【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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82 サイモンの懇願

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 サイモンはサーシャリアが下がるタイミングで、他の護衛とさり気なく交代できるよう予定を事前に組んでいた。
 衝撃的な光景を目にしたその日から、日増しに目が濁りまるで精力を吸われているかのようになっていくサーシャリアを見ているのは悍ましいの一言に尽きる。
 だが忠誠を忘れ、感じたことがない恐怖に取り付かれようとも、下手な行動には移せなかった。
 もし教会騎士にバレ、自身も同じ道を辿ったらと考えてしまえば更なる恐怖に足が竦み、勇者がこの場に来ると言うことだけに縋るしかなかったのだ。

 サーシャリアを部屋まで送り届けたサイモンは、会場へと踵を返す。その歩みは自然と早くなった。もしかしたら早く帰ってしまうのではないかと、気が気じゃなかったのだ。
 建国記念の期間であれば、なんどか接触する機会はあるだろう。しかしあんな恐怖を野放しにしておけるほど、サイモンの心は強くない。
 周りにバレないように裏道を駆使し戻った先には、勇者である春輝が丁度広間から出ようと腰を上げた直後だった。
 通り道にある柱に身を隠したサイモンは、春輝達が通りかかるのを待ち構える。

「気が付いたかハルキ」
「あぁ一回居なくなったと思ったけど、なんでまた来るんだ」
「俺達に用があるんだろう?」

 ガベルトゥスが柱の影に視線を向ければ、血の気を引いた顔をしたサイモンが姿を現した。
 だがいつも見せていたような横暴な態度とは全く異なり、今は体を縮こませ辺りを忙しなく警戒しているようだった。

「勇者である貴方に、話がある」
「俺には無いが?」
「ま、魔族のことだ。頼む、ここでは話せない。着いてきて貰えないだろうか」

 言葉遣いも威圧的ではない物で、まるで救いを求めるように言い縋るサイモンに、春輝は沸き上がる怒りを抑えながらも着いていくことにした。
 ただの人間であれば、ガベルトゥスやトビアスさえいればどうにでもなるし、精霊族だったとしてもトビアスが居るので消すのは簡単だろう。
それに目の前に居るのはマルコムを殺した者であり、サーシャリアを止めることもせずにいちかを危険に陥れたやつだ。復讐相手の一人として、どうすればいいか見極めるのも大事なことだ。

 辿り着いた先は会場から離れた絵が沢山並んだ部屋だった。春輝と一緒に着いて来ようとするガベルトゥスやトビアスに難色を示したサイモンだったが、一緒でなければ話を聞かないと言えば渋々と言った様子で了承した。
警戒するように慎重に大きな扉を閉めたサイモンは、どこか安心したように息を吐いている。

「それで? 話ってなんだ」
「サーシャリア殿下と、教会騎士のことだ」

 サイモンはそれから堰を切った様に話し出す。教会騎士とシャーシャリアのこと、腹から出てきた虫に教会騎士の人間ではない容貌。
 それを聞いた春輝達は、領地に来ていた教会騎士達が確実に精霊族だと確信した。不安なのだろう、今にも泣き出しそうな顔で怯えるサイモンは更にその時の恐怖や、その後のサーシャリアの様子を止まることなく話す。
 虫の出産シーンを見せられたことは気の毒だとは思うが、しかしそれだけだ。

「頼む、あの魔族達をどうにかしてくれ!」

 しまいには春輝の足に縋りつかんばかりに懇願してくるサイモンは騎士の風上のもおけないだろう。
元は王国に忠誠を誓っていたトビアスは、まるで虫けらを見るような冷たい視線をサイモンへと向けている。
だがそんな視線にも気が付かず、サイモンは惨めったらしく春輝に縋るのだった。

「お前が殺せばいいだろう?」
「あんな悍ましい物っ! 勇者であるお前なら簡単だろう!?」

 協力するようなそぶりを見せない春輝に焦れたのか、サイモンは唾を飛ばしながら言い募って来た。
 すかさずトビアスがサイモンを引きはがし、ガベルトゥスが春輝の横に立ち睨みを利かせる。

「確かに、勇者であるハルキなら簡単だろうなぁ」
「そうだろう、そうだろう!?」
「だがお前は、ハルキの妹が王女に殺されそうになるのを黙って見ていたそうじゃないか」

 ガベルトゥスが圧を込めた声音でサイモンに問えば、まさか知られているとは思わなかったのか目を見開いていた。

「あ、あれは仕方が、仕方がなかったんだ……殿下の命令には逆らえないっ」

 顔を青くさせるサイモンは必死に言い訳をするが、そんなものをしたところで春輝の心は動かされない。
 だが今すぐに殺すには惜しい存在でもあった。教会の騎士は虫を産ませた後もサーシャリアと会っていると言う。
 例え今すぐ殺したくとも、彼らの動向を探らせるのには一番いい駒であるのだ。

「頼むっ助けてください、勇者様っ」
「……お前が罪を償うと言うなら、そいつらから助けてやってもいい」
「!! 私は、私は何をすればいいのでしょうか!?」
「そいつらの情報が欲しい。人間に化けているんだ、相当知能があるだろうからな。魔獣を倒すのとはわけが違う。できる限り有益な情報を持ってきてくれるなら、助けてやろう」

 春輝の言葉に目を輝かせたサイモンは、今度は春輝に忠誠を誓うと言う。自分だけが脅威から助かればいいと思う浅ましさには反吐が出る。身勝手な人間は、醜悪以外の何物でもない。
 だがそう言った人間は往々にして、自身が助かるためならばある程度までは使えるのだとこっそりと春輝に囁いたのはガベルトゥスだ。
 何度も頭を下げながら部屋を後にするサイモンを、さてどう動いてくれるかと春輝達はニヤリとほくそ笑んだのだった。
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