【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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121 魔力枯渇

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 春輝は翼を最大限に広げ跳躍する。ドクドクと激しく脈打つ心臓が痛みを訴えるが構わず飛ぶ。それと同時に、最悪の事態が頭の中を何度も何度も過った。
 もしもガベルトゥスまで失ってしまえば、春輝には誰も居なくなってしまう。
 深く入り込み、互いに深く理解し合えるガベルトゥスでなければ意味がないのだ。

「ガイルっ!!」

 進路を妨害しようと迫りくる煩わしい精霊達を睨みつけた春輝は、声を張り上げた。

「邪魔だっ! 退きやがれ!!」

 バチバチと放電する魔剣を振りかざしながら、精霊族に向けて放つ。感電して容易く地上へと落ちていく精霊族と妖精を見もせず、春輝はただただガベルトゥスの元へと急ぐ。
 上空でふらつくガベルトゥスを前に、耳障りな高笑いをしたジェンツが手を高々と振り上げれば、厚く黒い雲間からまるで天からの鉄槌のような激しい雷撃が落ちてくる。

「させるかよっ!」

 全身に巡らせた魔力を最大限に高めれば、筋と言う筋が悲鳴を上げ、ぶちぶちと切れる音が聞こえる。
 限界を超え強化させた体と翼で、弾丸のように一直線に飛ぶが、風圧で呼吸はできずまだ対応しきれていない春輝の体は内側から崩れそうだった。
 鼻からは知らずの内に血が流れ出る。極度の興奮状態で痛みは何も感じないのをいいことに、更に魔法を使い、追い風を作った。

 ジェンツの攻撃がガベルトゥスの脳天に直撃する寸前、なんとか春輝は限界を超えて強化を施した体を滑り込ませることができた。

「あ“っがぁぁっ!!」

 バツンと翼を切断される音と共に襲ってきたのは、脳に直接与えられたような激しい痛みだ。
 春輝の片翼はジェンツの攻撃を躱すのに間に合わず、半分が千切れ落ちていく。
 そんな状態では勿論飛んでいることも叶わず、抱きしめたガベルトゥスと共に地上へと落下するしかなかった。

「ぐぅっ、くそがっ……トビアスっトビアス!!」

 残った翼で落下速度をできる限り落としながら、喉がはち切れんばかりに声を張り上げる。
 すぐに駆け付けたトビアスは、飛びながらその広い背で春輝達を器用に受け止めた。

「一体何があったのですか!?」
「わからないっ気が付いたらガイルが血を吐いてた。おいっガイル……ガベルトゥス、返事をしろ!!」

 ぐったりするガベルトゥスは、春輝が必死に声をかけても意識を戻さない。体温も低く顔色も悪くなっていくガベルトゥスは、最早死期が近いようにしか見えなかった。
 トビアスが旋回する中、キラリと空の端が光るとジェンツが放った光の矢が春輝達に襲い来る。咄嗟にガベルトゥスに覆いかぶさり防御壁を張った。
 しかし矢の連撃は収まりそうもなく、加えて背に春輝とガベルトゥスを乗せたままのトビアスは戦いづらそうだった。

「ちょこまかと小賢しい……ハルキ殿、安全そうな場所にお二人を下ろします。その間、あやつの相手は私が勤めましょう」
「トビアス……」
「大丈夫ですハルキ殿。私は彼らの唯一の天敵、陛下がお目覚めになるまで時間を稼ぎ、あわよくば首を取ってまいりましょう」

 優しい声音で語りかけてくるトビアスに、春輝はその背を抱きしめて了承の意を伝える。トビアスは一度大きくブレスを吐き出し、辺り一面に炎の壁を作ると素早く春輝達を背から下ろした。
 すぐさま飛び上がるトビアスを背に、身体強化を再び施した春輝は、痛みに耐えながら近くにある建物の中へと素早く入った。

 半壊し、僅かに明かりが差し込むだけの建物の内部。ガベルトゥスを担ぎながら奥を目指し、石造りの階段の下にある扉を開けて中へと入る。
 倉庫なのだろう小部屋には、木箱に積まれたガラクタや何に使うかわからない道具が乱雑に置かれていた。
 木箱を器用に足で傍に避け、ガベルトゥスを横たわらせるだけの広さを確保する。
 どうにかして床に寝かせたガベルトゥスは、額からは絶えず汗が吹き上げるように流れ出し呼吸も荒い。

「ガイル、なぁガイル……頼むから、目を覚ましてくれ」

 不安に苛まれ情けなくも涙を流しながら、春輝は必死にガベルトゥスを揺する。どれくらいそうしていたか、ぴくりとガベルトゥスの瞼が動き薄く目が開いた。

「なんだ、泣いているのかハルキ」

 声を出すのもつらいのか、掠れた小さな声だったが春輝にはしっかりと届いていた。

「喋るのがつらいなら、念話で話せ」
「それは無理だな。今は魔力が枯渇して何もできない」
「なんでそんなことに」
「新種の妖精のせいだ。アンデッドの中に紛れたアレが、俺の魔力を食らっているのさ」
「だったら、だったら今すぐアンデッドに流す魔力を全部切ればいいだろうが!!」
「そんなことをしたらどうなるか。兵士の数が変われば、精霊族の力が増すかもしれないだろう」

 確かにガベルトゥスの言う通りだ。戦力の低下は許容できるものではない。だがそれとガベルトゥスの命、どちらを取るのかと問われれば簡単に答えは出る。

「お前は、お前は俺を一人にするつもりなのか? この世界で。俺には、ガイルしかいないっていうのに」

 溢れ出した涙が止まらない。睨みつけるように眉根を寄せれば、涙は更に溢れ出てガベルトゥスの冷え切った顔に落ちていく。

「頼むから、俺を一人にするなよ」

 困った様に微笑んだガベルトゥスは、一度目を閉じると全ての魔力供給を切った。それと同時にアンデッドの中に紛れていた妖精との繋がりも消え、魔力の流出が止まる。
 本当にギリギリのところだった。あと少しでも遅ければ、ガベルトゥスはアンデッドに紛れる妖精を見つける前に死んでいただろう。
 幾分か取り戻した魔力のお陰で体に体温が戻り、体も動かせるようになる。泣き止まない春輝を引っ張り胸元に引き寄せ強く抱きしめたガベルトゥスは、春輝の体温に安らぎを感じる。
 胸元に収まる春輝がまるで怯える子供のように小さく震えていた。その体をきつく抱きしめると、その頭に口づける。

「供給は切った。心配をかけたな」
「クソ親父が。二度とするな」

 拗ねたようにそっぽを向く春輝の顔に手を添えて、軽く唇を落としながら謝る。次第に深くなるそれに息が上がりきった頃、ガベルトゥスは我慢ができずに体を起こすと、更に奥深く春輝に口づけた。
 喉の奥まで入りそうな長い舌で口内を蹂躙しながら、ガベルトゥスは足りない魔力を春輝から吸い上げていく。
 軽くえづきながらも、懸命に魔力を渡してくる春輝が可愛らしくて堪らない。
 流石に酸欠になってきたのか、強めに胸を叩かれ口を離す。泣いて真っ赤に染まった目元と酸欠で上気した顔がなんとも煽情的だった。
 こんな状況でなければ今すぐ襲ってしまいたくなるほど眼前の春輝は目に痛い。深く溜息を吐いたガベルトゥスは、唾液に濡れる春輝の顎を舐め上げるとまだまだ足りない魔力を補うために再び春輝に口づけた。
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