【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

文字の大きさ
上 下
110 / 123

110 魔剣

しおりを挟む

「おろせっ、このやろバカヤロどアホ……ぐへっ! いきなり下ろすなあっ」

 いきなりぽすんと放り出されたのは、リョウマのベッドの上だった。魔王が片手をひょいと振るだけで、側付きの者たちは潮が引くように外へ出ていく。

「下ろせと申したり、下ろすなと申したり。そなた一体、私にどうして欲しいのだ」
「べっ、べつにどうもして欲しくねえっ」

 叫びながらがばっと上体を起こした時にはもう、すぐ隣に座りこまれてひょいと顎に手を掛けられていた。

「そう言えば、もうそろそろ致さねばならぬ頃合いだな」
「ほえっ? な、なにをだよ……」
「とぼけるでない。体液の交換よ。そろそろしておかねば、そなたが困ることになるやもしれぬ」
「うっ……」

 軽く顎を上げられてみれば、すぐ目の前に魔王の端正な顔があった。リョウマは思わずごくりと喉を鳴らし、口を一文字に噛みしめる。ぎゅっと睨みつけたら、魔王は意外にもやや落胆の色を見せた。

「心配せずともよい。『無理強むりじいはせぬ』と申したではないか」

 そう言っていながら、一向にリョウマのそばを離れる様子も、顎を放す様子もない。リョウマはさらにむうっとふくれっ面を作った。

「……だったら放せよ。あっちいけ」
「断る」
「っんだよ、それ!」
「なんなのだろうな? それは私も訊きたいよ。そなたにこそな」
「は……?」

 魔王はふっとかすかに微笑むと、リョウマの頬をほんのわずかに触れる程度に撫でた。

「そなたがまことに『イヤだ』と申しておるのならば否やはない。そなたの思う通りにしよう。私が約束をたがえることなどあり得ぬ。そこは信じてもらいたい。……しかし、本当にイヤなのか?」
「な、なに?」
「気づいておらぬと思ったか」
「え──」

 ぐっと魔王の顔が近づいてきて、リョウマは目を見開いた。一瞬、思わず呼吸が止まる。

「普通、人は嫌悪する相手に非常に強く、攻撃的な凄まじい《気》を放つものだ。だが、今のそなたからは、そういう《気》をほとんど感じぬ。このところは特にな」
「な……なにを言って──」
「拒絶する気があるのなら、もっと抵抗するものではないか? いや抵抗どころではないな。これほど近くに不倶戴天の敵がおるのだぞ。大暴れをし、あるいは悪だくみをして、私の隙をつき命を取ろうとしたとて、なんの不思議もない。そなたはほかならぬ私の仇敵、あの《戦隊レッド》なのだから」
「う……」

 そこは返す言葉もない。誰よりもリョウマ自身が、自分の大きな変化に戸惑っているのだから。
 だが、今の自分はもうこの男を心底から憎めなくなっている。
 本当は認めたくなかった。そうしていられるものなら、このままずっと目を逸らしつづけていたかった。けれど、真正面からこの男に真面目な顔で問い詰めてこられては、もう自分自身にもごまかしは効かなかった。
 事実を突きつけられる。
 誰よりも、自分自身の心がそう突きつけてくる。

(俺、は……)

 そんなことでいいのか。いや、いいはずがない。
 自分は《BLレッド》だ。《BLレンジャー》のリーダーだ。そんなことは許されない。あってはならないことなのだ──。
 リョウマはぎゅっと目をつぶってうつむいた。意識していたわけではないが、その頭がすぐ目の前の魔王の胸元にとん、と当たる。

「俺……サイテーだ」
「そんなことはない」

 大きな手が自分の背中を優しくさすっているのに気づいたら、あっという間に涙腺が危なくなった。それを堪えようとしたら、今度はひどく声がかすれた。

「こんなバカなことあるか? アホだろ俺。なにやってんだ、だって俺は」
「そなたがなんでも、同じことだ。そなたは何も悪くない。ただ心が広いだけだ」
「なわけねえっつうんだようっ」

 片手で目元を覆ってうなだれ、黙り込む。うっかりすると嗚咽が漏れ出てしまいそうで、必死で歯を食いしばった。

「……リョウマ」
「…………」
「もう一度、たずねてもよいか」

 リョウマは答えない。いや、答えることができなかった。嗚咽をせき止めた喉は詰まって、もう声なんて出せなかったから。
 魔王の両腕が、リョウマの背中をそっと抱き寄せるのを感じた。ひどく優しくて、温かい腕だった。

「そなたと口づけがしたい。……ダメだろうか」
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

処理中です...