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98 思い出すのは
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春輝を励ますように握る手に更に力を込めてきたトビアスは、春輝の目を真剣に見つめ返してくる。
トビアスの口から語られるのは、決して良いものではないのは百も承知だ。だがこんなに不安で恐怖を覚える状態を取り去りたい。
手は細かく震え、まるで警告を発するかのように頭の奥が痛み出す。体温は急速に下がり、血の気は引いていくばかりだ。
まるでそれを思い出させないように何かが春輝の体を使い、体調を崩すことでこの話題を逃れようとしているかのようだった。
――あぁ、気持ち悪くて仕方がない。
唇をきつく引き結び競り上がる吐き気を押しとどめながら、春輝はトビアスに小さく頷いた。
「ハルキ殿は今、教皇ジェンツによって核が埋め込まれ、洗脳されている状態です」
「……洗脳?」
途端に脳を直撃する激しい痛みに、意識が飛びそうになるのを必死に堪えた。こんなにも自身の体の制御ができないのは、トビアスがいった核が関係しているのだろうか。
ガンガンと頭の痛みは強くなり、トビアスの声が耳に水が入っているかのように聞こえが悪くなる。
あまりの不快さにきつく眉根を寄せれば、トビアスが先を躊躇いがちに聞いてきた。
「ハルキ殿、ここまで体調がおかしくなるのは核が妨害しているからでしょう。日を改めて――」
「だい、じょうぶ……大丈夫だから、続けろトビアス」
握られていない方の手は、キツく握りしめて詰めが食い込み血が滲みだしていた。そんな春輝の状態は、どう見たって普通じゃないだろう。トビアスが止めたがるのも無理はない。だが、ここでどんな無理をしてでも聞かなければ二度と思考が浮き上がらない、そんな確信 が春輝にはあった。
それではダメなのだ。必ず思い出さなければいけない、自分のためにも、忘れている人物のためにも。
「頼む、トビアス……頼むから……」
春輝の意志が揺るがないと感じ取ったのだろうトビアスが、苦しそうな表情をしながら静かに口を開いた。
「……事の起こりから、全て話しましょう――」
トビアスの話に驚きは連続する。召喚され、いちかと引き離され、魔王を討伐し、凱旋後に起こった出来事の数々。
相変わらず頭の痛みは酷く、耳は綺麗にトビアスの声を拾ってはくれないが、春輝は語られる話を懸命に聞き続けた。
普通であれば頭が拒否し混乱しそうな話ばかりだが、意外にもすんなりと頭の中に入ってくる。
乾いた土に落とした水のように染み込むトビアスの話に体は絶不調だが、徐々に霞が取れ晴れ渡るような少しづつ感覚が広がっていく。
凱旋後からの記憶がおぼろげだとばかり思っていたが、どうやらそこが一番酷いだけで最初から所々記憶の混濁があるようだった。
そう、それは紛れもなく忘れている大切な誰かの部分。
「俺が、忘れているのは……」
早く聞きたいとはやる心とは裏腹に、目の前がぐらりと揺れる。まるで鈍器で殴られたような激しい眩暈は、やはりこれが洗脳の根幹を揺るがすものだと確信を春輝に与える。
「ハルキ殿が忘れているのは、魔王であるガベルトゥス陛下です」
「ま、魔王……ガベルトゥス……?」
一体なんの冗談かと思った。求めてやまない相手が討伐対象である魔王とは思いもしなかったからだ。
だが、口の中で、頭の中でもその名を反芻すればするほど馴染みがあるその名前に、春輝の目からは自然と涙が溢れていた。
「……ガイル」
「!! そうですハルキ殿、そのお方こそこの世界で唯一貴方を真に理解できる、ハルキ殿が最も信頼する人です」
未だに酷い嵐の中にいるような状態だがその名前が、相手が、どうしようもなく恋しくて仕方がなかった。
トビアスの口から語られるのは、決して良いものではないのは百も承知だ。だがこんなに不安で恐怖を覚える状態を取り去りたい。
手は細かく震え、まるで警告を発するかのように頭の奥が痛み出す。体温は急速に下がり、血の気は引いていくばかりだ。
まるでそれを思い出させないように何かが春輝の体を使い、体調を崩すことでこの話題を逃れようとしているかのようだった。
――あぁ、気持ち悪くて仕方がない。
唇をきつく引き結び競り上がる吐き気を押しとどめながら、春輝はトビアスに小さく頷いた。
「ハルキ殿は今、教皇ジェンツによって核が埋め込まれ、洗脳されている状態です」
「……洗脳?」
途端に脳を直撃する激しい痛みに、意識が飛びそうになるのを必死に堪えた。こんなにも自身の体の制御ができないのは、トビアスがいった核が関係しているのだろうか。
ガンガンと頭の痛みは強くなり、トビアスの声が耳に水が入っているかのように聞こえが悪くなる。
あまりの不快さにきつく眉根を寄せれば、トビアスが先を躊躇いがちに聞いてきた。
「ハルキ殿、ここまで体調がおかしくなるのは核が妨害しているからでしょう。日を改めて――」
「だい、じょうぶ……大丈夫だから、続けろトビアス」
握られていない方の手は、キツく握りしめて詰めが食い込み血が滲みだしていた。そんな春輝の状態は、どう見たって普通じゃないだろう。トビアスが止めたがるのも無理はない。だが、ここでどんな無理をしてでも聞かなければ二度と思考が浮き上がらない、そんな確信 が春輝にはあった。
それではダメなのだ。必ず思い出さなければいけない、自分のためにも、忘れている人物のためにも。
「頼む、トビアス……頼むから……」
春輝の意志が揺るがないと感じ取ったのだろうトビアスが、苦しそうな表情をしながら静かに口を開いた。
「……事の起こりから、全て話しましょう――」
トビアスの話に驚きは連続する。召喚され、いちかと引き離され、魔王を討伐し、凱旋後に起こった出来事の数々。
相変わらず頭の痛みは酷く、耳は綺麗にトビアスの声を拾ってはくれないが、春輝は語られる話を懸命に聞き続けた。
普通であれば頭が拒否し混乱しそうな話ばかりだが、意外にもすんなりと頭の中に入ってくる。
乾いた土に落とした水のように染み込むトビアスの話に体は絶不調だが、徐々に霞が取れ晴れ渡るような少しづつ感覚が広がっていく。
凱旋後からの記憶がおぼろげだとばかり思っていたが、どうやらそこが一番酷いだけで最初から所々記憶の混濁があるようだった。
そう、それは紛れもなく忘れている大切な誰かの部分。
「俺が、忘れているのは……」
早く聞きたいとはやる心とは裏腹に、目の前がぐらりと揺れる。まるで鈍器で殴られたような激しい眩暈は、やはりこれが洗脳の根幹を揺るがすものだと確信を春輝に与える。
「ハルキ殿が忘れているのは、魔王であるガベルトゥス陛下です」
「ま、魔王……ガベルトゥス……?」
一体なんの冗談かと思った。求めてやまない相手が討伐対象である魔王とは思いもしなかったからだ。
だが、口の中で、頭の中でもその名を反芻すればするほど馴染みがあるその名前に、春輝の目からは自然と涙が溢れていた。
「……ガイル」
「!! そうですハルキ殿、そのお方こそこの世界で唯一貴方を真に理解できる、ハルキ殿が最も信頼する人です」
未だに酷い嵐の中にいるような状態だがその名前が、相手が、どうしようもなく恋しくて仕方がなかった。
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