猫耳のおじさん護衛騎士

関鷹親

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01 護衛騎士と不思議な猫

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 太陽が爛々と地上を照らす中、ソルド・リエングは実家のある領地から、王都への帰路に着いていた。
 分厚く逞しい体と長身で他を圧倒するソルドは、デュエラー王国第二王子の筆頭護衛騎士だ。
 眼光鋭く口数も少ない美丈夫のソルドだが、的確に部下に指示を出し、騎士の中の騎士と言ったソルドは、周りの騎士達からは羨望の眼差しを常に向けられる存在である。

 短く切り揃えられた黒髪すらも風に靡かせ、キリリと一心に王都がある方向に鋭い視線を向ける。
 黒く大きな馬を巧みに操り、草原を限界ギリギリの速度で駆ける。
 そんな彼を誰かが見たならば、国の緊急事態か何かだと思うことだろう。

 だが実際はそんなことはなく、ソルドはただ単に主人である第二王子、ケインズの元へと早く帰りたかっただけである。
 忠誠心に厚いソルドは、ケインズの護衛に着いてからというもの、長期休暇を取ったことがなかった。
 筆頭護衛騎士となってからは、まともな休みすら取ってはいない。
 父や母からは度々帰省を促す連絡が来ていたが、ソルドはそれを悉く無視していた。
 今回も母親からの同情を誘うように書かれた手紙で帰省をするようにと連絡が来ていたのだが、ソルドはそれに従う気はさらさらなかった。

 だが今回は運悪く、その手紙をケインズに見られてしまったのだ。
 心優しいケインズは、長期休暇をソルドに与え、実家に戻り暫くゆっくりしてこいと快く送り出した。
 十数年ぶりに帰った実家で待ち受けていたのは案の定、見合いのような茶会や夜会だった。
 あからさまな媚を売られ、噎せ返るような香水に、ドレスの海。ソルドは努めて穏やかに卒なく全てを受け流した。
 できることならば冷たくあしらい、すぐさま離席したいが、自分の行動が全て主人であるケインズの評価に繋がることを思えば何とか耐えていられた。
 ギラつく視線も、絡みつく腕や、ねっとりした甘ったるい声も不快でしょうがない。ソルドはそんな日々を、ケインズの元へとどれだけ早く帰れるかと何度も繰り返し考えた。

 だが実家を継いでいる兄も両親もそれを許さず、目一杯の予定を盛り込み、ソルドが王都へトンボ返りすることを阻止してきた。
 そうしてやっと、ソルドの休日が終わりに近づき、皆が寝静まる夜半にこっそりと抜け出し、愛馬に跨り一心不乱に王都を目指していたのだった。

 ある意味仕事人間と言えるソルドは、既に若くはない。周りを見ればはるか昔に家庭を持ち、子供が数人いる同僚ばかりだ。
 今更結婚だのと言われても困ってしまう。第二王子の筆頭護衛騎士という肩書は、確かに魅力的に映るだろう。
 だがそれに群がる人間に興味はないし、ソルドの忠誠心も生活も全ては主であるケインズに捧げられている。
 それを今更変えろと言われても困ってしまうし、変える気もなかった。なによりも、主であるケインズもまた仕事人間であり、ソルドが度々強制的に仕事を中断させなければ倒れる寸前まで働いてしまうのだ。
 それがどれだけソルドの心配を煽るか。

 まだまだ幼いケインズの護衛に付いてから今まで、ソルドがケインズの側を離れなかったのは、病弱であるにもかかわらず、頑張りすぎてしまうケインズが心配でしょうがないからだ。
 大人になり美しくそして健康に成長したケインズだが、幼き頃を知っているソルドはいつまでもケインズを昔のように見てしまう。
 体は丈夫になってはいるが、限界を超えるまで根を詰めすぎてしまうところは変わらないのだから仕方がない。

 いない間にどれだけ無理をしているか常に気が気ではなく、馬を爆走させている今もソルドの頭の中はケインズの心配で頭がいっぱいだった。
 そんな中、森の中から全速力で走っている黒い塊を見つけ、思わず目で追ってしまった。黒い塊の後ろから、何匹もの大きな狼の群れが姿を現し黒い塊を追いかける。
 よく見れば黒い塊が通った後には点々と血が落ちていた。そのまま放っておくことも考えたソルドだが、黒い塊から覗く金色の瞳と目が合ったような気がして助けることにした。
 馬を狼達と黒い塊の間に走らせ、ひらりと飛び降りると次々に狼を剣で屠っていく。これはこれで鍛錬不足であった休暇中に訛った体をほぐすには丁度いいかもしれないなと、自由自在に動き、予想外に多かった狼の群れを切り倒す。
 すべてを倒し上がる息を整える。そういえば逃げていたらしい黒い塊はどうなっただろうかと辺りを見回せば、愛馬が黒い塊を守るように立っていた。

「偉いぞトーラ。守ってくれていたのか」

 首をぱんぱんと強めに叩くとトーラはふふんと嘶き、心なしか胸を張ったように見えた。それにくすりと笑いながら、ソルドは膝を折り黒い塊を見る。
 ふわふわとした長い毛に、三角の耳。ぼふんぼふんの尻尾はどう見ても猫だった。なぜ猫があれほどまでに狼達に追われていたのかは謎だ。
 生きているのか、確かめるためにソルドは黒猫に手を置き揺らす。

「生きてるか? せっかく助けたのに死なれたら目覚めが悪いんだがな……」
「う……うぅにゃ……」

 薄っすらと開かれた金の目がソルドを捉えると、途端に跳ね起きシャー!! と威嚇してきた。
 その様子に苦笑しながらも、ソルドはこれ以上警戒させないように優しく声をかけた。

「そんなに警戒するな、助けたついでに手当てしたいだけだ」

 金の目がソルドの言葉を聞いて、ぱちくりと瞬く。するとぼんぼんに膨れ上がっていた毛が次第に落ち着いていった。
 黒猫は差し出されたソルドの手と、トーラを交互に見ると何かを考える素振りを見せる。
 妙に人間味のある動きをする猫だなと思っていれば、その猫は、ゆっくりとした動きで、二本足で立ち上がったのだった。
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