【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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87 魔王の苦悩

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「ハルキ殿、私の後ろに!」

 素早く春輝の前に出たトビアスは背後に春輝を庇い、ステッキを抜いて隠していた剣をガベルトゥスに向けてくる。
 そうだ、それでいいとガベルトゥスはトビアスを見ながら思う。敵の手に堕ちた春輝の元に誰も居ないと言うのはよろしくない。
 奪還する隙を作るのに、トビアスと言う駒は春輝の元に居なければならないのだ。

「くっくく、バレてはしょうがない。はぁ、折角勇者を殺せると思ったんだがなぁ」

 なぜバレたのかと言う疑問が残るが、このままこの場所に居るのはよろしくない。ガベルトゥスはゆったりとした動きで後ろに下がった。奥歯を噛みしめながら、できるだけ余裕ぶった態度でニヤリと笑う。
 誰も魔王の姿など見ていない。だが魔族であるとジェンツに言われた今、春輝とトビアスが気が付かなかったと思われ二人に、特にトビアスに疑いを掛けられ春輝の元から離されても困る。
 瞬時にそう考えたガベルトゥスは、魔力の圧をブワリと解放し自身を包むと禍々しい姿に変化させた。
 頭から生え黒く雄々しい巻角、鮮血色に輝く腰まで伸びた髪、口から覗く鋭い牙と黒く伸びた爪に、瞳は金に輝き瞳孔は縦に割れている。その姿は元の姿とはかけ離れたものだ。
 この姿は先代魔王とガベルトゥスの姿が混ざりあい、魔族となったガベルトゥスの本来のものだ。この姿になるのをガベルトゥスは好まず、普段は人間の時の姿になるようにしている。
 でなければ自身が人間であったことまで忘れてしまいそうだからだ。よもやこういった風に使える時が来るとは思いもしなかったが。

 ガベルトゥスが本来の姿を見せれば、教会内部は逃げ惑う人々の阿鼻叫喚が木霊する。トビアスも見たことがないガベルトゥスの姿に目を見開いていたが、ガベルトゥスの意図に気が付いたのだろう、目に一層力を籠め睨みつけてきた。

「魔王!? 確かにお前はハルキ殿と私で殺したはずだ!」
「そう簡単に殺されるとでも?」
「教皇様、ここは私にお任せを!」
「魔王……だと?」

 進み出るトビアスに加え、春輝もその横に並び立つ。その目には光は宿っておらず、ガベルトゥスに懐いていた野良猫はそこには居ない。
 一瞬の間ののち、祭壇の端から飛んだ春輝がガベルトゥスに向けて躊躇いなく聖剣で薙ぎ払ってくる。
 長く伸ばした爪でそれをいなしながらトビアスの追撃を避けつつ、すれ違いざまにトビアスに耳打ちした。

「ハルキを守れ。俺は準備を整えて進軍する」
「お任せを陛下」

 短いやり取りで互いに目線で頷きあった二人は、互いに連撃を繰り出す。春輝は操られているからか、聖剣の力に怯えることもなくその力を全力で出してくる。
 魔王城で戦った時より格段に強いその力に、ガベルトゥスは苦々し気に春輝を見た。傷つけることなどできるはずがない。だが無傷のままでもいられはしない。
 隙が見えない連撃を全てよけながら、ガベルトゥスは意を決したように春輝との間合いを詰め、ギリギリの力加減で春輝の聖剣を持つ腕をその鋭い爪で切り付けた。
 飛び散る赤い鮮血。痛みに顔を顰めた春輝から距離を取ったガベルトゥスは跳躍し、後方へと距離を取った。
 既に外へと続く扉の前には教会騎士達が陣取り、外にガベルトゥスを逃がすまいと武器をこちらに向けている。
 ここで蹴散らしてしまいたいところだが、春輝を人質に取られている状況では分が悪い。ガベルトゥスは自身の周りを火柱で取り囲み、近づかれないようにする。眼光鋭く睨んでくる春輝と、歪んだ笑みを隠しもしないジェンツを睨みつけるとパチンと指を鳴らし、その姿を霧へと変えた。

「逃げられましたね、大丈夫ですかハルキ殿」
「あぁだ平気だトビアス」
「それにしても彼が魔王であったとは……」

 苦々し気に顔を顰めるトビアスに、春輝は淡々と答える。まさか魔王が復活しているとは。けれどもどこかでそれを知っていたような気がしてならない。そして魔王が霧となって消えた瞬間にちくりと胸が痛んだのはなぜなのか。

「お兄ちゃん、いちか怖い」

 ぎゅっと震える体でいちかに抱きしめられた春輝は、途端に鋭い空気を四散させいちかに優しく微笑んだ。

「大丈夫だよいちか。俺が魔王を消してしまうからね」
「本当に?」
「あぁ、俺がいちかに嘘を吐いたことなんてないだろう?」
「うん! 強いお兄ちゃん大好き!」

 可愛らしい笑みを浮かべ、抱き上げた春輝に更に抱き着いてくるいちかを春輝は優しく包み込んだ。

「さぁハルキ様、トビアス様も。妹君との再会に水を差さされてしまいましたし、仕切り直して離宮へ戻りましょう」
「あれはどうする。追わなくていいのか」
「すぐにはどうこうしてこないでしょう。その時が来れば、ですね。それよりも大事な仕事が貴方にはあるのですよ」

 うっそりと微笑むジェンツに春輝はどこか薄ら寒く感じながらも、それを抱き上げているいちかを見ることで気が付かない振りをした。
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