【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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108 動く死体のからくり

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 春輝がジェンツに連れられて行ってから、トビアスが落ち着つくことは無かった。何かあればすぐに動けるようにと、体の隅々にまで魔力を行き渡らせ調子を整えていく。
 膨大な魔力は細胞の一つ一つにまで淀みなく巡っていき、その放出を待っていた。
 そうこうしていれば、離宮へと一度は離れたはずの気配が近づいて来る。こんな時にと思わずにはいられない。
 相手にしないと言う手もあるが、下手に離宮の周りをうろつかれて関係性がバレても困る。外していた眼帯を手早く着けたトビアスは、自室から階下へと降りた。

「なにか?」

 裏手に感じる気配を頼りに扉を開ければそこに立っていたのは、怯えたように縮こまるサイモンだ。

「あぁ、良かった。情報を持ってきたんだ」

 周りのさっと気配を探るが、サイモン以外の気配はどこにもない。しかしこのまま対応する訳にもいかず、サイモンを仕方なく屋敷の中へと招き入れることにした。

 中に入ったサイモンは小さく安堵の息を零すが、怯えている事には変わりなく、心許ない様子で視線を左右に忙しなく動かしている。
 サーシャリアの護衛として先程まて付き従っていた時とはまるで違うその様子に、トビアスは先を予想し軽く息を吐き出した。

「それで、情報とは?」
「は、話す前に勇者はどこだ?」
「ハルキ殿は今、外出しています」
「そうなのか……あぁ、いや。アンタでも良いんだ。……情報を渡す前に、一つ約束して欲しい。俺をここに、ここに匿ってくれ!!」

 縋るように服を掴まれ、まるで逃げる事を許さないように掴む手に力を込められる。
 必死の形相のサイモンに何ら感情は動かないが、最初に縋ってきた時よりも必死に頼み込むサイモンの様子は尋常ではない。
 いつかはこう来るだろうと予想していたが案外遅かったなと考えながら、トビアスはまるで熟考しているように顎にてを添えながら視線を下げる。
 既に対処方は決まっているが、余りにも早く決断を出すと碌なことにはならない。

「……いいでしょう。私からハルキ殿へ進言します。それで、情報とは?」

 余程安心したのか、体全体から力が抜けその場にへたり込んだサイモンを、冷めた目で見ながら先を促した。

「サーシャリア殿下は、あの方は既に死んでるんだ!!」

 サイモンの言葉に一瞬だけ眉が動く。いちかが既に死んでいるものの、動いているので左程驚きはしないが、続く話は興味深かった。

 夜中に妖精を大量に産み落としたサーシャリアは、衰弱が激しくそのまま息を密かに引き取っていたらしい。
 教会騎士達が帰った後に、こっそりと寝室に侵入したサイモンが呼吸が無いのを確認し、更には心音も無く既に冷たくなった体も確認した。
 本来であれば王宮医を呼び王族の命を救うことに尽力しなければならない立場だが、魔族だと思い込んでいるサイモンはこれで漸く安心できると、その対処をしなかった。
 浮ついた気持ちのまま、何事もなかったかのようにサイモンは翌朝サーシャリアの元を訪れ驚愕したのだと言う。
 死んだはずのサーシャリアが全く変わらぬ様子で朝食を取っていたのだ。

 そこからサイモンはより強い恐怖を抱えながら、サーシャリアと接していた。変わったことと言えば夜半に訪れる教会騎士が居なくなったことだろう。
 しかしある夜。閉まりきらない扉の向こうを覗いた時にサイモンは見てしまったのだ。
 ぐったりと糸の切れた人形のように椅子に座るサーシャリアの周りに群がる大量の虫と、それが口の中へ次々に入っていく虫達を。
 全ての虫が収まるとサーシャリアの体が何事もなかったかのように動き出す。サイモンはそれを、何回も見たのだと言う。

 死体が動く仕組みがわかり、トビアスの口元はにんまりと弧を描く。これで心起きなくいちかの排除ができるのだ。それがどれほど喜ばしいことか。
 万が一死体ではなく、生き返っていたとするならば刈り取ることなどできはしない。精霊族に操られていようが春輝の妹に違いないからだ。
 しかし魂は既に器にはなく、死体を妖精が動かしているならば。いちかを排除したとしても、春輝はトビアスを責めることは無いはずだ。

 一人ほくそ笑んでいれば、耳を劈くような高音が飛び込んできた。その音に素早く反応したトビアスは窓辺に走り寄る。

『トビアス、計画は前倒しだ』

 瞬間、脳に直接飛び込んできた春輝の声にトビアスはぶるりと体を震わせた。
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