【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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109 血の色と戦友と

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 初めてのドラゴン特有の高音による咆哮は、上手くトビアスまで届いたようだった。できればキチンと訓練をしてから実践に挑みたかったが、そんな悠長なことも言っていられなくなった。
 全力で走りながら、春輝は新しくなった血液に魔力を乗せ、体中に隈なく巡らせる。それだけでも人間でなくなった実感が湧いた。

 唯一気がかりがあるとすれば、ガベルトゥスに止められていたことを実行に移し、ドラゴンになってしまったことだろうか。
 そこでふと、自分の血の色が何色になってしまったのだろうかと疑問が脳裏を掠めた。こんな時に考える事柄ではないかもしれないが、春輝にとっても、血の色にどこか固執していたガベルトゥスにとっても重要なことだろう。
 腰にぶら下がったままの、今やただの剣とかしている聖剣を抜くと軽く指先を切る。

「ははっ」

 薄く滲んだ血の色は紫。――ガベルトゥスと奇しくも同じ色だった。
 この世界に紫の血を持つ者は、春輝とガベルトゥスしかいない。血の色が青だったらどうしようかと指先を切る寸前に不安が過っていたのだが、その不安は一瞬のうちに消え去った。
 身の内から狂喜が溢れ出しそうなほどに沸き上がってくる。体の中から同じものになれると言う喜びは、きっとガベルトゥスとしか共有できないだろう。



 離宮へと辿り着いた春輝は、屋敷の外で既に待機していたトビアスの姿を見て安堵する。それはトビアスも同じであったようで、不安気に垂れ下がった目尻が僅かに緩んだのが見えた。
 教会騎士達も、ジェンツも未だ春輝には追い付いてきてはいない。態勢を整えるには心もとないが、時間が思ったより稼げていることに春輝は安心したと同時に、オーバンの最後の姿を思い出す。
 僅かであれ、この時間を稼いでくれたのは彼だ。その最後の献身に報いなければならない。

 感傷を振り払うように、軽く頭を振った春輝はトビアスと手早く情報を交換する。
 合流するまでの時間が惜しいと移動する最中、念話で事の顛末は既にトビアスに話していたため、春輝がどんな目に合いそうだったのか、体は無事なのかと大分気を揉ませてしまっていたようだ。

「ご無事でなによりでした」

 優しく笑まれ、春輝もそれに多少のむず痒さを感じながらも悪い気はしない。照れくささを感じながら、気を引き締めた春輝はトビアスにきちんと向き直る。

「今すぐ風呂に入って虫野郎に触られた感触を洗い流したいが……そうも言っていられないな」

 隠す必要もなくなったドラゴンの能力で広範囲の気配を探る。バリケードを突破したのだろう教会騎士達が大勢、離宮に向かって来ようとしていた。
 トビアスを見れば既に戦闘準備はできているらしく、その目には闘志が宿りギラついている。そんな表情を見るのは討伐時以来だ。
 久々の共闘に、以前は感じなかった心強さを感じる。短い期間しか共にしていないが、そこにはしっかりと信頼関係が芽生えていた。

「ところでトビアス、屋敷の中の気配はなんだ」
「あぁあれはサイモンですよ。有力な情報と引き換えに、匿えと言ってきまして」
「有力な情報?」

 トビアスから動く死体のからくりを聞いた春輝は、なるほどと納得すると共に、怒りが湧き上がった。
 サーシャリアが死んで操られようがどうでもいいが、いちかがそうされているとなれば話は違う。
 目の前で溺愛してやまない妹の死体を弄ばれたのだ。気分が悪いどころではない。それも体にあの悍ましい虫が入っているのだ。
 怒りにそのまま支配されないように、呼吸を整える。冷静さを今この時に欠くわけにはいかないからだ。

「ハルキ殿。もしもの時は私にお任せください」

 春輝の様子を眺めていたトビアスが、気遣うように春輝に話しかける。揺らぐことの無い瞳に是と答えそうになるが、春輝は寸前で堪えた。

「心配はいらない」
「……左様で」

 軽く頭を下げたトビアスを見ながら、春輝はうさぎのぬいぐるみをひと撫でした。
 洗脳は確実に解かれ核も既に無い今、いちかを前にしたとて絡め取られることはない。
 けれども、死体であれどいちかの体に剣を向けれるかと問われれば、すぐには頷けないのだ。
 せめて体内から妖精を全て出すことが出来ればいいが、その手を探る時間はなない。
 トビアスが春輝の内心を読み取り、敢えて手を汚さずとも良いと提案してくれたのだ。
 けれども妹のことは、自身でなんとかしたいとどうしても思ってしまう。

「ガイルに連絡は?」
「既にこちらに向かっておられます。結界の解除を頼むと」

 軋む感情を無理矢理に押さえ込み、切り替えるように口端を吊り上げた春輝は、悪い笑みを浮かべてトビアスの横に並び立ちその大柄な体を見上げた。

「まるで魔王討伐の再演みたいだな」

 春輝がトビアスの横に並び立つと、トビアスは目を丸くした後に嬉しそうに破顔するのだった。
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