【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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91 召喚の儀

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 春輝がいちかと再会を果たしてから、既にひと月が経とうとしていた。教会で死んだはずの魔王が復活し、勇者が取り逃したそのことで全世界に激震が走った。
 すぐにでも討伐をと言う各国だったが、そう何度も大量の使える兵を出せるわけもない。誰もが勇者たる春輝と、生き残りであるトビアスを批難した。
 歴代最強と言わしめる力は、所詮は紛い物であったのではないか、魔王を目の前にし二人だけで逃げ帰って来たのではないか。
 再び異世界から勇者を召喚したらどうか、とオーグリエ王国への書簡が各国から届けられたのは言うまでもない。

 しかし勇者を唯一召喚できる教皇ジェンツは首を縦に振ることはなかった。
 勇者の召喚には大量の魔力が必要で、それを今すぐに溜めることはできないとジェンツは言ったのだ。
 本来魔王の復活はほぼほぼ半世紀に一回ほど。その間に教会に所属する者達が日々魔量を器に溜めるのだ。
 とどまることを知らない各国からの圧力に、抜け道がないわけではないとジェンツは言う。
 兵を集めるのとは別に、魔量の高い人間を集めて教会に寄越せと通達を出したのだ。するとどうだろうか。各国はこぞってオーグリ王国へと、魔量の高い人間を送ってきたのだった。
 中には王族も高位貴族も含まれる。彼らは皆継承権が低い者達ばかりだが、魔量の量はジェンツの元に送られてきただけあり、皆ピカイチだ。

「皆様よくおいでくださいました」

 荘厳な教会の中、各国から集まったのは総勢40人の高魔力の者達。
 本来であればこれほどの人材を国が放出することはないだろうが、魔王の討伐失敗という前代未聞の事態に各国の焦りと恐怖が現れているのだろう。

 精霊王であるジェンツにとって魔王が復活しようが粗末なことである。しかしながら、春輝の腹で更に強力な精霊族を生み出すためには、下手に魔王討伐に向かわせたくはないのだ。
 一度は討伐に向かわせたが、それはあくまで聖剣からの魔力と核を隙間なく馴染ませ、子を孕みやすくするためでしかない。
 魔王や魔族など天敵であったドラゴンさえ居なければ、精霊族からすれば多少は苦戦するかもしれないが、脅威にはならないのだ。
 春輝はその外見をもジェンツにとって好ましく、召喚した直後からその姿諸共手に入れようと考えていた。
 異世界から勇者として人を呼び出すのは、この世界の人間を使うより強し種を残すことができるからだ。
 常であれば、異世界から勇者として呼び出した者を魔王に立ち向かわせ魔力と核を馴染ませたあと、妖精の粉で体の中に胚を作り上げひたすらに高位の精霊族を産ませていた。
 しかし春輝自身を気に入ったジェンツは、春輝をただの借り腹として使い捨てるのではなく、愛玩用に側に置こうと考えていたのだ。
 春輝には引き付けられる不思議な魅力がある。それがなんなのかはわからないが、この長き時の中で唯一ジェンツが心から欲したのが春輝だった。

 二度目の討伐になど行かせるわけがない。新たに召喚した者に全てをやらせればいいのだ。
 もしくは、弱ったところを春輝に止めを刺させようか。狙っていた物が横から攫われそうになっていたのだ。
 魔王は春輝に懸想しているようだが、その者の手で殺されるとなればどれ程の絶望感を味わうだろうか。
 もしくは、目の前で春輝がジェンツ自身を求める様を見せるのもいいかもしれない。そんな考えを巡らせていれば、いつの間にか口角が上がりすぎていることに気が付いた。
 冷静さを装い、ジェンツは目の前の人間達へと目を向ける。

「では皆さま、こちらへ」

 ジェンツの先導で教会の地下へと降りる階段を皆が下りていく。薄暗く続く階段を深く降り、松明が等間隔で並ぶ一本道を進んでいった。
どれほど歩けばいいのかと誰もが疲労の色を見せ始めたころ、暗がりの先に緑の光が明滅するのが見え、どこかほっとしたような溜息がどこからともなく聞こえてきた。

「ようこそ、我が国の中枢へ。ここが勇者を召喚する魔法が施された場所です」

 皆が大きなドーム状の開けた場所に到着するや否や、興味深そうに辺りを見渡していた。中には熱心に地面に描かれた魔法陣を手帳に書き写す者までいる。

「この魔法陣は初めて見ます、古代の文字でしょうか」
「魔力を溜めると言う器はどこですか猊下」
「この場所で召喚を……我らは今歴史的瞬間に立ち会っているのだな。国にはどれ程自慢できようか」

 思い思いの言葉を口に出す面々に、ジェンツは柔和に微笑む。スッと側に控えた者に目配せをすれば、すぐさま来た道を閉ざした。
 重苦しく耳障りな音がドームの中で響き渡るが、誰も逃げようともしない。その愚かさにジェンツは更に笑みを深めるばかりだ。

「では皆さま、今から魔力を移す儀式を行います。魔法陣の中へ」

 誰も疑いもせずに巨大な魔法陣の中へと入る。するとそれを待っていた教会騎士達がすかさず陣の周りを取り囲み、陣の内側へと一斉に剣を向けた。
 思いもよらない教会騎士達の行動に、流石に不穏な空気を感じ取ったのだろう。集められた者達は一斉に逃げようと攻撃態勢を取るが、魔法はどれも発動しない。
 足元の魔法陣が魔力を食らっているのだから、魔法が使るわけがなかった。彼らは皆魔力量が多い者達。と言うことは、魔力量に物を言わせ普段から剣を持つことをせずに魔法しか使っていない者達だ。
 その者達から唯一の武器を取り上げたらどうなるか。答えは明白だ。

「その力を全て捧げなさい、我々精霊族の繁栄のためにね」

 ジェンツが言い終わるや否や、教会騎士達が魔法陣の外へも出れない人間達を切り刻んでいく。武器を持たない人間はあまりに無力だ。
 急所を剣で突き刺した後に更に喉元を切り裂き、血が沢山流れるようにすると魔法陣の上にどしゃりと放る。
 断末魔と水音と金属音がドーム内で盛大に反響していたが、暫くすると再び静寂が訪れた。
 魔法陣の上には死体の山が築かれ、赤い血の海をじわりと広げていく。
 巨大な魔法陣はその血を吸い込むように、小さな文字の隅々まで血が行き渡る。魔力を体外に放出するには、血を流すのが手っ取り早いのだ。
ジェンツは魔法陣が赤く染まり上がるのを見届けると、長い詠唱を唱え始める。これは代々精霊王のが使うことのできる、召喚魔法の詠唱だ。声と言うよりは、音に近い詠唱をジェンツが唱え終えれば、魔法陣が眩いばかりに光輝いた。

 目が焼けそうなほどの白い光がドーム全体を包み込み、その光が収まれば一人の青年が魔法陣の上に倒れている。

「ようこそ、新たな勇者様」
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