【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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113 魔王軍

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 オーグリエ王国の王都周辺の上空には禍々しいほどの黒く淀んだ雲が渦巻き、おどろおどろしい雰囲気だ。
 数えきれない足音が大地を踏みしめる。王都周辺の町や村の人々は、何事かと外へ顔を向けるが、その正体に気が付いた途端家に閉じこもり、まるでその場に居ないように息を潜め隠れた。
 彼らが見たのはあり得ない程の数の人ならざる者達だ。魔獣に魔族、それに見たこともない肌が真っ黒な人のようなもの。
 一様に王都目指し歩いていく様は異様の一言に尽きる。

「あれはなんだっなんなんだ!?」

 各所に配置されている騎士の詰め所は、助けを求め避難してきた人々と事態に備えて戦闘準備をする人々で溢れかえっていた。

「アレは魔王軍だろう!? 勇者は一体どうしたんだ!」

 詰め所が騒然となる中一人が大声を上げれば、周りの人々に伝播し不安を煽る。なんとかしろと騎士に詰め寄る人々も、騎士達も、どうにもできないことが分かりきっている。
 王都に走らせた伝令の騎士は無事に辿り着いたのか。応援は果たしてくるのか。この先一体どうなってしまうのか。

 魔獣や魔族は度々現れ、これまで幾度となく戦い倒してきた。そんな騎士達や、戦える男達はしかし。この軍勢を前に、手も足も出せるわけがないとわかっていた。
 文句を言う人の気持ちも分かる。彼らとて魔王を倒した勇者に縋りたくて堪らないのだ。だがそんなさまを見せれば、どうなるか。助かる道を少しでも残したい今、パニックを引き起こし無駄な労力を割きたくはないし、そうなった人間がおかしな行動を取れば、芋ずる式に命を散らすことになるのだ。
 戦いの基本は常に冷静さを心がけること。それをよくわかっている者達は、今すぐにでも叫び出したい気持ちを叱咤しながら耐え忍んでいた。

 その時、視界が暗く染まる。昼間だと言うのに、先程まで僅かだが射していた日の光が一切消えたのだ。
 暗くなった室内は、一瞬で静まり返り暗がりで見え辛いが皆一様に顔を白くさせる。足元から這うように冷気が立ち込めてきたような感覚に捕らわれるが、誰も動けはしなかった。
 今すぐ明かりを灯し、安心を得たい。そう思ったのは一人だけではなかったようで、ふと蝋燭に火が灯された。
 光があると言うだけでこんなに安心感を得られるのかと、誰もがほっと息を吐いた次の瞬間。

「ぎゃあぁぁあぁぁ!!」

 室内に叫び声が響き渡った。途端にパニック状態に陥った空間で人々が我先にと扉へと押しかける。
 ガシャンガシャンと陶器が割れる音に、物がぶつかる音、誰かが転び鳴き声と怒声が、広くはない室内で混ざり合っていた。

「やめろ、開けるな!!」

 騎士の一人の静止を振り切り開け放たれた先には、肌の黒い人の形をしたなにかがいた。その光景に息を呑む。
 だがそれも一瞬のことだった。大挙として押し寄せたそれらに、中にいた人々の命は瞬く間に刈り取られていく。

 阿鼻叫喚が木霊する光景を、ガベルトゥスは上空から一人見下ろしていた。逃げ惑う人々は魔族や魔獣、アンデッドの前になす術もなく簡単に絶命していく。
 ガベルトゥスは動かなくなったそれらに上空から魔力を流すのだ。息絶え動かなくなった屍は、肌が一気に黒く染まり再び動き出すと躊躇いなく人間を襲い、魔王の軍勢に加わった。

 オーグリエの王都へと進軍する前に、ガベルトゥスは既に三つの国を滅ぼし、アンデッドとして使役し己の軍勢としていた。
 その数は既に魔族と魔獣より多い。大軍勢となった魔王軍だが、まだまだガベルトゥスには余力があった。
 魔王の力に加え、ドラゴンの力と、強大な力を二つ手にしているガベルトゥスの力は今や計り知れない。
 これだけの手勢が居れば、精霊族など容易く御せると思いたいが、しかし油断はできないとガベルトゥスは未だ結界に覆われている王都を見た。

 異変に早く気が付いた人間達が、安全であろう王都に向けて必死に馬を走らせているのが見えた。

「陛下、あの者達はどうしますか?」

 同じものを見ていたのであろう羽の生えた魔族の一人が、ガベルトゥスに指示を求めてきた。

「そのうち結界も解除される。わざわざみみっちく追いかけて殺さなくても、結果は同じだろうよ」
「しかし本当に結界は解除されるのですか? それに協力者が勇者なのですよね? 信用に値するとは――」

 最後まで魔族の男が言葉を口にすることは無かった。ガベルトゥスの冷ややかに細められた目に殺気が多分に含まれていたからだ。
 じりじりと後ずさるようにしてガベルトゥスから距離を取った魔族の男は、そのまま下の軍勢に加わった。

 ふんと鼻を鳴らしたガベルトゥスは、再び視線を王都に向け暫く見ていない春輝を思う。春輝の洗脳が解けたことは、トビアスからすぐに報告を受けていた。
 ギリギリのところで自我を取り戻した春輝が取った行動は、ガベルトゥスからすれば肝を冷やすことだ。
 完全に洗脳され、元の春輝が無くなってしまうことも耐えられないが、その命が消えてしまったかもしれないことも耐えられない。
 苦肉の策だとは分かっていても、成功確率がゼロに等しい行為だからだ。

 だがそれと同時に、嬉しさも沸き上がる。春輝がそれほどまでに自身を求めていると言う事実に、心が躍らないわけがなかったのだ。
 忙しなく切り替わる自身の感情の揺らぎに苦笑する。無事なのはわかってはいるが、今すぐにでもその姿を自身の眼で確認したくて堪らない。

「もうすぐだ」

 どんどんと進む魔王の軍勢は、王都の城壁をぐるりと取り囲むようにしてゆっくりと進む。
 城門では分厚い扉が閉じられ、その奥にある頑丈な落とし格子が慌てて下ろされる。城壁に向かって馬を駆っていた人々は、ギリギリで城壁の向こう側へと滑り込む者も居れば、外に取り残される者達も居た。
 開けてくれと懇願するが、勿論敵勢が眼前に迫りくる中で城門が再び開かれることは無い。

「まずは牽制といこうか」

 笑みを深めたガベルトゥスが支持を飛ばせば、どこからともなく地響きのような不気味な太鼓の音がそこかしこから聞こえてくる。
 それに合わせて魔獣達も咆哮を上げ、空を飛ぶ魔獣達も激しく飛び回った。
 鼓舞するための太鼓の音はどんどんとその音を大きくし、その速度も徐々に早くなる。城壁に配備されている騎士達は、この光景と音に怯んでいることだろう。
 だが恐怖するのはまだ早い。

「さぁお前達、好きなだけ食い散らかせ」

 発せられたガベルトゥスの言葉に軍勢の声は一層強まり、次の瞬間には潜れはしない結界めがけて、無数のアンデッド達が城門目掛けて走り出したのだった。
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