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53 肖像画の主

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 肖像画に描かれている青年は、今の姿とは勿論違う。髪の色、目の色、年齢も違うのだが、春輝にはガベルトゥスだと言う確信があった。

「そちらの勇者様にご興味が? 当屋敷にある記録によれば、この方は二百年ほど前の勇者様のようです」
「それ以外の情報は?」
「そうですね、この方についてはあまり記録がありません。領地に入られてから暫くして亡くなられているようですので」

 アルバロの説明によれば、勇者は皆短命であるらしい。魔王討伐での精神的疲労や、この世界にはない病気にかかってしまったりと原因は様々なようだ。
 しかしガベルトゥスと思わしき人物は、この屋敷に入り数日のうちに魔力が暴走し亡くなったという。
 驚愕に固まったトビアスに視線を向ければ信じられないと言った風で、とても動揺しているようだった。
 それはそうだろう、ガベルトゥスが魔王であることは確かだ。それが元々は勇者であったとは、到底信じられない話だ。

「明日は屋敷の周りをご案内致します。勇者様方の霊廟もご覧になれますよ」
「そう……」

 アルバロはその後も屋敷を案内したがったが、春輝はそれを断った。対して興味もない屋敷の案内など、今やどうでもいいものだ。
 それよりも、魔王が元は勇者であった事実と、それがガベルトゥス自身だと言うことに意識がいってしまう。
 足早に部屋へと戻った春輝は、豪華に整えられた夕食も断り、誰も朝まで部屋に近づくなと言いつけ籠る。
 今すぐにでもガベルトゥスに問いただしたいと、気持ちが急いてしまう。それはトビアスも同じようだった。

「あの肖像画の人物は……」
「今と色々と違うけど、ガイルで間違いないだろうな」
「なぜ勇者が魔王になど……ハルキ殿はなにか陛下からお聞きになっておられるのですか?」
「俺はなにも聞いてない。アイツが今夜来たら問いただす」

 協力者と言っておきながら隠されていた事実に、春輝は憤りを感じる。
 深い関わりすら持ちながら、こんな重大なことを伝えられていないというのは、なんとも気分が悪い。信用されていない、ということなのだろうか。
 ソファの端で体育座りをした春輝は、足と体の間に挟んだうさぎのぬいぐるみに顔を埋める。
 むしゃくしゃとする感情は膨れるばかりで、抑えられない。今までこんな風に春輝の感情を揺さぶってきた人間はいない。

 ガベルトゥスは春輝を求める時、俺だけの勇者と言うことがある。それだけ春輝自身を求めておきながら、全てを曝け出してはいないガベルトゥスに腹が立つのだろうと、春輝は結論を出した。
 いちかのように全部を曝け出し、全身で春輝を求めてくるのとは違う。ガベルトゥスがそうであったならば、春輝がここまで感情に翻弄されることは無いはずだ。



 ガベルトゥスが姿を現したのは、真夜中より少し過ぎた頃だった。

「遅い」

 うさぎのぬいぐるみに伏せていた顔を上げ、むすりとした表情で文句を言ってくる春輝にガベルトゥスは苦笑しながら近寄る。
 頭を撫でようとすれば、最初の頃のような警戒心に近いものを目に滲ませながら、パシリと頭に伸ばそうとしていた手が叩かれた。
 連日の交わりもあり、ガベルトゥスが姿を表せばイヤな顔をしていたとしても、雰囲気は柔らかいものだったはずた。それがたった一日で何が起こったと言うのか。
 近くに控えるトビアスに視線を向ければ、こちらはこちらで色々な感情が混じり合った目でガベルトゥスを見ていた。

「おいおい、お前達一体何だって言うんだ。ハルキは機嫌が悪いのか?」

 春輝の隣に腰を下ろし、さてどうやって毛を逆立てる風な春輝を宥めるか考えていれば、更に眼光を鋭くした春輝に睨まれる。

「あの肖像画はなんだ」
「肖像画?」
「この屋敷にある肖像画だよ」

 突然肖像画と言われても、なんのことであるか理解ができないガベルトゥスは、首を傾げながら顎髭をなでる。
 その様子に春輝の視線は更に鋭くなるのだが、早く言えと低い声で言われてもわからないものはわからないのだ。

「わからないな、その肖像画が一体なんだって言うんだ」
「あの肖像画は間違いなくお前だろ、ガイル」

 それでも言われている意味がわからないガベルトゥスが首を捻れば、黙っていたトビアスが口を開く。

「陛下は……陛下はかつては勇者であったのですか?」

 そこまで言われガベルトゥスは、あぁ……とやっとなんのことかと理解した。

「確かにそんなこともあったな?」

 はるか昔の話だ。それに肖像画など描かせただろうかと悩むが、記憶は遥か彼方にあり思い出せそうもない。

「全部話せ」

 大昔のつまらない話など軽く流そうとしていたのだが、春輝はそれを許してはくれそうにはなかった。
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