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04コールド魔法伯
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そんな思いを心の内に秘め、リュートはこれ以上話すべきではないと飲み込むと、疑問に思っていたことをルミアスに聞いてみることにした。
「ところで、僕に召喚されたって言ってたけど……僕は何もしてないよ?」
「いいや、間違いなくお前に召喚されてるよ。まぁ不可抗力なんだろうけどな」
パチリと小気味のいい音を当ててルミアスが指を鳴らせば、敷き詰めてあった石畳の一部がふわりと浮き上がる。
剥き出しになった地面から出てきたのは、塗料で描かれた古さを感じる召喚陣の端だった。
悪魔を召喚できるというその召喚陣は、かつてルミアスの祖父を召喚した時に使用されたものらしい。
今の世ではすでに葬り去られた技術。
そのせいで、現代においてこの世界に召喚される悪魔はいないのだという。
「ルミアスのお爺様は、何の願いを叶えたの?」
「このコールド家に魔法の才を授けたらしい」
ニンマリと目を細め口端を片方だけ釣り上げたルミアスが、意地悪そうにな笑みを浮かべ嬉々として語る。
コールド伯爵家は代々その魔法の才能の豊かさから、魔法伯の称号を王家より与えられていた。
しかし元を辿ると、コールド家の人間の魔法の才は、平均より少し上程度のものしかなかったらしい。
当時のコールド伯爵――リュートからすれば七代も前の先祖は、それで満足する男ではなかった。
そんな中で訪れた領地外にある寂れた教会の保管室で、偶然にも悪魔召喚に関する書物を見つけてしまう。
悪魔召喚はその時代には既に廃れ始め、知る人ぞ知る技術となっていたが、彼はその技術を紐解いたのだ。
その結果、ルミアスの祖父である悪魔を大量の命と引き換えに召喚し、コールド家に魔法の才を与えてくれるように頼んだのだ。
それからは与えられた力を存分に振るい功績を積み上げ、七代前の当主は魔法伯の称号を王家から賜ることができたという。
「でも今は、魔法伯を名乗るだけの魔法の才がない……って言われてるけど」
囁かれる噂と陰口のせいで鬱憤の溜まったロマリオから、リュートは八つ当たりの道具として使われている。
外の世界と隔絶されて生きているが、明り取りの窓から聞こえてくる使用人達の会話からも、ロマリオが鞭を振るう際に発する愚痴からも、そのことを聞くことが多いので知っていた。
ルミアスの話が本当だとすれば、その魔法の才は一体どこへいってしまったというのか。
「コールド家に魔法の才が無くなったのは、継続するために必要な対価である生贄が支払われなかったことに加えて、俺の爺さんが死んで、願いの効力が完全に無くなったからだ」
何代にも渡って受け継がれるような願いには当然、それ相応の対価が必要になる。
ルミアスの祖父が望んだ対価は、その場でのさらなる生贄に加えて、一族が続く限り生贄を捧げ続けるというものだった。
しかし七代前の当主は悪魔召喚をしたことに満足し、一族の繁栄を望んではいたが、後継者にその後の生贄のことを教えなかったらしい。
それは世間への発覚を恐れ慎重になっていたせいもあるだろう。
魔法伯を賜り、いつも注目に晒されることになった分、常に監視の目があるようなもので、下手なことなどできようはずもない。
なにせ生贄に必要なのは、大量の人間だというのだから、バレたら一族諸共処刑されること間違いなしだ。
生贄が捧げられず、段々と薄れていく魔法の才は、ルミアスの祖父が亡くなったことで完全に契約が消失した。
それが二代前――つまりは、リュートの祖父の代のことらしい。
「契約が無くなって元々の実力に戻っているわけだから、まぁ周りからの嘲りは凄いだろうな?」
その様子を見てみるのも楽しそうだと、ルミアスがケラケラ笑う。
だがここに来てまた疑問が増えた。
リュートはたまたまルミアスを召喚したに過ぎない。故に召喚をするのに生贄なんて捧げていないのだ。
どうやって召喚陣を起動させたのだろうかと疑問が顔に出ていたのだろう。
笑いを止めたルミアスがベッドから離れ、床に座るリュートと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
長身である彼は、しゃがんでも成長しきれていない小さな背から見れば、見上げるほどの大きさがある。
長い腕が伸ばされ、大きな手がリュートの背に回されると、鞭で打たれた場所をするりと撫でられた。
「――っいっ、痛いよルミアス」
「そうだろうな? でも昨日よりは痛くない。そうだろう?」
確かに、打たれた直後からの燃え盛るような痛みは既にない。
塞がりきらない傷口が服に擦れ、時折痛みを感じるくらいだ。
患部に触らなければ何も感じない。それはいつものことだった。
「お前が流す血そのものが、俺を呼ぶ生贄の代わりになってたんだよ」
ふわりと体を持ち上げられると、ベッドまで運ばれ、リュートは目を瞬かせた。
ベッドな再び腰を下ろしたルミアスは、リュートを背中を上に向けるような形でうつ伏せにして膝の上に乗せた。
戸惑いながらも抵抗せずにいれば、サイズの合っていない大きなシャツを捲られ、背中がひやりとした外気に晒される。
「あぁーこれこれ、この味だよ」
何をされるのだろうかと体を強張らせていれば、背中にぬめった熱いものを感じ、舌で舐められているのだと即座に頭が理解した。
開いた傷口から出たであろう血が、ゆっくりとした動きで舐め取られていく。
その度にピリピリと背中が痛み、それと同時に感じたことのないぞわりとした感覚が、肌の下を駆けていった。
暫くルミアスの好きにさせていたが、流石に尖った歯が傷口にわずかに刺さり始めたことで我に返り、じたばたと抵抗すれば、体はあっさりと解放された。
されていたことが頭から離れず、恥ずかしさから顔が熱くなる。
慌ててルミアスの膝の上からどくと、ベッドの端まで行って、わずかながらに距離を取った。
慌てるリュートを見ながら、やれやれといった風に肩をすくめたルミアスは、特に何も感じるものがないようだ。
「この血が生贄の代わりにって……沢山の人間が必要なんでしょう? 本当にそんなに血を流してるんだったら、僕は……もう死んでるはずだけど」
だからきっと、別の方法で生贄の代わりとなる何かがあったのではないか――。
そう続けようとすれば、立ち上がったルミアスが芝居がかったように部屋の中を歩く。
「普通、あれだけの傷を負わされたら、次の日には傷口が悪化するもんだ。こんな風に、すぐに大部分の傷口が軽くでも塞がることなんてないんだよ。おかしいと思わなかったのか?」
ルミアスを召喚できるほどの生贄の代わりに、リュートの血が数年間に渡り大量に流されている。
普通であればショック死するか、手当されることもないため、傷口が悪化し感染症に陥っているはずだ。
だが実際は、こうして何年もの間リュートは生き続けている。
それは何故なのか――。
ごくりと唾を飲み込みルミアスを見れば、とても愉快そうにルミアスが口を開いた。
「ところで、僕に召喚されたって言ってたけど……僕は何もしてないよ?」
「いいや、間違いなくお前に召喚されてるよ。まぁ不可抗力なんだろうけどな」
パチリと小気味のいい音を当ててルミアスが指を鳴らせば、敷き詰めてあった石畳の一部がふわりと浮き上がる。
剥き出しになった地面から出てきたのは、塗料で描かれた古さを感じる召喚陣の端だった。
悪魔を召喚できるというその召喚陣は、かつてルミアスの祖父を召喚した時に使用されたものらしい。
今の世ではすでに葬り去られた技術。
そのせいで、現代においてこの世界に召喚される悪魔はいないのだという。
「ルミアスのお爺様は、何の願いを叶えたの?」
「このコールド家に魔法の才を授けたらしい」
ニンマリと目を細め口端を片方だけ釣り上げたルミアスが、意地悪そうにな笑みを浮かべ嬉々として語る。
コールド伯爵家は代々その魔法の才能の豊かさから、魔法伯の称号を王家より与えられていた。
しかし元を辿ると、コールド家の人間の魔法の才は、平均より少し上程度のものしかなかったらしい。
当時のコールド伯爵――リュートからすれば七代も前の先祖は、それで満足する男ではなかった。
そんな中で訪れた領地外にある寂れた教会の保管室で、偶然にも悪魔召喚に関する書物を見つけてしまう。
悪魔召喚はその時代には既に廃れ始め、知る人ぞ知る技術となっていたが、彼はその技術を紐解いたのだ。
その結果、ルミアスの祖父である悪魔を大量の命と引き換えに召喚し、コールド家に魔法の才を与えてくれるように頼んだのだ。
それからは与えられた力を存分に振るい功績を積み上げ、七代前の当主は魔法伯の称号を王家から賜ることができたという。
「でも今は、魔法伯を名乗るだけの魔法の才がない……って言われてるけど」
囁かれる噂と陰口のせいで鬱憤の溜まったロマリオから、リュートは八つ当たりの道具として使われている。
外の世界と隔絶されて生きているが、明り取りの窓から聞こえてくる使用人達の会話からも、ロマリオが鞭を振るう際に発する愚痴からも、そのことを聞くことが多いので知っていた。
ルミアスの話が本当だとすれば、その魔法の才は一体どこへいってしまったというのか。
「コールド家に魔法の才が無くなったのは、継続するために必要な対価である生贄が支払われなかったことに加えて、俺の爺さんが死んで、願いの効力が完全に無くなったからだ」
何代にも渡って受け継がれるような願いには当然、それ相応の対価が必要になる。
ルミアスの祖父が望んだ対価は、その場でのさらなる生贄に加えて、一族が続く限り生贄を捧げ続けるというものだった。
しかし七代前の当主は悪魔召喚をしたことに満足し、一族の繁栄を望んではいたが、後継者にその後の生贄のことを教えなかったらしい。
それは世間への発覚を恐れ慎重になっていたせいもあるだろう。
魔法伯を賜り、いつも注目に晒されることになった分、常に監視の目があるようなもので、下手なことなどできようはずもない。
なにせ生贄に必要なのは、大量の人間だというのだから、バレたら一族諸共処刑されること間違いなしだ。
生贄が捧げられず、段々と薄れていく魔法の才は、ルミアスの祖父が亡くなったことで完全に契約が消失した。
それが二代前――つまりは、リュートの祖父の代のことらしい。
「契約が無くなって元々の実力に戻っているわけだから、まぁ周りからの嘲りは凄いだろうな?」
その様子を見てみるのも楽しそうだと、ルミアスがケラケラ笑う。
だがここに来てまた疑問が増えた。
リュートはたまたまルミアスを召喚したに過ぎない。故に召喚をするのに生贄なんて捧げていないのだ。
どうやって召喚陣を起動させたのだろうかと疑問が顔に出ていたのだろう。
笑いを止めたルミアスがベッドから離れ、床に座るリュートと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
長身である彼は、しゃがんでも成長しきれていない小さな背から見れば、見上げるほどの大きさがある。
長い腕が伸ばされ、大きな手がリュートの背に回されると、鞭で打たれた場所をするりと撫でられた。
「――っいっ、痛いよルミアス」
「そうだろうな? でも昨日よりは痛くない。そうだろう?」
確かに、打たれた直後からの燃え盛るような痛みは既にない。
塞がりきらない傷口が服に擦れ、時折痛みを感じるくらいだ。
患部に触らなければ何も感じない。それはいつものことだった。
「お前が流す血そのものが、俺を呼ぶ生贄の代わりになってたんだよ」
ふわりと体を持ち上げられると、ベッドまで運ばれ、リュートは目を瞬かせた。
ベッドな再び腰を下ろしたルミアスは、リュートを背中を上に向けるような形でうつ伏せにして膝の上に乗せた。
戸惑いながらも抵抗せずにいれば、サイズの合っていない大きなシャツを捲られ、背中がひやりとした外気に晒される。
「あぁーこれこれ、この味だよ」
何をされるのだろうかと体を強張らせていれば、背中にぬめった熱いものを感じ、舌で舐められているのだと即座に頭が理解した。
開いた傷口から出たであろう血が、ゆっくりとした動きで舐め取られていく。
その度にピリピリと背中が痛み、それと同時に感じたことのないぞわりとした感覚が、肌の下を駆けていった。
暫くルミアスの好きにさせていたが、流石に尖った歯が傷口にわずかに刺さり始めたことで我に返り、じたばたと抵抗すれば、体はあっさりと解放された。
されていたことが頭から離れず、恥ずかしさから顔が熱くなる。
慌ててルミアスの膝の上からどくと、ベッドの端まで行って、わずかながらに距離を取った。
慌てるリュートを見ながら、やれやれといった風に肩をすくめたルミアスは、特に何も感じるものがないようだ。
「この血が生贄の代わりにって……沢山の人間が必要なんでしょう? 本当にそんなに血を流してるんだったら、僕は……もう死んでるはずだけど」
だからきっと、別の方法で生贄の代わりとなる何かがあったのではないか――。
そう続けようとすれば、立ち上がったルミアスが芝居がかったように部屋の中を歩く。
「普通、あれだけの傷を負わされたら、次の日には傷口が悪化するもんだ。こんな風に、すぐに大部分の傷口が軽くでも塞がることなんてないんだよ。おかしいと思わなかったのか?」
ルミアスを召喚できるほどの生贄の代わりに、リュートの血が数年間に渡り大量に流されている。
普通であればショック死するか、手当されることもないため、傷口が悪化し感染症に陥っているはずだ。
だが実際は、こうして何年もの間リュートは生き続けている。
それは何故なのか――。
ごくりと唾を飲み込みルミアスを見れば、とても愉快そうにルミアスが口を開いた。
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