【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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70 粉の影響

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 萎れている、と言う表現がピッタリと当て嵌まるような外見になってしまったオーバンは、トゥーラと入れ違いで部屋に入った。
 トビアスに促され春輝の対面に腰を下ろすが、チラリとガベルトゥスを見ると、少し躊躇うように視線を春輝に戻した。

「ハルキ様が夜あまり寝付けないとお聞きしまして。よく効く睡眠薬を持って来たのです」
「誰に聞いた?」
「猊下がアルバロから聞いていまして。私はその話を同じ部屋で聞いていましたので、気になってしまってこうしてお持ちしたのです」

 春輝がガベルトゥスとトビアスを見れば、疑いの目をオーバンに向けていた。

「よく効く睡眠薬ですか、気になるので私も拝見しても?」
「かまいませんよ、こちらです」

 オーバンが懐から取り出したのは、小さな缶ケース。それに見覚えがあった三人は、一様に眉を顰めた。
 春輝が手に取り蓋を開ければ、中身はやはり白い粉だ。横に座るガベルトゥスは自然に春輝から缶を受け取り、鼻に近づける。
 春輝がその様子を見ていれば小さく頷かれ、粉の正体が妖精の粉だとわかった。
 やはりオーバンも敵であったのかと、春輝が無意識にオーバンを睨めば、穏やかに微笑みながらもオーバンは口の端から血を流していた。

「……赤」

 口の中で呟かれた春輝の言葉は、隣に座るガベルトゥスにしっかりと聞こえたようで、缶をじっと眺めていたガベルトゥスがオーバンに視線を向けた。
 春輝に内蓋を見えるようにして缶を手渡したガベルトゥスは、そのままオーバンの元へ行くとハンカチを差し出している。
 敵に優しくする意味を考えながら缶を見れば、内蓋には彫ったような文字が薄く刻まれていることに気がついた。

“勇者様へ“

 そう書かれている文字に首を傾げる。態々こんな場所に書く必要があるだろうか。
 その文字が彫刻で彫った物ではないのは明らかで、ナイフや先が尖った物で無理矢理書かれた物。人に贈るにしてはあまりにも不自然だった。
 他にもなにかあるのかと缶を軽く振るえば、粉の下から小さな紙片が出てくる。
 はっと春輝がガベルトゥスを見れば、難しい顔をしてオーバンを見ていた。

「いつから具合が悪いんですか? 治癒は?」
「歳ですので、私よりも治すべき人がいると断っております」
「そうですか、いつ頃から?」
「さぁ……いつ……からだっ……たか……」

 骨と皮だけになっている手が大きく震え出し、眼球が忙しなく動く。
 明らかに異常をきたしているオーバンの手にガベルトゥスが触れれば、更に震えが大きくなっていった。
 トビアスと二人、事態をただただ見ていれば、ピタリと震えが止まり、オーバンは春輝を真っ直ぐに見てくる。
 その目に曇りは一切なく、明確な意志が宿っていた。

「ハルキ、様……妹君のこと、誠に、申し訳ありません……でした……全ては私の判断が招いた、こと」

 よろよろとソファから降り、額を床に着けたオーバンは、途切れさせながらも必死に言葉を紡いでいるようだった。
 絶えず口からはポタポタと赤い鮮血が流れ落ち、床をまだらにしていく。

「最後に、お会いできてよかった。伝えられないかと……ガイル様、貴方が、何者かはわかりません……が、どうか、どうかハルキ様を……」

 盛大に咽せ、血を吐き出したオーバンは再び震えが戻る。
 何かを探すように服をあちこ触り、再び缶を取り出したオーバンはそれを鼻から勢いよく吸い、深呼吸を何度も繰り返し顔を上げた。
 その顔には先程までのことがまるでなにもなかったかのように笑みが貼り付けられていた。

「それでは私はこれで」

 綺麗な礼をして部屋を出たオーバンに薄気味悪さを感じ、春輝はうさぎのぬいぐるみを無意識に強く抱きしめた。
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