【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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 城の中へと押し入った春輝とトビアスは、歩みを止めようとしてくる人々を躊躇いなく肉塊へと変えていく。
 煌びやかで曇り一つなく磨かれる窓ガラスには血が飛び散り、広く高い廊下には不愉快な金属音が鳴り響いた。
 辺りはあっと言う間に血の匂いが充満し、逃げ惑う力のないメイド達や文官達で阿鼻叫喚と言った様子だ。

 どんどんと増えていく騎士達を相手に春輝は力を使い、時には剣も振るった。懸念したよりも馴染む新たな魔力は、気持ちのいいほどに扱いやすく、意図したままに攻撃できる。
 剣もまるで舞うように難なく敵を切り伏せた。スパンと刎ねた首が大きな弧を描き飛んでいく。

「ひゃぁぁぁぁぁ!!」

 どすりと落ちたそれにメイドの悲鳴が遠くで聞こえる。鎖帷子の上にヘルメットを被っていようが、首鎧があろうが、難なく切り落とせる剣は騎士達を恐慌に突き落とすには充分だった。
 鉄の塊すらも紙のように切れる剣に恐れをなし、戦意をを喪失し逃亡を図ろうとする者もちらほらと見て取れる。

「調子はいかがですか、ハルキ殿」
「絶好調だ。魔剣も悪くない」

 ニヤリとした笑みを向ければ、トビアスは微笑ましそうに笑みを返してくる。まるで成長を見守る保護者のようなその眼差しから視線を外し、春輝は先を急いだ。
 トビアスに任せれば城内の騎士など足元にも及ばないのだろうが、春輝の力馴らしの為に態と力を加減しトビアスは戦ってくれていた。
 眼帯をし足が不自由だと見て取れるトビアスには、倒しやすいと勘違いした騎士達が大勢向かって行く。
 しかしただの人間であった時ですらトビアスに勝てなかった者達が、ドラゴンの力を持ったトビアスに当然叶う訳もない。
 力がを加減していようとも、ちらりと見たトビアスはまるで羽虫を追い払うように、容易く騎士達を切り伏せていた。

「何故、勇者である貴方がこんなことを!!」
「くそっこれだから異世界人なんて信用できないんだっ!」
「騎士団長だった男が国に歯向かうのか!」

 激しく鳴り響く金属音の隙間から、くぐもった声が聞こえてくる。動揺し、混乱する人々の間を突き進んでいけば、辺りが急に静かになった。
 ふと見れば周りに立っているのは春輝とトビアスだけになっている。少しだけ荒くなった息を整えた春輝は、トビアスに確認しながら最上階にある部屋に向かう。

 時折出てくる騎士達も難なく切り捨てていけば、途端にトビアスから笑いが漏れた。

「どうやらあの扉の先で待ち伏せをしているようですね」
「待ち伏せねぇ……俺達には意味がないだろうに」
「ふむ、開けた瞬間に魔法を大火力で連発してくる陣形ですね。どうしますか?」
「俺がやる。精霊族で試すより先に試したいしな」
「では扉は私が開けましょう」

 手を胸に当て腰を折ったトビアスの態度にクスリと笑う。こうした状況であってもリラックスできていることに春輝は酷く安心していた。
 今あるのは頼もしいさと、力を使う高揚感だ。恐怖は微塵も感じない。
 高く重い扉はトビアスによってゆっくりと明けられる。扉の先には無数の盾で作られたバリケードが築かれていた。

「未だっ! 撃てぇ!!」

 途端、無数に撃ち込まれる魔法攻撃に春輝は素早く防御壁を展開した。突き出した手の少し先で薄く張られた膜に、次々に攻撃が当たっていく。
 属性がごちゃ混ぜの無数の攻撃は、本来であれば避けることも防ぐことも難しいだろう。だが春輝の展開した防御壁は、それらを難なく受け止めた。
 炎や水や雷撃にと、絶えず続く攻撃で次第に辺りには土ぼこりが舞い煙も立ち込めた。視界がどんどんと悪くなっていくが、それで分が悪くなることはない。
 気配を感知すれば、例え暗闇だろうが対処できてしまうからだ。

 程なくして止んだ連撃に、春輝は防御壁を展開したまま気配を探る。

「やりましたかね?」
「あれだけ攻撃すればな。流石の勇者も死ぬだろう」
「殺してよかったんですか?」
「反逆者だぞ? それに仲間も沢山殺されてるんだ。咎められはしないだろう」

 緩んだ空気を醸し出している騎士達に対して、春輝は思わず笑いそうになるのを耐える。
 攻撃が止んだことで、次第に鮮明になる視界。騎士達がその先で見たのは、攻撃を全く受けた様子がない開け放たれた扉だけだった。

「なっ!! 一体どういうことだ!?」

 唖然とし狼狽える騎士達は、警戒しながらも盾の隙間から扉の先を気にしている。

「ぷはっ」

 堪らず漏れた笑い声に、騎士達は囁き声を一斉に止めた。

「まさか、そんなどうやって……」

 背後から聞こえてくる足音に騎士達は戦慄した。先ほど目の前に居ると思って攻撃していた相手が、無傷で背後から現れたのだから驚くのも無理はないだろう。
 背中に生やした羽は問題なく動き、音も無く彼らの頭上を飛び背後を容易に取ることができた。
 扉を開けた攻撃を受け始めた瞬間は、防御力の高さを確認するだけで良いと思っていたのだが、存外に天井が高くどうせなら羽の具合も試してみようと春輝は攻撃を受けながら考えていたのだ。
 側で見守るトビアスに念話で羽の出し方を聞きながらも、防御壁の制度は緩めなかった。同時に操ることも問題はなく、練習には丁度いいと言えた。

 思い切り左右に伸ばしていた自身の背丈と同じぐらいの羽を折りたたむと、それを再び身の内に隠す。
 室内で羽を生やしてままだと動き辛いがための行動だが、それすらも目の前の騎士達を更なる恐怖に叩き込むのは十分なようだった。

「お見事でした。流石ハルキ殿です」

 パチパチと嬉しそうに手を叩くトビアスに、春輝は口端を吊り上げて返した。扉の向こうから姿を現したトビアスも勿論無傷である。

「……化け物めっ!!」

 どこからか漏れ聞こえた呟きに、春輝は肩を竦めて見せた。聖剣の力を振るってた時にも同じ言葉を投げつけられたことを思い出したからだ。

「化け物で結構。そうでもなきゃ、精霊族は倒せない。そうだろうトビアス」
「その通りです。さて、我々はお前達を相手にしている時間が惜しい、今すぐ消えてもらおうか」

 春輝とトビアスに挟みこまれた形の騎士達は、あっけなく陣形を崩すとバラバラと逃げ惑った。
 春輝達に果敢にも立ち向かう者も居たが、立ち向かってきたところで大したことは無い。
 死体の山がすぐに築かれ、春輝達は更に上階を目指し階段を駆け上がっていった。

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