【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

文字の大きさ
上 下
43 / 123

43 夜の遭遇

しおりを挟む
 負傷したトビアスを連れ歩く春輝は、王宮内で更に奇異の目で見られた。口さがない者達は落ちぶれたように見える二人を噂の的にする。

「大丈夫ですかハルキ殿」
「これぐらい慣れてる。それよりお前は大丈夫なのか? アレはお前の部下だったやつらだろ」

 外へと続く回廊のアーチの先、騎士達が剣を振るう音が間近に聞こえる場所。春輝は暇つぶしに当てどもなく歩いていたのだが、いつの間にか騎士団の訓練場の近くまで来てしまっていたのだ。
 気遣うように声を掛けてきた春輝に、トビアスは薄く笑うと視線を騎士達の方へと投げた。

「安全な王都でぬくぬくとしている騎士達は、既に私の部下ではありません。私の部下は、一緒に討伐へ赴いた騎士達だけ。笑えばいいのです、いずれ陛下の恐ろしさを身に染みて感じることになる。そうでしょうハルキ殿」
「俺はいちかを殺した奴らだけ甚振れればいいが……ガイルは違うだろうな。アイツは魔王だし、きっとやりたいようにやるだろ」



 ガベルトゥスにトビアスのことを頼んでから、暫く姿を見せない間に春輝はまた悪夢にさいなまれる日々を送っていた。
 だがその時間は聖剣が無いせいか、もしくはガベルトゥスからの魔力供給のお陰か薄まりつつあった。
 朝日が昇る数時間前に目が覚めた春輝は、再び眠りにつくこともできず、かといって暇を潰す物もない部屋から抜け出し、薄暗い王宮内を一人歩いていた。
 名目上護衛としているのだからトビアスを起こすべきなのだろうが、あまりにも遅い時間のためにそれは躊躇われた。

 さくさくと足音が鳴る毛足の長い絨毯が引かれた廊下を、うさぎのぬいぐるみを抱えたまま歩く。
 昼間とは違い、すれ違う人も居なければ、煩わしい視線もない王宮内は案外居心地が良い。そのままふらふらと中庭へと出ようとした春輝だったが、反対方向から足音が聞こえ足を止めた。

「こんな夜更けにお会いするとは、なんという偶然でしょうか」

 白い法衣を月明りが照らし輝かせる。ジェンツは慈愛に満ちた笑みを浮かべて春輝の側まで寄ってきた。

「私は陛下に呼び出されまして……ついてない日もあると思っていましたが、ハルキ様にお会いできて喜びであふれております」

 じりじりち近づいてくるジェンツに、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるが足は縫い留められたように動かない。

「あまり寝られていないのですか? お顔の色が悪い……」

 そっと顔に手を添えられれば、図書館での時のように体の中の魔力が暴れ出す。両手で顔を掴まれ、ジェンツの瞳がまじまじと覗き込んでくる。
 柔和な表情はそのままに、瞳だけが獲物を見るような獰猛な輝きを放っていた。全身が一気に粟立ち、不快感を全面に押し出してくる。

「……やはり薄まっていますね。やはり媒体がなければこの体には……ふふふ素晴らしい」
「な、にが……」

 ぼやける音と視界に体がぐらつき、いつの間にか春輝は膝を着いてしまっていた。ジェンツがなにか愉快そうに独り言を言っているが、至近距離にいるはずなのに、その言葉を春輝は捉えられない。
 荒ぶる魔力のお陰で血の気は引き、視界も段々と狭まっていく。

「ハルキ殿っ」

 意識が奥底へと沈み込みそうになる寸前。トビアスの声が聞こえ春輝の意識が飛んでしまうのを防いだ。

「おや、お迎えが来ましたね。どうぞゆっくりお休みくださいハルキ様」

 何事もなかったかのように立ち去るジェンツに、春輝の脳は脳震盪を起こしたように未だ揺れている。

「従者であるならばキチンと主人には使えるべきですよ。見なさい、ハルキ様は体調がお悪いようです。少し治癒をしましたが、治るまでに時間がかかります。すぐに部屋へお連れしなさい」
「申し訳ございません、教皇様」
「ではまた、明るいときに。ハルキ様」

 優雅に一礼したジェンツは踵を返す。姿が見えなくなったことで緊張が解けた春輝は、その場に崩れ落ちた。

「ハルキ殿っすぐにお部屋まで運びます」
「……気持ち悪い、吐きそうだ」

 口元に手を当てせりあがってくる物を何とか耐えるが、結局庭先に盛大に吐いてしまった。

「なにがあったのですか、ハルキ殿。治癒を施されたのでは?」
「……治癒、治癒?」

 一体何をされたのか、治癒とはあんなものだっただろうかと春輝は懸命に考えようとするが、春輝の思考は鈍るまま。そんな自信の状態がどこか恐ろしく、気が付けば震えが止まらなくなっていた。
 ただ記憶の片隅に、覗き込まれた際に見たジェンツの瞳が本来の色ではなく、ガラスのように透明で虹色に輝いたことを記憶していた。








*耐えきれず新作「猫耳の護衛騎士」をUPしました。よろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです!
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

魔王様が子供化したので勇者の俺が責任持って育てていたら、いつの間にか溺愛されているみたい

カミヤルイ
BL
顔だけが取り柄の勇者の血を引くジェイミーは、民衆を苦しめていると噂の魔王の討伐を指示され、嫌々家を出た。 ジェイミーの住む村には実害が無い為、噂だけだろうと思っていた魔王は実在し、ジェイミーは為すすべなく倒れそうになる。しかし絶体絶命の瞬間、雷が魔王の身体を貫き、目の前で倒れた。 それでも剣でとどめを刺せない気弱なジェイミーは、魔王の森に来る途中に買った怪しい薬を魔王に使う。 ……あれ?小さくなっちゃった!このまま放っておけないよ! そんなわけで、魔王様が子供化したので子育てスキル0の勇者が連れて帰って育てることになりました。 でも、いろいろありながらも成長していく魔王はなんだかジェイミーへの態度がおかしくて……。 時々シリアスですが、ふわふわんなご都合設定のお話です。 こちらは2021年に創作したものを掲載しています。 初めてのファンタジーで右往左往していたので、設定が甘いですが、ご容赦ください 素敵な表紙は漫画家さんのミミさんにお願いしました。 @Nd1KsPcwB6l90ko

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...