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44 返還の儀

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 それから暫く日が経てば、聖剣を春輝へと再び戻す返還の儀が行われる日となった。
 朝から忙しなく準備がなされ、豪華で窮屈な服を着せられる。ただでさえ息苦しさがある春輝は、詰襟の上から更に装飾をつけられ、息が詰まる。

「よろしいですか」

 準備を終え入室してきたトビアスも、普段の装いとは違い、豪華な服を身に纏っていた。見えない片目は貴族達への配慮か、普段付けない眼帯をつけている。

「へぇ、似合うな。いつもつけてれば良いのに」
「……普段の私はお見苦しかったでしょうか?」
「いや、ただ単に似合うから」

 嬉しそうに笑んだトビアスだったが、すぐに憂い顔へと表情を変化させた。口を開こうとするトビアスを目線だけで抑え、春輝は緩く首を振る。
 ジェンツと遭遇してしまった夜から、悪夢は再び深くなる一方だった。それに加え、ガベルトゥスは一向に姿を現さず、そして悪夢から引き揚げてもくれない。
 そうなると春輝の体調は急激に悪化した。せっかく回復したというのに、核や魔力に翻弄される自身の体に嫌気がさす。
 段々と悪くなる顔色は、今や最高潮となっていた。目の下には連日の寝不足と、削られる精神疲労で色濃い隈ができ、顔色は血の気が引き真っ白だ。それらはいつも不機嫌そうな春輝の表情を更に助長させていた。

「まぁ、あの噂は本当でしたのね」
「ホッパー卿が騎士団から離れ、勇者様の侍従となったと言う話だろう? あの体ではなぁ」
「なんでも、あまりの魔王の恐ろしさに剣を握れないとか……」
「勇者様の顔色を見てみろ、折角の美しい顔が台無しだ」
「まるで幽鬼のよう……怖いですわね」
「アレが勇者では、他国に顔向できんだろう」
「えぇまったく」
「早く領地に押し込んでしまえばいいものを」

 春輝がトビアスを従え返還の儀が行われるホールへと足を踏み入れれば、聞えよがしに招かれた貴族達が囁きだす。やはり領地というのは体のいい厄介払いの場所なのだと、春輝は貴族達の囁き漏れ聞こえる会話に呆れていた。
 玉座の前までたどり着く。久しぶりに見た王やサーシャリアは相変わらず、傲慢さを滲ませていたが、あまりの春輝の変わりように驚いているようだった。

「オーバン、治癒を施してやったらどうだ。これが勇者だとは嘆かわしいぞ」
「本当に、やはり一度壊れてしまったからかしら」

 近づいてくるオーバンをひと睨みした春輝は、鋭い視線を保ったまま玉座に座る王を見る。口端をひくつかせた王に、春輝は治癒など不要だと告げた。
 オーバンは警戒対象だし、なによりもジェンツに触れられてから治癒という物に対して嫌悪感が募るのだ。
 ただでさえ聖剣が手元に戻ってきてしまう事実が苦痛でしかない。この場から早く立ち去りたい春輝は、一秒でも早くこのくだらない儀式とやらを終わらせたいのだ。

「これぐらいどうってことない。それよりも早く始めてくれ」
「人が折角親切にしてやったというのに……はっ! なんと傲慢なことか」
「ハルキ様はせっかちでいらっしゃいますね、ではお望み通りにいたしましょう」

 王を制するように進み出てきたジェンツが、祝詞を唱え始めれば貴族達が一斉に膝をつく。勝手に変換される筈の言葉は、翻訳されて春輝に聞こえることはなかった。
 初めての事態に春輝は首を僅かに傾げる。
 歌のような祝詞をジェンツが唱え終われば、祭壇に置かれていた聖剣が春輝の前まで恭しく運ばれた。

 魔王討伐の激闘でかなり使い込んだような有様になっていた聖剣だが、目の前にあるものはまるで初めてこの見た時のような真新しさがある。とても同じ剣だとは思えなかった。
 手に汗が滲み、震えだしそうなのは、再び元凶ともいえる物を自らの手で取らなければならないからだ。
幾多の視線が春輝に集まり、聖剣を手にする様を見ようと凝視してくる。ちらりとジェンツを見れば、相変わらずの笑みを向けてくるだけだ。
意を決して聖剣の鞘を掴めば、懐かしい重みが手に馴染んだ。それと同時に押し寄せる不快感。

「剣を抜き、掲げ、その刃の煌めきを皆様にお見せください」

 ジェンツに促され、春輝は仕方なく柄に手をかけ引き抜いた。それと同時に襲ってきたのは、頭がパンクしそうなほどの魔力だ。
 この感覚には覚えがある。初めて聖剣を抜いたあの時と同じ感覚だ。だが春輝はそれがなんであるかをガベルトゥスに聞いて知っている。
洗脳するための核を膨大な魔力と共に埋め込まれているのだ。

「本当に最悪だな、くそっ」

 小さく悪態を吐き捨てた春輝は、引き抜いた剣をなんとか掲げてから鞘に戻す。立っていられないほどの衝撃に、膝から崩れ落ちる。

「わが力は、この国のために」

 まるで引きずり出すように、口が勝手に動き言葉を発する。誓うにはあまりに無様な格好だが、内側で暴れまわる物のお陰で意識を保てているのが奇跡に近いほどだった。
 飲み込まれそうになる意識を、口内を噛みなんとか抑える。飲み込まれたら最後、ただ意識を飛ばすだけでは済まないような恐怖が春輝を奮い立たせていた。

「魔王討伐の褒美だ、領地で健やかに過ごすといいぞ。勇者よ」

 尊大に言う王に頭を下げ、足早にホールをあとにする。速足で歩いているはずが、足の悪いトビアスと変わらない、寧ろそれ以下の速度だ。
 聖剣を杖の代わりに使いながら自室へと戻り、トビアス以外の人払いを済ませれば、やっと緊張を解くことができた。

 手にしていることも不快でたまらず、春輝は聖剣を思い切り投げる。ガシャンと鈍い音を立てて床に転がった。
 動悸がより一層激しくなり、頭を殴られるような痛みが春輝を襲う。せり上がってくる物に耐え切れず、吐き出せばそれは大量の赤い血だった。
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