背が高くて、もっと大人の顔をしていた。
走り寄って来るルミアスは、どう見ても記憶の中の彼の容姿からは随分と幼く見えるのだ。
けれどもそれに違和感を覚えたのも一瞬だった。
すぐに現在までの記憶が、これが今のルミアスだと教えてくれる。
「なにがあった!!」
倒れ込んだままのリュートを見たルミアスの顔色は、どんどん悪くなっていく。
ふわりとした浮遊感のあと、気がつけば慣れ親しんだ香りと温もりに包まれ、ルミアスに抱きかかえられたのだと分かった。
「あ、あぁ……ルミアスっ」
ぽろぽろと瞳から涙が溢れ落ちれば、ルミアスはギョッとした表情を見せる。
先程から地下室にいた時よりも豊かな表情を見せるルミアスだが、それに違和感はない。
ずっとこの表情を見てきた記憶もあるからだ。
「僕、死んだんじゃなかったの……?」
「記憶が戻ったのか?」
「わかんない、けど……多分……?」
状況が上手く飲み込めていないリュートは、ルミアスの質問には疑問符を付けて答えるしかできない。
リュートを抱えたルミアスは途端に顔をくしゃくしゃに歪めると、見慣れた赤い瞳にうっすらと涙を滲ませた。
「おかえり、リュート」
今にも泣き出しそうなかすれた声で言われ、リュートは目頭が熱くなるのを感じた。
戻ってきた。確かにルミアスの元に戻ってきたのだと、そう実感が押し寄せれば堰を切ったように涙が溢れ出す。
古い記憶にあるルミアス本来の体よりも幾分か小さい体でキツく抱きしめられれば、その温もりと香りが全身を包み込み、記憶の奥底から細胞に至るまで幸福で満たされていくのだった。
172
あなたにおすすめの小説
身代わりの出来損ない令息ですが冷酷無比な次期公爵閣下に「離さない」と極上の愛で溶かされています~今更戻ってこいと言われてももう遅いです〜
たら昆布
BL
冷酷無比な死神公爵 × 虐げられた身代わり令息
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話
さんかく
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話
基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想
からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定
(pixivにて同じ設定のちょっと違う話を公開中です「不憫受けがとことん愛される話」)
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる