猫耳のおじさん護衛騎士

関鷹親

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03 ケインズ

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 カリカリと紙にペンが走る音が室内に静かに響く。
 綺麗に整頓され無駄なものが置かれていない執務室の中、執務机に向かむケインズは既に政務を始めてから数時間、休憩を挟むことなくひたすらにペンを動かし、資料を読んでいた。
 窓から差し込む光がケインズの長い銀の髪に当たりキラキラと輝く。色白のケインズの肌も光に当たり白さを増すが、それ以上に肌に血の気がないように思え、控えている侍従カステル・ノイマンはそわそわと落ち着きなく視線をケインズに向けていた。

「殿下、昼食の時間はとうに過ぎておりますよ。軽くでもいいですから、何か口になさってください」
「そうだねキャス。これが終わったら休憩しようかな」

 ケインズのその返答にカステルは重いため息を吐く。これは既に何回も繰り返しやったやり取りなのだ。その度に時間を置いてケインズへと声をかけるのだが、その度にケインズは同じように返答し、決して筆が止まることはない。
 こんな時にソルドが居てくれればと、カステルは何度となく考えていた。ソルドが長期休暇を取らされてからというもの、ストッパー役が居なくなったことにより、ケインズはそれこそ毎日朝から晩まで働いてしまう。
 寝室に押し込めても、本を読みこんでいるらしく、明かりが消えるのは夜が更に深まってからだ。酷い時など寝ていないのではないかと思わせる時もある。
 そこまで根を詰めねばいけないほどの急務もないのだが、ケインズは兄である現王の力になれるようにと必要以上に仕事をしてしまうのだ。

「早く帰ってこないかな、ソルドさん……」

 ぽつりと零れてしまったカステルの言葉が聞こえたのか、ケインズの走らせるペンの音がぴたりと止んだ。

「す、すみません殿下」
「あぁいや、いいんだよ。そろそろ休憩にしよう、お茶をくれるかい?」

 優しく微笑まれたカステルはすぐさまお茶の用意をするために、続きの部屋へと引っ込んだ。
 それを確認したケインズは、ふぅと重いため息を吐く。完全に切れてしまった集中力は暫くは戻りそうになかった。
 座りっぱなしだった席から立てば、関節が固まっていたのかパキパキと音が鳴る。ひと伸びしてから窓辺に寄り、ケインズは執務室から見える中庭を見た。
 外は昼の陽気に包まれ、暖かな日差しが木々を照らしている。空を飛ぶ鳥も、庭を横切る小動物も心なしか気持ちよさそうにしている気がする。

 ソルドに休暇を与えたはいいが、幼い頃からこれまで一日以上離れたことがなかったケインズは、途轍もない違和感に襲われていた。
 最初の数日はよかった。たまにソルドを呼ぶ癖が出てカステルに困った顔をされるぐらいで、ケインズ自身も苦笑で流せていたのだ。
 しかしソルドと離れる日が長くなるにつれ、違和感は肥大していった。その違和感が何なのかケインズにはわからず、いつもより仕事に没頭してしまっていたのだ。
 仕事をしている間はそれ以外のことに思考が飛ぶことがなく、心の中に感じる妙な違和感を忘れることができる。
 その違和感の正体は寂しさであるのだが、長年常に一緒にいたためにケインズがその正体に自ら気づけるはずがなかった。

「お待たせいたしました殿下、軽く軽食もお持ちしましたので良ければ少しでも口に入れてください」

 心配するように眉を下げるカステルに申し訳なさを覚えながら、ケインズはお茶と軽食がセットされたテーブルへと向かおうとした。
 気を利かせたのだろう、ケインズが一番好む茶の匂いと、好きな軽食と甘味が乗ったワゴンを見てケインズはふんわりと微笑んだ。
 席に着こうと一歩踏み出せば床を踏む感覚がぐにゃりとしており、なんだ? と思う間もなくケインズの体は傾いた。

「殿下!!」

 悲鳴に近いようなカステルの声と、茶器が割れる音が執務室に響く。

「どうしました!?」
「殿下が、ケインズ殿下が!」

 遠くの方で執務室の前で控えていた護衛騎士達が室内に踏み入る声と、カステルの悲痛な声が聞こえ、次第にケインズの意識は暗闇に閉ざされた。
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