【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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 斬り飛ばした腕も妖精達によって元に戻り、気がつけば立ち上がっていた。
 ギョロギョロと黄色い目が動き、ピタリと止まる。ガベルトゥスを捉えた瞬間、ハンネスだった物はニンマリと笑みを深めた。

「あ゛ぁ、愛しい陛下」

 その潰れたような声音に、肌の下を舐められたようなゾワリとした感覚がガベルトゥスを襲う。
 死体が蘇る方法が今明確にわかってしまった。となれば死んだはずのいちかも、目の前のハンネスのように妖精が動かしていると考えていいだろう。
 体はいちかのまま、死んだ体を妖精が操る。まさに死体蹴りだ。

 春輝が間違えるのも無理はないように思えた。体自体は本物のいちかで間違いがないのだから。
なかなか残酷な事を考える。春輝にとっていちかはガベルトゥスが嫉妬しそうになるほど一番大事な存在だ。それを死体を動かしてまで使うとは。

「陛下、陛下ぁ……さぁ私と共に……」

 よたよたと近寄ってくるハンネスに、ガベルトゥスは冷たい目を向ける。ハンネスを動かす中身は妖精。ここに唯一対抗出来うるトビアスは居ない。
 ジェンツはこのハンネスを使いガベルトゥスを殺すつもりだったのだろう。弱さに漬け込まれた哀れなかつての部下に冷笑を浮かべる。
 ジェンツはハンネスが例え殺されても、妖精を使うことでガベルトゥスを屠ろうと考えたのだ。
 虫と同じような外見をする妖精だが、その一匹の力は強いのだ。それが何匹もとなれば、その羽虫達だけの力で魔王たるガベルトゥスを倒す事も簡単だろう。
 だがしかし、それはガベルトゥスが魔族としての力のみ持っていればの話だ。ドラゴンが姿を見せないことで精霊族はきっと、過去の戦でドラゴンが全滅したと思い込んでいたのだろう。
 現に人間達も魔族すらも誰も生き残りのドラゴンを知らなかった。ドラゴンを見つけたのはほんの偶然であり、今の状況を思えば必然だったのかもしれない。

 ガベルトゥスは懐から、勝色をした大きな宝石を取り出した。魔族の血青よりも黒に近い血の色をした塊を口に含んだガベルトゥスは、それに目一杯力を入れてかみ砕いだのだ。
 途端に亀裂から溢れ出すのは大量の魔力。全身を駆け巡る膨大な力は、精霊族の天敵であるドラゴンの物だ。
 トビアスには鱗を飲ませ純潔種になるようにしたが、その鱗は一枚しかない。ドラゴンの血を宝石のような塊にし持っていたのは、その膨大な力を身の内に収めるためだ。
 魔族をちまちまと食らうより、こちらの方が後々に効率が良いだろうと思ってのことだったが、精霊族の天敵がドラゴンとわかった今ではこれはガベルトゥスの切り札でもあった。
 二百年も前に人の身を捨てていたガベルトゥスだ。今更他の物を入れ込むことへの躊躇いは微塵もない。

 ドラゴンの魔力は臓物に染みわたり、細胞一つ一つにまで変容を齎した。鱗を飲んだトビアスのような純潔種にはなれはしなが、この血を飲むことでその強すぎる魔力に耐えられるように体が作り替わる。
 細胞が強制的に活性化し、ぶちぶちと肉を切り裂かれるような感覚が襲う。トビアスは人間からドラゴンに変容したのでその痛みは凄まじかっただろうが、ガベルトゥスは既に魔王たる肉体を手に入れている。
 痛みはするが、魔王の体になった時のように叫び藻掻き苦しむほどではないし、死ぬこともない。
 内側から強化されていく体は、魔王の血を既に飲んでいたガベルトゥスに更なる力を齎した。瞳の白い部分が漆黒へと染まり、金に輝く瞳がさらに強調される。腕にはつるりとした細かな深紅の鱗が生える。

 体が作り替われば今までよりも格段に上がった自身の力に、思わずニヤリと笑う。その笑みと混ざりものではあるが、精霊族の天敵であるドラゴンの出現にハンネスは明らかに怯えを滲ませた。
 肺の空気を何度か入れ替え、そこに新たに手に入れた魔力を纏わしていく。妖精達は自身の危機を最大限に理解したのだろう。
 ハンネスの口内から脱出を図り、その体をあっさりと脱ぎ捨て逃亡しようと一斉に動き出した。

 ドラゴンの復活が知られてはならない。故に一匹たりともこの目の前の虫を逃がすわけにはいかないのだ。
 魔力を纏わせ吐き出したガベルトゥスの息は、ドラゴンブレスの青い炎となって今にも空高く飛び上がろうとした妖精達に襲い掛かる。
 甲高いキキキッと言う声を上げながら、妖精達はハンネスの体諸共青い炎の渦に包みこまれた。

「ふむ、初めてにしては上々だな」

 燃える炎を見ながら、ガベルトゥスは自身の顎を撫でる。初めての力を瞬時に使ったにしては威力の制御も何もかも及第点と言えた。
 キチキチと一匹だけ炎から逃れた妖精が、ガベルトゥスの足元から瀕死の声を上げる。その妖精を容赦なく踏みつけ磨り潰した後、念のためにそれも焼き払った。
後始末を綺麗に終えたガベルトゥスは一度王都の方を振り返ると、反撃の舞台を整えるために霧となってオーグリエ王国から姿を消したのだった。
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