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115 塔の上
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多くの騎士を伴って姿を現したのは、新しく勇者として召喚されていた克己だった。
傷が一切ついていない真新しい甲冑を着込んだ克己は、見た目はゲームに出てきそうな勇者そのものと言ったところだ。
だが目だけは異様に暗く虚ろで、出会った時のようなキラキラとしたものではない。輝く甲冑との対比がより一層、克己の異様さを醸し出していた。
その異様さに誰も気が付いていないようで、克己の引き連れてきたこの国の騎士達は春輝達を睨むばかりだ。
「なんで勇者なのにこんなことしてるんですか! 貴方はこの世界を救うために居るはずでしょう!」
剣を掲げ春輝に言い募る克己に、辟易としてしまう。春輝にはこの世界を救うなどと言う考えは召喚された当初から欠片も存在しないからだ。
「俺がこの世界を何故、救わなきゃいけないんだ?」
「それはっ勇者として召喚されたのでから、当然のことでしょう!」
「お前はいきなり召喚されて、見ず知らずのこの世界の為に命を懸けられると?」
「当たり前じゃないですか! それが俺達に課せられた使命です!」
「ハッなるほどね」
嘲笑うように吐き捨てれば、癪に障ったのか克己がより一層吠える。キャンキャンと煩い子犬のような声が耳障りでしょうがない。
そんな克己の様子が領地で見た歴代勇者達の肖像画と重なる。彼らも皆、克己のようにこの世界に自身が求められ、そして勇者として崇め奉られると思い込んでいたことだろう。
しかしこうして正義感を核により増幅され、戦いに挑んだ先。勇者の慣れの果ては、霊廟に捨て置かれた亡骸だ。
彼らはみな、魔王討伐と言う役目を終えればその肉体を繁殖の為に用いられる。そうとも知らずにこうして戦いに出てくるとは、なんと哀れなことか。
操られているとも知らず、弄られた正義感で立ち向かう様は愚かしい。長い時の間、ガベルトゥスがそんな勇者達を見て辟易としてしまうのも無理はない。
春輝はじりじりと近寄って来る克己達を一瞥すると、魔剣に魔力を流す。早く片付けてしまわなければ、ガベルトゥスと魔王軍が王都へ入って来れない。
禍々しい程のオーラを纏った剣を見た克己が、何かに気が付いたように表情をハッとさせた。
「そのオーラに剣……まさか魔王に操られているんですか!?」
「はぁ?」
「何てことだ……でも勇者がこうなってしまったのが魔王のせいなら納得できる。春輝さん、俺が、俺が必ず助けます!」
腰を落とした克己が低姿勢のまま足を踏み込み、聖剣を横に構えて突進してくる。それを皮切りに、背後にいた教会騎士達もこの国の騎士達も一斉に部屋の中に雪崩れ込んできた。
教会騎士達は結界を張る石を守るような陣形を取り、残る者達は春輝とトビアスをそこから遠ざけようと次々に襲い来る。
克己が振るう聖剣がギラギラと光輝き、春輝に剣撃を絶え間なく与えてきた。聖剣の力を存分に振るう克己は、躊躇いなく体重を乗せた剣を振るい春輝に迫る。
時折繰り出される魔法での攻撃も威力は絶大で、今まで倒してきた人間の騎士達とは比べ物にならない。
バックステップで距離を取りながら、春輝は時折横から割り込んでくる騎士達をも相手にする。
ちょこまかと小賢しく凄き回る彼らに舌打ちを漏らしながら、離れた場所から中央に鎮座する結界を張る石へと魔法を放つ。
だがその攻撃は、精霊族である教会騎士達が悉く弾かれるのだった。
仮にも勇者である克己の剣撃は重く素早い。
その攻撃の力の具合でいけば、魔王城での戦闘に匹敵するものだった。ドラゴンの力を手に入れたからか、それとも力試しにと倒してきた騎士達が弱かったせいか。春輝は克己のことを過小評価していたのだと戦闘中に気が付いた。
決して押されているわけではないが、ほぼ互角のような打ち合いではいくら経ってもらちが明かない。
一刻も早く結界を破壊したいのにできないことに、春輝は苛立ちを募らせた。
距離を測り敵を攪乱させながら着実に捌いていく。床に転がる亡骸を容赦なく踏みつけ、春輝は誘導するように克己を引きつけながら騎士の数を減らしていった。
『トビアス、タイミングを合わせろ』
念話を飛ばし、目線を一瞬だけ合わせればトビアスが微かに頷き返し壁沿いに走る。それと同時に引き付けるように春輝も走った。
「その剣を早く手放してくださいっ! それが貴方を洗脳している!」
全く見当違いのことを叫びながら克己は剣を横なぎにしてきた。真上に跳躍しながら避けた春輝は、練り上げた魔法で炎と繰り出す。
それに対抗するように氷の盾が出現するが、春輝の出した炎の追加攻撃がそれを溶かして氷の盾を蒸気へと変える。
もくもくと立ち込めた煙に視界が一瞬悪くなると、春輝は敢えて無防備さを見せ動きを止めた。
「そこだぁっ!」
掲げた魔剣の仄暗い光が煙の先から見えたのだろう。それ目掛けて克己が剣を槍のようにし刺突してきた。
ニヤリと口元に弧を描いた春輝は、半身をすれすれでそれを躱す。
克己の最大速度を出していただろう刺突は、春輝を貫くことはなく、代わりに背後にあった結界を張る石に平行に深く突き刺さった。
「なっ抜けない!?」
がっちりと石に突き刺さった聖剣は、強化した腕力だけでは抜けることはなかった。それと同時にトビアスにより、壁際から追い立てるように中央へ集まってしまった騎士達が、更に攻撃を四方八方に繰り出していく。
「カツキ様、早く聖剣を抜いてくださいっ! 結界が壊れてしまいます!!」
「そんなこと言ったって抜けないんだってば!」
克己が剣を抜こうとする度に、石がバチバチと緑色の光を散らす。その間もトビアスと春輝がまるで牧羊犬のように騎士達を追い立て翻弄していった。
同時に床石に深く刻まれた古代文字の魔法陣を削ることも忘れない。中央の石が激しく明滅しだし、壊れるのは目前だ。
「抜けろおぉぉぉぉ!」
危機的状況に顔面を蒼白にさせる精霊族達に、守る余裕が最早どこにもない騎士達。額に汗を滝のように流し、目を血走らせた克己が咆哮する。
焦りが部屋中を満たしそれが最高潮に達したその時、石から聖剣がするりと抜けた。
「っ!! 抜けたっ!」
「――やれ、トビアス!!」
春輝のその声を待っていたトビアスは、周りに纏わりつくようにして攻撃を繰り出していた騎士達を、より一層強い魔力を剣に纏わせると、横薙ぎに払う。
重たい鎧を着込んだ騎士達は、突如として襲ってきた重たい一撃になす術もなく耳に不快な金属音を鳴らしながら、壁の端へと吹き飛ばされていった。
折り重なるようにして壁に積み上がった騎士達には目もくれず金に輝く目を見開くと、トビアスは素早く体内で練り上げた魔力をブレスとして吐き出す。
春輝のブレスとは異なる炎は、まるで避雷針に落ちる雷のように、一直線に中央の石のへと襲い掛かる。反射的に避けた克己とは異なり、驚愕に目を見開いたまま動けなくなっていた精霊族の者達はすぐ横を通る高温のブレスの熱気で体を蒸発させた。
吸い込まれるように聖剣が突き刺さっていた部分へと辿り着く。刹那、カッと光った石は溶けることはなく、内側から破裂するように粉々に砕け散った。
石だった物が床一面に散らばり、細かくなったものが粒子となり宙を舞う。石は砕け散ってもエメラルドグリーンに輝き、光を失うことはなかった。
誰もが動けずにいる中、春輝は窓に駆け寄ると外を見る。一番高い塔の上からは王都全体がよく見えた。
全体を覆っていた結界が溶けるようにその姿を消していく。その様子に心の底から喜悦を浮かべた春輝は、出したことがないくらい大きな声を張り上げた。
「ガイル!!」
それに呼応するように城壁のそばから響いた地響きにも似た咆哮は、王都全体を揺らすほど大きなものであると同時に、絶望を齎すものだった。
傷が一切ついていない真新しい甲冑を着込んだ克己は、見た目はゲームに出てきそうな勇者そのものと言ったところだ。
だが目だけは異様に暗く虚ろで、出会った時のようなキラキラとしたものではない。輝く甲冑との対比がより一層、克己の異様さを醸し出していた。
その異様さに誰も気が付いていないようで、克己の引き連れてきたこの国の騎士達は春輝達を睨むばかりだ。
「なんで勇者なのにこんなことしてるんですか! 貴方はこの世界を救うために居るはずでしょう!」
剣を掲げ春輝に言い募る克己に、辟易としてしまう。春輝にはこの世界を救うなどと言う考えは召喚された当初から欠片も存在しないからだ。
「俺がこの世界を何故、救わなきゃいけないんだ?」
「それはっ勇者として召喚されたのでから、当然のことでしょう!」
「お前はいきなり召喚されて、見ず知らずのこの世界の為に命を懸けられると?」
「当たり前じゃないですか! それが俺達に課せられた使命です!」
「ハッなるほどね」
嘲笑うように吐き捨てれば、癪に障ったのか克己がより一層吠える。キャンキャンと煩い子犬のような声が耳障りでしょうがない。
そんな克己の様子が領地で見た歴代勇者達の肖像画と重なる。彼らも皆、克己のようにこの世界に自身が求められ、そして勇者として崇め奉られると思い込んでいたことだろう。
しかしこうして正義感を核により増幅され、戦いに挑んだ先。勇者の慣れの果ては、霊廟に捨て置かれた亡骸だ。
彼らはみな、魔王討伐と言う役目を終えればその肉体を繁殖の為に用いられる。そうとも知らずにこうして戦いに出てくるとは、なんと哀れなことか。
操られているとも知らず、弄られた正義感で立ち向かう様は愚かしい。長い時の間、ガベルトゥスがそんな勇者達を見て辟易としてしまうのも無理はない。
春輝はじりじりと近寄って来る克己達を一瞥すると、魔剣に魔力を流す。早く片付けてしまわなければ、ガベルトゥスと魔王軍が王都へ入って来れない。
禍々しい程のオーラを纏った剣を見た克己が、何かに気が付いたように表情をハッとさせた。
「そのオーラに剣……まさか魔王に操られているんですか!?」
「はぁ?」
「何てことだ……でも勇者がこうなってしまったのが魔王のせいなら納得できる。春輝さん、俺が、俺が必ず助けます!」
腰を落とした克己が低姿勢のまま足を踏み込み、聖剣を横に構えて突進してくる。それを皮切りに、背後にいた教会騎士達もこの国の騎士達も一斉に部屋の中に雪崩れ込んできた。
教会騎士達は結界を張る石を守るような陣形を取り、残る者達は春輝とトビアスをそこから遠ざけようと次々に襲い来る。
克己が振るう聖剣がギラギラと光輝き、春輝に剣撃を絶え間なく与えてきた。聖剣の力を存分に振るう克己は、躊躇いなく体重を乗せた剣を振るい春輝に迫る。
時折繰り出される魔法での攻撃も威力は絶大で、今まで倒してきた人間の騎士達とは比べ物にならない。
バックステップで距離を取りながら、春輝は時折横から割り込んでくる騎士達をも相手にする。
ちょこまかと小賢しく凄き回る彼らに舌打ちを漏らしながら、離れた場所から中央に鎮座する結界を張る石へと魔法を放つ。
だがその攻撃は、精霊族である教会騎士達が悉く弾かれるのだった。
仮にも勇者である克己の剣撃は重く素早い。
その攻撃の力の具合でいけば、魔王城での戦闘に匹敵するものだった。ドラゴンの力を手に入れたからか、それとも力試しにと倒してきた騎士達が弱かったせいか。春輝は克己のことを過小評価していたのだと戦闘中に気が付いた。
決して押されているわけではないが、ほぼ互角のような打ち合いではいくら経ってもらちが明かない。
一刻も早く結界を破壊したいのにできないことに、春輝は苛立ちを募らせた。
距離を測り敵を攪乱させながら着実に捌いていく。床に転がる亡骸を容赦なく踏みつけ、春輝は誘導するように克己を引きつけながら騎士の数を減らしていった。
『トビアス、タイミングを合わせろ』
念話を飛ばし、目線を一瞬だけ合わせればトビアスが微かに頷き返し壁沿いに走る。それと同時に引き付けるように春輝も走った。
「その剣を早く手放してくださいっ! それが貴方を洗脳している!」
全く見当違いのことを叫びながら克己は剣を横なぎにしてきた。真上に跳躍しながら避けた春輝は、練り上げた魔法で炎と繰り出す。
それに対抗するように氷の盾が出現するが、春輝の出した炎の追加攻撃がそれを溶かして氷の盾を蒸気へと変える。
もくもくと立ち込めた煙に視界が一瞬悪くなると、春輝は敢えて無防備さを見せ動きを止めた。
「そこだぁっ!」
掲げた魔剣の仄暗い光が煙の先から見えたのだろう。それ目掛けて克己が剣を槍のようにし刺突してきた。
ニヤリと口元に弧を描いた春輝は、半身をすれすれでそれを躱す。
克己の最大速度を出していただろう刺突は、春輝を貫くことはなく、代わりに背後にあった結界を張る石に平行に深く突き刺さった。
「なっ抜けない!?」
がっちりと石に突き刺さった聖剣は、強化した腕力だけでは抜けることはなかった。それと同時にトビアスにより、壁際から追い立てるように中央へ集まってしまった騎士達が、更に攻撃を四方八方に繰り出していく。
「カツキ様、早く聖剣を抜いてくださいっ! 結界が壊れてしまいます!!」
「そんなこと言ったって抜けないんだってば!」
克己が剣を抜こうとする度に、石がバチバチと緑色の光を散らす。その間もトビアスと春輝がまるで牧羊犬のように騎士達を追い立て翻弄していった。
同時に床石に深く刻まれた古代文字の魔法陣を削ることも忘れない。中央の石が激しく明滅しだし、壊れるのは目前だ。
「抜けろおぉぉぉぉ!」
危機的状況に顔面を蒼白にさせる精霊族達に、守る余裕が最早どこにもない騎士達。額に汗を滝のように流し、目を血走らせた克己が咆哮する。
焦りが部屋中を満たしそれが最高潮に達したその時、石から聖剣がするりと抜けた。
「っ!! 抜けたっ!」
「――やれ、トビアス!!」
春輝のその声を待っていたトビアスは、周りに纏わりつくようにして攻撃を繰り出していた騎士達を、より一層強い魔力を剣に纏わせると、横薙ぎに払う。
重たい鎧を着込んだ騎士達は、突如として襲ってきた重たい一撃になす術もなく耳に不快な金属音を鳴らしながら、壁の端へと吹き飛ばされていった。
折り重なるようにして壁に積み上がった騎士達には目もくれず金に輝く目を見開くと、トビアスは素早く体内で練り上げた魔力をブレスとして吐き出す。
春輝のブレスとは異なる炎は、まるで避雷針に落ちる雷のように、一直線に中央の石のへと襲い掛かる。反射的に避けた克己とは異なり、驚愕に目を見開いたまま動けなくなっていた精霊族の者達はすぐ横を通る高温のブレスの熱気で体を蒸発させた。
吸い込まれるように聖剣が突き刺さっていた部分へと辿り着く。刹那、カッと光った石は溶けることはなく、内側から破裂するように粉々に砕け散った。
石だった物が床一面に散らばり、細かくなったものが粒子となり宙を舞う。石は砕け散ってもエメラルドグリーンに輝き、光を失うことはなかった。
誰もが動けずにいる中、春輝は窓に駆け寄ると外を見る。一番高い塔の上からは王都全体がよく見えた。
全体を覆っていた結界が溶けるようにその姿を消していく。その様子に心の底から喜悦を浮かべた春輝は、出したことがないくらい大きな声を張り上げた。
「ガイル!!」
それに呼応するように城壁のそばから響いた地響きにも似た咆哮は、王都全体を揺らすほど大きなものであると同時に、絶望を齎すものだった。
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