猫耳のおじさん護衛騎士

関鷹親

文字の大きさ
上 下
29 / 44

29 異変

しおりを挟む
 朝、いつものようにケインズの部屋へとソルドが向かえば、カステルがいつもより険しい顔をしながら、ケインズとソルドを見ていることに気がついた。
 最近ではにこにこと含みのある顔をしながら部屋をあとにし、早々にケインズとソルドを二人きりにするカステル。だが今日に限って、なにやらケインズとこそこそと話しながら、視線をちらちらとソルドに寄こすのだ。
 一体なにがあると言うのか。ケインズすらもいつもとは違い、困ったようなそれでいてどこかソルドに対して余所余所しい態度を取る。

「わかってますね、殿下」
「あぁ……いう通りにするから」
「ソルドさん、頑張ってください!」
「ん? 一体なにを……おいカステル」

 一人事情が呑み込めないソルドは、ケインズに問うような視線を投げかけるが、ケインズはただただ苦笑しているだけで説明してはくれない。
 ケインズに手招きされ、慣れたように背を向け座る。すぐに手に取られた尻尾を撫でられれば、心地よさが広がった。
 毎朝繰り返されるブラッシングは気持ちが良い。質のいいブラシが長くふさふさとした尻尾を丁寧に梳いていく。
 ふと、いつもケインズが櫛に垂らす香油の匂いが違うことに気が付いたソルドは、何気なくケインズに聞いてしまった。

「今日はいつものではないのですか?」
「え? そうだね、いつものは……よく考えたら人間用だしね。尻尾は猫だろう? 体に害があってもいけないと思って、変えたんだ」
「そうでしたか」

 さわやかに香る新たな匂いに不快感はない。けれどもケインズの歯切れの悪さと、いつもより簡素なブラッシングの仕方に、ソルドは違和感を覚えていた。
 ブラッシングが終われば今度は耳だ。触られるのも慣れたソルドは、いつものようにソファから降り頭をケインズの前へと差し出した。
 座ったままでは背が高いソルドの耳にケインズが触るのは大変で、ソルドはソルドで急な角度で頭を下げ続けねばならず辛い。いつの間にか出来上がったお互いに楽な体勢がこれだったのである。
 しかしいつまでたってもケインズが耳に触れてこず、ソルドが視線を上げれば狼狽えたようなケインズの姿があった。

「殿下? 今日は宜しかったでしょうか?」
「あ、あぁいや、今日も撫でさせてもらうよ」

 ゆっくり差し出された手に、思わずソルドは自らすり寄り手に頭を押し付けてしまう。なぜかぎこちなく耳を触るケインズに、ソルドは不安に駆られてしまう。
 流石に耳と尻尾に飽きてしまったのだろうかと、心が沈み込んでいきそうになる。いつもな鳴るはずの喉は鳴らなかった。

 それからのケインズは、ソルドの耳と尻尾をあまり触らなくなった。休憩時間は取るが、その時間にカステルや他の者を部屋から出すことをしない。そうなれば当然、ケインズがソルドに触れることもない。一抹の不安と寂しさが胸を突く。
 罰として朝も昼も夜も触らせろと言ってきたのはケインズだ。それが無くなってしまったと言いうことは、罰は早々に終わってしまったと言うことだろうか。それとも気が付かない内に、なにか気に障ることをしてしまったのか。

 夜の戯れもすっかりとなくなりソルドは早めに、と言っても前と変わらに時間に自宅に帰るようになっていた。

「なんじゃ坊よ、おもっ苦しい溜息いばかり吐いて、辛気臭いのう」
「そうか?」
「そうじゃとも、全くどうしたんじゃ」
「いや、特になにかあるわけでは……あぁほら、欲しがってた菓子だぞ」
「おぉ! 最近の坊は気が利くのう」

 帰宅時間が早くなり、しかしすぐに家に帰るのも心苦しいと感じるソルドは、連日のように街をふらついてから家路についていた。
 気を紛らわすため、ジェスが気に入りそうな菓子や食べ物をその度買い家に帰る。そうしていれは寝るだけの時間で、ケインズの行動に理由について考える時間が減るからだ。
 嬉々として飛び跳ねるジェスを残し、ソルドは自身の部屋へと入る。降ろした鞄から取り出したのは、ケインズが毎朝ソルドの毛並みを整えるために使っていたブラシと香油だった。
 ケインズの異変を感じてからは既に一月。最近ではケインズからの視線を感じることもなくなってしまっている。ふと視線が合えば、険しい顔をしたケインズが顔を背けることもままあるほどだ。
 きっとこんな年のいった男に猫の耳と尻尾が付いていると言う事態に飽きたか、見苦しく感じるようになったのだろう。
 朝のブラッシング自体は既になくなっていたのだが、ブラッシングは自分でするようにと、ケインズから数日前に手渡されてしまったのだ。
 どこかぽっかりと心に穴が開いたような気分なる。あのひ時が楽しくそして幸福だった。それにあの向けられる視線が、ソルドは堪らなく好きだったのだ。
 それが例え猫耳と尻尾に向けられていたものだとしても、温かくなる心とソワソワとしてしまう心は、どう考えてもケインズに対して敬愛以上の物が芽生えていたのだとソルドはわかってしまった。
 こんな状態で自覚するものほど辛いものはない。

「そうだ、私は元々ただの護衛騎士で、それが元に戻るだけ。今までがおかしすぎた。殿下は既に休憩は無理に言わなくても取るようになったし、疲労の色は見えない。癒すという役目を終えただけ。それだけだ。適切な距離に戻るだけだ」

 自分自身に言い聞かせるように何度も呟くソルドは、全てに蓋をするように眠りについた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う

hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。 それはビッチングによるものだった。 幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。 国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。 ※不定期更新になります。

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

処理中です...