猫耳のおじさん護衛騎士

関鷹親

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30 自覚

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 目を覚ましたソルドは背伸びをし、まだ起き切らないぼやけた頭でいつものようにジェスを呼ぼうと声を出す。これは猫の姿で毎朝目覚めてしまうソルドとジェスのルーティンの一つとなっていた。

「ジェス、頼む」
「はいはいお任せあれじゃ~……おぉん?」

 いつものように部屋に入って来たジェスは、扉を開けたまま首を傾げた。

「なんじゃ、猫になっとらんじゃないか」

 そう言われて慌てて鏡を見れば、確かに人間の姿のままだった。これはどういうことだろうかと首を傾げるソルドに、ジェスは手間が省けたと言ってとことこと自室へと戻っていった。
 相変わらず耳と尻尾は着いたまま。ソルドは準備を整えながら原因を考えた。そこで、初めて猫の姿で目覚めた時にジェスが言っていた言葉を思い出したのだ。
――猫になりたいと考えなかったか?
 可愛がられるジェスに、あの時は自覚がなかったが確かに嫉妬を覚え、そして自身が猫になれればと、そう考えながら眠りについていたのだ。
 あの頃はケインズを癒せるならばと常に考えていたため、それが作用し毎朝猫になっていたようなものだ。それに猫のように撫でられるのも癖になっていたために、余計に毎朝猫の姿になっていたのだ。
 では昨夜はどうだっただろうかと考え、ソルドは自嘲気味に笑う。癒しはもう必要ないと、元の戻るのだと強く思って眠りについた。その効果がすぐに表れたと言うことだ。
 耳も尻尾も、鏡に映るソルドには似つかわしくはない。いつの間にか悪くないと錯覚してしまっていたが、どう考えてもこれはないだろうとソルドは自身に言い聞かせた。
 ケインズとの微妙な距離感は続き、ソルドはかつてのような生活にすっかりと戻っていた。
 心を殺すのは簡単だった。常に一緒にいるが、ケインズから甘やかに声を掛けられることも、熱く見つめられることもないのだから。
 時折無性に寂しくなったり、虚しくなることはあるが、それも時期に慣れるだろうとソルドは考えていた。



 そんな日々がひと月も続き、ある日を境にソルドの耳と尻尾が完全に姿を消した。起きて支度を整える時には馴染んだものがないことに唖然としたソルドだったが、すぐに気を取り直していた。
 実体化したのも思いの強さからだったはずだ。それが消えたと言うことは、上手く心を殺せているということ。
 ここまでくれば、近々ジェスに魔法を全て解いてもらえば完璧だろうと考えていた。すぐに、と思わない当たり心の奥底で未練があるのだが、ソルドはそれには気が付かなかった。



「殿下、一体どうしちゃったんですか」

 呆れたような溜息をカステルに吐かれ、ケインズは気まず気に視線を逸らした。カステルが言いたいことはわかりきっている。

「確かに僕は殿下がご自身の気持ちに気が付くようにと焚きつけましてけど……これはないんじゃないですか?」

いつかは言われてしまうと、もの言いたげな視線をずっと寄こしてきたカステルだが、とうとう我慢が出来なくなったようだった。

「殿下って……ヘタレだったんですね」
「キャス……わかっているから、言わないでくれないかな?」

 片手で目を抑えながら項垂れるケインズに、カステルからまたもや溜息を吐かれてしまう。
 カステルからよくソルドを見るようにと念を押されてから、ケインズはその言葉に渋々従った。
 本当は好きなんだ自覚をしろと言われ、戸惑いの中迎えた初めての朝。頬を僅かに染めて背を向けるソルドにどことなくギクシャクしてしまい、ブラッシングがおざなりになってしまったのは言うまでもない。
 そのあと当然のように跪き頭を下げたソルドに、ケインズは衝撃を覚えたのだ。いつもは楽しさしかないその時間だったが、カステルに言われたことを思い出す。
 この距離は、確かに護衛とその主の距離ではない。不安そうに顔を上げたソルドに、これまたぎこちなく耳を撫でる。
 いつもはブラッシングも耳を撫でるのも夢中になり、気が付かなかったがこれはおかしいのではないか。
 勘違いの可能性もあると己に言い聞かせたケインズだったが、ソルドを見るたびにそれは勘違いではないのだと、確信してしまったのだ。
 側によった時に無意識に絡められる尻尾も、ケインズの視線に以前よりも柔らかく笑むソルドも何もかもが愛おしくて仕方がなかった。

 自分の気持ちをとうとう自覚したケインズだったが、次に襲ってきたのは羞恥心だった。朝も昼も夜もカステルを追い出し部屋で行う戯れは、気恥ずかしくて仕方が無くなってしまい、ソルドからの視線も恥ずかしくてついつい目を反らしてしまう。
 まさか自分が恋心を自覚したとたんにこうなってしまうとは思いもしなかったケインズは、一人悶々と初恋の羞恥心と戦っていたのだった。
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