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101 暗躍
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灰色の小さな小鳥は離宮から飛び立ち、酒場の戸を潜った後に王都を抜けた。広い空を迷うことなく真っ直ぐに駆け、時には木々の合間を縫い、小鳥が越えられそうにはない切りたった山脈をいくつか超える。
そうして辿り着いた先は、オーグリエ王国と何ら接点のない国だ。活気あふれるその国の王都の上空を休むこともなく飛び、小鳥は山の頂に作られている巨大な城へと向かう。
漸く目的地である窓辺に降り立つと、小さな穴へと体を滑り込ませ難なく城内へと侵入した。
小さく囀った小鳥は室内に降り立つと瞬く間に姿を青年の姿に変え、身だしなみを手早く整えると、迷うことなく長い廊下を進んでいく。
ありえないほどに静まり返っている城内には人の気配は全くなく、それ故に青年の歩みを止める者もいなかった。
「陛下、御前失礼いたします」
重厚な扉の向こう側へと声を駆ければ、重々しい音とともに魔族の者によって開かれた。広い室内には人間が一人もおらず、魔族ばかりが詰めていた。
本来のこの城の、国の主であるはずの人間すらもいない。この国が既に魔王の手の中に堕ちていることを知るのはこの場にいる者たちのみで、変わらず営みを続ける人間たちは誰一人気が付いていなかった。
「トビアス様よりトゥーラ様より、こちらをお預かりいたしました」
青年が恭しく懐から小さな紙片を差し出せば、この場の誰とも肌の色味が違うガベルトゥスがの手がそれを掴んだ。
トビアスからの紙片を読んだガベルトゥスは、心の奥底から湧き上がる喜悦に自然と口角が上がる。
春輝の洗脳が解けたことがどれほど嬉しいか。教会で春輝が眼前でいとも簡単に手の中から離れジェンツの手に堕ちた時、どれほどの怒りが身の内を燃やしたことだろう。
トビアスに任せ遠く離れその姿を確認することも出来ず、ガベルトゥスは遥か昔と同じような恐怖にすら囚われた。
大事な者が他者の手に渡るなど、一度の経験で十分だというのに。
しかしそれも先ほどまでのこと。春輝は自ら洗脳を破り、ガベルトゥスを求めている。歓喜しないわけがない。
知らずのうちに漏れていた笑いは周りの者達には不気味に映っていたようで、緊張感が漂っていた。
鼻歌でも歌いたいような、陽気な気分にすらなるガベルトゥスは、近くに控える魔族の一人に小さな小瓶を数個手渡した。
「それをこの国中の水に入れてこい。死者を狩るぞ」
「陛下、それでは……!!」
「……進軍を開始し、精霊族共を滅ぼす」
緊張感から今度は一気に大きな歓喜に包まれ、室内にいる魔族達が咆哮を上げる。ビリビリと空気を震わす音が耳に心地よかった。
一斉に各地へと飛び立っていく魔族達を見送りながら、ガベルトゥスは一人笑みを深める。
手元に残っている小瓶を手慰みにがてら指の背で転がせば、中身の青黒くきらきらと光る粒子があった。魔族の血と妖精の粉を混ぜたその液体は、一瞬で人間の命を刈り取るものだ。
小瓶の中身を水に垂らせば、数日のうちに疫病のごとく死者が増えていくだろう。魔王の力で死者をアンデットへと変え、死なない軍隊を作り上げる。
周辺国はただの疫病と捉えるだろう。そしてそれが広まって、他国の死者が増えても驚きはない。それ故に精霊族もすぐには気が付かないはずだ。
そして気が付いた時には、本拠地であるオーグリエ王国の周りには、ガベルトゥスの作り上げた軍隊が居並ぶ。
「もうすぐ、もうすぐだ春輝」
トゥーラ達半魔の準備も既に整い、春輝も正気を取り戻した今、王都の結界を内側から壊すのも容易いことだろう。
そして何よりも、半月後には極夜が訪れる。日が一日昇らな稀有なその日は、精霊族の力が弱まるために最も彼らが恐れる日でもあった。
勿論魔王であるガベルトゥスの討伐がなされていない状況下で警戒心は高いだろうが、彼らの天敵であるドラゴンがこちらにはいるのだ。
恐れることは何もないこの状況にガベルトゥスは椅子に深く腰掛け、元の世界でお気に入りだった曲を口ずさむ。
ガベルトゥスただ一人だけの室内で、誰も聞くことのないその歌は静かに響いていた。
そうして辿り着いた先は、オーグリエ王国と何ら接点のない国だ。活気あふれるその国の王都の上空を休むこともなく飛び、小鳥は山の頂に作られている巨大な城へと向かう。
漸く目的地である窓辺に降り立つと、小さな穴へと体を滑り込ませ難なく城内へと侵入した。
小さく囀った小鳥は室内に降り立つと瞬く間に姿を青年の姿に変え、身だしなみを手早く整えると、迷うことなく長い廊下を進んでいく。
ありえないほどに静まり返っている城内には人の気配は全くなく、それ故に青年の歩みを止める者もいなかった。
「陛下、御前失礼いたします」
重厚な扉の向こう側へと声を駆ければ、重々しい音とともに魔族の者によって開かれた。広い室内には人間が一人もおらず、魔族ばかりが詰めていた。
本来のこの城の、国の主であるはずの人間すらもいない。この国が既に魔王の手の中に堕ちていることを知るのはこの場にいる者たちのみで、変わらず営みを続ける人間たちは誰一人気が付いていなかった。
「トビアス様よりトゥーラ様より、こちらをお預かりいたしました」
青年が恭しく懐から小さな紙片を差し出せば、この場の誰とも肌の色味が違うガベルトゥスがの手がそれを掴んだ。
トビアスからの紙片を読んだガベルトゥスは、心の奥底から湧き上がる喜悦に自然と口角が上がる。
春輝の洗脳が解けたことがどれほど嬉しいか。教会で春輝が眼前でいとも簡単に手の中から離れジェンツの手に堕ちた時、どれほどの怒りが身の内を燃やしたことだろう。
トビアスに任せ遠く離れその姿を確認することも出来ず、ガベルトゥスは遥か昔と同じような恐怖にすら囚われた。
大事な者が他者の手に渡るなど、一度の経験で十分だというのに。
しかしそれも先ほどまでのこと。春輝は自ら洗脳を破り、ガベルトゥスを求めている。歓喜しないわけがない。
知らずのうちに漏れていた笑いは周りの者達には不気味に映っていたようで、緊張感が漂っていた。
鼻歌でも歌いたいような、陽気な気分にすらなるガベルトゥスは、近くに控える魔族の一人に小さな小瓶を数個手渡した。
「それをこの国中の水に入れてこい。死者を狩るぞ」
「陛下、それでは……!!」
「……進軍を開始し、精霊族共を滅ぼす」
緊張感から今度は一気に大きな歓喜に包まれ、室内にいる魔族達が咆哮を上げる。ビリビリと空気を震わす音が耳に心地よかった。
一斉に各地へと飛び立っていく魔族達を見送りながら、ガベルトゥスは一人笑みを深める。
手元に残っている小瓶を手慰みにがてら指の背で転がせば、中身の青黒くきらきらと光る粒子があった。魔族の血と妖精の粉を混ぜたその液体は、一瞬で人間の命を刈り取るものだ。
小瓶の中身を水に垂らせば、数日のうちに疫病のごとく死者が増えていくだろう。魔王の力で死者をアンデットへと変え、死なない軍隊を作り上げる。
周辺国はただの疫病と捉えるだろう。そしてそれが広まって、他国の死者が増えても驚きはない。それ故に精霊族もすぐには気が付かないはずだ。
そして気が付いた時には、本拠地であるオーグリエ王国の周りには、ガベルトゥスの作り上げた軍隊が居並ぶ。
「もうすぐ、もうすぐだ春輝」
トゥーラ達半魔の準備も既に整い、春輝も正気を取り戻した今、王都の結界を内側から壊すのも容易いことだろう。
そして何よりも、半月後には極夜が訪れる。日が一日昇らな稀有なその日は、精霊族の力が弱まるために最も彼らが恐れる日でもあった。
勿論魔王であるガベルトゥスの討伐がなされていない状況下で警戒心は高いだろうが、彼らの天敵であるドラゴンがこちらにはいるのだ。
恐れることは何もないこの状況にガベルトゥスは椅子に深く腰掛け、元の世界でお気に入りだった曲を口ずさむ。
ガベルトゥスただ一人だけの室内で、誰も聞くことのないその歌は静かに響いていた。
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