猫耳のおじさん護衛騎士

関鷹親

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10 迷い猫2

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 ソルドの胸に勢いよく飛び込んできたジェスをしっかりと受け止めれば、ジェスは金色の瞳に涙を溜めてえぐえぐと泣きながら、ソルドの胸に頭をこれでもかと擦り付け始めた。
 その瞬間あちらこちらから、歓声や落胆が入り混じった声が聞こえ始める。その大きな声に、腕の中のジェスはガタガタと震えていて、ソルドは困ってしまった。
 なぜ王宮まで来てしまったのかはわからないが、怯えるようにしているジェスをこのままにはしておけず、かといって勤務中であるので家に連れ帰ることもできない。
 さてどうしたものかと、ジェスをあやすように撫でていれば、草と土塗れになっている衛兵が一人近づいてきた。

「近衛騎士ともあろう方に捕まえて頂けるとは、申し訳ございません。その猫は責任をもってこちらで預かります」

 疲労を滲ませながら、ジェスを受け取ろうと手を差し出してくる。しかしここで渡してしまえば、ジェスはどこかに放り出されるか、最悪の場合は殺されてしまうだろう。

「いや、コイツは……」
「綺麗な猫だね。僕は最近猫に興味があってね、僕が連れて行ってもかまわないかな?」

 どう切り抜けようか考えを巡らせていれば、ケインズがにこやかに会話に入っていた。突然の第二王子の割り込みに、衛兵はピシりと手を差し出したまま固まってしまう。

「やはりダメだろうか?」
「あ、あぁ、いえ、大丈夫です!」
「よかった、行こうかソルド」

 優雅な足取りでケインズは庭から執務室へと戻る。後ろから着いてきているソルドをさり気無く見れば、とても心配そうに腕の中で蹲る黒猫を優しい手つきで撫でていた。
 こんな一面もあるのだなと思うと同時に、衛兵に猫を渡せと言われ困り果てている様子のソルドを見て声をかけてよかったと胸を撫でおろす。

 執務室の横にある応接室へと入ったケインズとカステルは、未だに小さく震えながらソルドの腕の中にいる黒猫をそっと覗き込んでいた。

「確か猫は魚が好きだったね、キャス用意してくれる?」
「はい殿下! あ、あとミルクも飲みますかね?」
「小さくはないから成猫だとは思うけど、お願いできるかな?」

 上機嫌に部屋を出たカステルを見送ったケインズは、そっとソルドの横へと移動する。黒猫を怯えさせないように注意を払ったが、体を寄せればソルドの体が少し跳ねた。

「毛艶が良いしふわふわだね。誰かにくぁれている子だろうけど……着いてきてしまったのかな?」

 できる限りゆっくりと少し高めの声でケインズは話す。ソルドの猫耳と尻尾が気になり読み漁っていた猫の本の知識がここでまさか役立つとは。
 ケインズはそっとそのふわふわの毛に手を伸ばす。小さく跳ねた猫だったが、次第にケインズの巧みな撫で方によって震えは止まり、ゴロゴロと喉まで鳴らし始めた。

「んなぁぁ」
「ふふ気持ちいいのかい? ほらこちらにおいで? 僕はもう怖くないだろう?」
「ぷにゃぁぁ」

 撫でられソルドが聞いたことがない甘えるような鳴き声で鳴くジェスに、ソルドは噴き出しそうになるのを必死で堪えた。
 ソルドと出会ってから、ジェスはソルドの前では常に人間の言葉を話していたので、こうして本物の猫のような態度のジェスには違和感しかない。自信満々で時にはアホさを見せる普段のジェスからは想像もできない姿に、実はただの猫ではないのだろうかと思いはするが、こんな見事な透き通るような金目の猫などそこら辺にいるわけがない。
 なによりも一目散にソルドに駆け寄り、安堵から頭を擦り付けてきたのだからジェスで間違いないだろう。

「それにしても殿下、猫を飼ったことがないのに扱いに慣れていますね」
「本を沢山読んだからね、役立つこともあるもんだね?」

 ケインズの手が適格にいい場所を捉えているのだろう、ジェスは既に警戒心なく腹まで見せケインズが撫でるのを堪能しているようだった。
 それにケインズの表情が普段の何倍にも柔らかく溶けている。ジェスに優しく話しかけながら、それから何時間も飽きもせずケインズはジェスを構い続けていた。
 その間、いつものようにケインズがソルドを見つめることはなく、視線はジェスだけに向けられ、甘やかな笑みも全てジェスに向けられていた。

 そのことにもやもやとなぜかしてしまう。普段触れ合わない動物が警戒心なく自身の膝の上でリラックスし甘えるような仕草を見せれば、誰だってそうなるだろうとは理解している。してはいるのだが、胸の中で広がる靄がなんなのかソルドには見当がつかなかった。

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