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29 異変
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朝、いつものようにケインズの部屋へとソルドが向かえば、カステルがいつもより険しい顔をしながら、ケインズとソルドを見ていることに気がついた。
最近ではにこにこと含みのある顔をしながら部屋をあとにし、早々にケインズとソルドを二人きりにするカステル。だが今日に限って、なにやらケインズとこそこそと話しながら、視線をちらちらとソルドに寄こすのだ。
一体なにがあると言うのか。ケインズすらもいつもとは違い、困ったようなそれでいてどこかソルドに対して余所余所しい態度を取る。
「わかってますね、殿下」
「あぁ……いう通りにするから」
「ソルドさん、頑張ってください!」
「ん? 一体なにを……おいカステル」
一人事情が呑み込めないソルドは、ケインズに問うような視線を投げかけるが、ケインズはただただ苦笑しているだけで説明してはくれない。
ケインズに手招きされ、慣れたように背を向け座る。すぐに手に取られた尻尾を撫でられれば、心地よさが広がった。
毎朝繰り返されるブラッシングは気持ちが良い。質のいいブラシが長くふさふさとした尻尾を丁寧に梳いていく。
ふと、いつもケインズが櫛に垂らす香油の匂いが違うことに気が付いたソルドは、何気なくケインズに聞いてしまった。
「今日はいつものではないのですか?」
「え? そうだね、いつものは……よく考えたら人間用だしね。尻尾は猫だろう? 体に害があってもいけないと思って、変えたんだ」
「そうでしたか」
さわやかに香る新たな匂いに不快感はない。けれどもケインズの歯切れの悪さと、いつもより簡素なブラッシングの仕方に、ソルドは違和感を覚えていた。
ブラッシングが終われば今度は耳だ。触られるのも慣れたソルドは、いつものようにソファから降り頭をケインズの前へと差し出した。
座ったままでは背が高いソルドの耳にケインズが触るのは大変で、ソルドはソルドで急な角度で頭を下げ続けねばならず辛い。いつの間にか出来上がったお互いに楽な体勢がこれだったのである。
しかしいつまでたってもケインズが耳に触れてこず、ソルドが視線を上げれば狼狽えたようなケインズの姿があった。
「殿下? 今日は宜しかったでしょうか?」
「あ、あぁいや、今日も撫でさせてもらうよ」
ゆっくり差し出された手に、思わずソルドは自らすり寄り手に頭を押し付けてしまう。なぜかぎこちなく耳を触るケインズに、ソルドは不安に駆られてしまう。
流石に耳と尻尾に飽きてしまったのだろうかと、心が沈み込んでいきそうになる。いつもな鳴るはずの喉は鳴らなかった。
それからのケインズは、ソルドの耳と尻尾をあまり触らなくなった。休憩時間は取るが、その時間にカステルや他の者を部屋から出すことをしない。そうなれば当然、ケインズがソルドに触れることもない。一抹の不安と寂しさが胸を突く。
罰として朝も昼も夜も触らせろと言ってきたのはケインズだ。それが無くなってしまったと言いうことは、罰は早々に終わってしまったと言うことだろうか。それとも気が付かない内に、なにか気に障ることをしてしまったのか。
夜の戯れもすっかりとなくなりソルドは早めに、と言っても前と変わらに時間に自宅に帰るようになっていた。
「なんじゃ坊よ、おもっ苦しい溜息いばかり吐いて、辛気臭いのう」
「そうか?」
「そうじゃとも、全くどうしたんじゃ」
「いや、特になにかあるわけでは……あぁほら、欲しがってた菓子だぞ」
「おぉ! 最近の坊は気が利くのう」
帰宅時間が早くなり、しかしすぐに家に帰るのも心苦しいと感じるソルドは、連日のように街をふらついてから家路についていた。
気を紛らわすため、ジェスが気に入りそうな菓子や食べ物をその度買い家に帰る。そうしていれは寝るだけの時間で、ケインズの行動に理由について考える時間が減るからだ。
嬉々として飛び跳ねるジェスを残し、ソルドは自身の部屋へと入る。降ろした鞄から取り出したのは、ケインズが毎朝ソルドの毛並みを整えるために使っていたブラシと香油だった。
ケインズの異変を感じてからは既に一月。最近ではケインズからの視線を感じることもなくなってしまっている。ふと視線が合えば、険しい顔をしたケインズが顔を背けることもままあるほどだ。
きっとこんな年のいった男に猫の耳と尻尾が付いていると言う事態に飽きたか、見苦しく感じるようになったのだろう。
朝のブラッシング自体は既になくなっていたのだが、ブラッシングは自分でするようにと、ケインズから数日前に手渡されてしまったのだ。
どこかぽっかりと心に穴が開いたような気分なる。あのひ時が楽しくそして幸福だった。それにあの向けられる視線が、ソルドは堪らなく好きだったのだ。
それが例え猫耳と尻尾に向けられていたものだとしても、温かくなる心とソワソワとしてしまう心は、どう考えてもケインズに対して敬愛以上の物が芽生えていたのだとソルドはわかってしまった。
こんな状態で自覚するものほど辛いものはない。
「そうだ、私は元々ただの護衛騎士で、それが元に戻るだけ。今までがおかしすぎた。殿下は既に休憩は無理に言わなくても取るようになったし、疲労の色は見えない。癒すという役目を終えただけ。それだけだ。適切な距離に戻るだけだ」
自分自身に言い聞かせるように何度も呟くソルドは、全てに蓋をするように眠りについた。
最近ではにこにこと含みのある顔をしながら部屋をあとにし、早々にケインズとソルドを二人きりにするカステル。だが今日に限って、なにやらケインズとこそこそと話しながら、視線をちらちらとソルドに寄こすのだ。
一体なにがあると言うのか。ケインズすらもいつもとは違い、困ったようなそれでいてどこかソルドに対して余所余所しい態度を取る。
「わかってますね、殿下」
「あぁ……いう通りにするから」
「ソルドさん、頑張ってください!」
「ん? 一体なにを……おいカステル」
一人事情が呑み込めないソルドは、ケインズに問うような視線を投げかけるが、ケインズはただただ苦笑しているだけで説明してはくれない。
ケインズに手招きされ、慣れたように背を向け座る。すぐに手に取られた尻尾を撫でられれば、心地よさが広がった。
毎朝繰り返されるブラッシングは気持ちが良い。質のいいブラシが長くふさふさとした尻尾を丁寧に梳いていく。
ふと、いつもケインズが櫛に垂らす香油の匂いが違うことに気が付いたソルドは、何気なくケインズに聞いてしまった。
「今日はいつものではないのですか?」
「え? そうだね、いつものは……よく考えたら人間用だしね。尻尾は猫だろう? 体に害があってもいけないと思って、変えたんだ」
「そうでしたか」
さわやかに香る新たな匂いに不快感はない。けれどもケインズの歯切れの悪さと、いつもより簡素なブラッシングの仕方に、ソルドは違和感を覚えていた。
ブラッシングが終われば今度は耳だ。触られるのも慣れたソルドは、いつものようにソファから降り頭をケインズの前へと差し出した。
座ったままでは背が高いソルドの耳にケインズが触るのは大変で、ソルドはソルドで急な角度で頭を下げ続けねばならず辛い。いつの間にか出来上がったお互いに楽な体勢がこれだったのである。
しかしいつまでたってもケインズが耳に触れてこず、ソルドが視線を上げれば狼狽えたようなケインズの姿があった。
「殿下? 今日は宜しかったでしょうか?」
「あ、あぁいや、今日も撫でさせてもらうよ」
ゆっくり差し出された手に、思わずソルドは自らすり寄り手に頭を押し付けてしまう。なぜかぎこちなく耳を触るケインズに、ソルドは不安に駆られてしまう。
流石に耳と尻尾に飽きてしまったのだろうかと、心が沈み込んでいきそうになる。いつもな鳴るはずの喉は鳴らなかった。
それからのケインズは、ソルドの耳と尻尾をあまり触らなくなった。休憩時間は取るが、その時間にカステルや他の者を部屋から出すことをしない。そうなれば当然、ケインズがソルドに触れることもない。一抹の不安と寂しさが胸を突く。
罰として朝も昼も夜も触らせろと言ってきたのはケインズだ。それが無くなってしまったと言いうことは、罰は早々に終わってしまったと言うことだろうか。それとも気が付かない内に、なにか気に障ることをしてしまったのか。
夜の戯れもすっかりとなくなりソルドは早めに、と言っても前と変わらに時間に自宅に帰るようになっていた。
「なんじゃ坊よ、おもっ苦しい溜息いばかり吐いて、辛気臭いのう」
「そうか?」
「そうじゃとも、全くどうしたんじゃ」
「いや、特になにかあるわけでは……あぁほら、欲しがってた菓子だぞ」
「おぉ! 最近の坊は気が利くのう」
帰宅時間が早くなり、しかしすぐに家に帰るのも心苦しいと感じるソルドは、連日のように街をふらついてから家路についていた。
気を紛らわすため、ジェスが気に入りそうな菓子や食べ物をその度買い家に帰る。そうしていれは寝るだけの時間で、ケインズの行動に理由について考える時間が減るからだ。
嬉々として飛び跳ねるジェスを残し、ソルドは自身の部屋へと入る。降ろした鞄から取り出したのは、ケインズが毎朝ソルドの毛並みを整えるために使っていたブラシと香油だった。
ケインズの異変を感じてからは既に一月。最近ではケインズからの視線を感じることもなくなってしまっている。ふと視線が合えば、険しい顔をしたケインズが顔を背けることもままあるほどだ。
きっとこんな年のいった男に猫の耳と尻尾が付いていると言う事態に飽きたか、見苦しく感じるようになったのだろう。
朝のブラッシング自体は既になくなっていたのだが、ブラッシングは自分でするようにと、ケインズから数日前に手渡されてしまったのだ。
どこかぽっかりと心に穴が開いたような気分なる。あのひ時が楽しくそして幸福だった。それにあの向けられる視線が、ソルドは堪らなく好きだったのだ。
それが例え猫耳と尻尾に向けられていたものだとしても、温かくなる心とソワソワとしてしまう心は、どう考えてもケインズに対して敬愛以上の物が芽生えていたのだとソルドはわかってしまった。
こんな状態で自覚するものほど辛いものはない。
「そうだ、私は元々ただの護衛騎士で、それが元に戻るだけ。今までがおかしすぎた。殿下は既に休憩は無理に言わなくても取るようになったし、疲労の色は見えない。癒すという役目を終えただけ。それだけだ。適切な距離に戻るだけだ」
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