猫耳のおじさん護衛騎士

関鷹親

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25 不機嫌の理由

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 カリカリとペンを動かしながら、ケインズの心の中は忙しなく動いていた。
 人間にはない発情期を魔法により引き起こしてしまったソルドが心配で堪らず、ジェスに見張らせ発情期が終わったらすぐに連れてくるようにと、よくよく言いふくめていた。
 だが一日経つごとに心の中に広がっていったのは心配する気持ちとは別の物だった。
 いつもいる場所を見ても姿がなく、当然癒されていた耳と尻尾もない。
 最初は年甲斐もなく寂しさを感じているのかとも思ったが、それとはまた違う気もしていた。
 夜になり夢の中に踏み入れれば、数多の娼婦がソルドを代わる代わる誘惑する光景を見てしまい、ケインズは飛び起きた。
 とんでもない夢を見てしまった動揺もさることながら、ケインズはチリリと胸が痛んだ。
ーーアレは僕のものなのに……と。
 まるでお気に入りのおもちゃを取られた気分に陥り、ケインズはソルドが帰るその日まで一人苛立たしく過ごしていたのだ。

 ジェスが約束通りソルドを連れて来てくれはしたが、ケインズの苛立ちは収まらなかった。
 まるで何事もなかったかのように、いつもと変わらずカッチりと着込んだ衣服を身う姿を見れば、更に苛立ちは募るばかりだった。
 口を開けば、涼やかな顔をしてどれだけ娼館で楽しんだのかと悪態をつきたくなりそうで、ケインズは固く口を閉ざしたまま政務を続けるしかなかった。

 頭では魔法の副作用で引き起こされた、謂わば事故のような物だと理解しているし、下手に街中で誰彼構わず引っ掛けるより、プロに相手をしてもらう方がいいに決まっている。
 ただの八つ当たりだとケインズもこの時点でわかってはいたのだが、どうしても感情の制御が出来なかった。
 そしてその制御できない己の感情に、更に不機嫌さが加速すると言う無限ループが出来上がっていた。
 一度ドツボに嵌れば抜け出ることは難しく、とうとう政務が終わる時間まで無言を突き通してしまったのだ。



 ソルドはただひたらずらに、ケインズからアクションを起こしてはくれないかと待ち続けた。
 政務が終わり、部屋に下がるケインズに何も言われない事をいいことに、ソルドは部屋の隅で控えた。
 休暇は今日までであり、護衛をする騎士は別にいるのだが、ソルドは同僚の騎士に頼み急遽変わってもらったのだ。

 いつもとは全く違うケインズとソルドを心配したカステルも、いよいよ下がる時間帯になってしまうが、ケインズは未だにソルドを見ようともしない。
 まるでそこにソルドなど存在しないと言わんばかりの態度はなかなかに堪えた。
 静か過ぎる室内で、不安からソルドの尻尾が股の間に仕舞われてしまっている。
 なぜここまでケインズが怒りを露わにしているのかはわからないが、この雰囲気に耐えきれないソルドは意を決してケインズの前に跪いた。

「殿下、この度は本当に申し訳ございません。体調管理は騎士としての基本ですのに、このような体たらく……」
「ジェスに全て聞いた」
「え?」

 思わず顔を上げれば、そこには逆光によって更に表情を冷たくしたケインズの顔があった。
 ヒュッと心臓を掴まれたような感覚に陥り、ソルドははくはくと口を動かすばかりで言葉はなにもでてこない。

「ジェスに聞いたよ。魔法の副作用で猫のように発情期がきてしまったと……娼館は楽しかったかい?」

 ケインズにそう聞かれ、ソルドの体は羞恥でカッと熱くなる。てっきりジェスが上手く言い訳をしてくれていると思い込んでいたが、そうではなかったのだ。
 魔法の副作用と言えど、発情期で娼館に入り浸り職務を放棄するなどと言う行為が、敬愛してやまないケインズに知られてしまっているという事実が、ソルドには耐えれなかった。
 体は勝手にかたかたと震え出してしまう。無数の暴漢に立ち向かう時も、ここまでの恐怖を覚えたことは今までに欠片もない。
 呆れられたに決まっている。決してこのような事態を許してくれるような緩い人間ではないことを、ソルドはよく知っているのだ。

 解雇されてしまうだろかと、ソルドは言い知れぬ不安に駆られ出した。
 年は既に若くはない。若い騎士達の中にも優秀な者は沢山いる。ソルドが筆頭護衛騎士を解雇されても、その穴を埋める人材はいるのだ。
 若ければもしかしたら、僅かにでもチャンスを貰えたかもしれない。
 だがもうこの年だ、チャンスなど与えらるなど誰が考えられようか。
 どんどんとソルドの思考は奈落に落ちていくばかり。
 このままケインズから離れてしまうのかと、ソルドは悲しくなり、知らずのうちに目には薄く涙の膜が張っていた。
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