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43 夜の遭遇
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負傷したトビアスを連れ歩く春輝は、王宮内で更に奇異の目で見られた。口さがない者達は落ちぶれたように見える二人を噂の的にする。
「大丈夫ですかハルキ殿」
「これぐらい慣れてる。それよりお前は大丈夫なのか? アレはお前の部下だったやつらだろ」
外へと続く回廊のアーチの先、騎士達が剣を振るう音が間近に聞こえる場所。春輝は暇つぶしに当てどもなく歩いていたのだが、いつの間にか騎士団の訓練場の近くまで来てしまっていたのだ。
気遣うように声を掛けてきた春輝に、トビアスは薄く笑うと視線を騎士達の方へと投げた。
「安全な王都でぬくぬくとしている騎士達は、既に私の部下ではありません。私の部下は、一緒に討伐へ赴いた騎士達だけ。笑えばいいのです、いずれ陛下の恐ろしさを身に染みて感じることになる。そうでしょうハルキ殿」
「俺はいちかを殺した奴らだけ甚振れればいいが……ガイルは違うだろうな。アイツは魔王だし、きっとやりたいようにやるだろ」
ガベルトゥスにトビアスのことを頼んでから、暫く姿を見せない間に春輝はまた悪夢にさいなまれる日々を送っていた。
だがその時間は聖剣が無いせいか、もしくはガベルトゥスからの魔力供給のお陰か薄まりつつあった。
朝日が昇る数時間前に目が覚めた春輝は、再び眠りにつくこともできず、かといって暇を潰す物もない部屋から抜け出し、薄暗い王宮内を一人歩いていた。
名目上護衛としているのだからトビアスを起こすべきなのだろうが、あまりにも遅い時間のためにそれは躊躇われた。
さくさくと足音が鳴る毛足の長い絨毯が引かれた廊下を、うさぎのぬいぐるみを抱えたまま歩く。
昼間とは違い、すれ違う人も居なければ、煩わしい視線もない王宮内は案外居心地が良い。そのままふらふらと中庭へと出ようとした春輝だったが、反対方向から足音が聞こえ足を止めた。
「こんな夜更けにお会いするとは、なんという偶然でしょうか」
白い法衣を月明りが照らし輝かせる。ジェンツは慈愛に満ちた笑みを浮かべて春輝の側まで寄ってきた。
「私は陛下に呼び出されまして……ついてない日もあると思っていましたが、ハルキ様にお会いできて喜びであふれております」
じりじりち近づいてくるジェンツに、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるが足は縫い留められたように動かない。
「あまり寝られていないのですか? お顔の色が悪い……」
そっと顔に手を添えられれば、図書館での時のように体の中の魔力が暴れ出す。両手で顔を掴まれ、ジェンツの瞳がまじまじと覗き込んでくる。
柔和な表情はそのままに、瞳だけが獲物を見るような獰猛な輝きを放っていた。全身が一気に粟立ち、不快感を全面に押し出してくる。
「……やはり薄まっていますね。やはり媒体がなければこの体には……ふふふ素晴らしい」
「な、にが……」
ぼやける音と視界に体がぐらつき、いつの間にか春輝は膝を着いてしまっていた。ジェンツがなにか愉快そうに独り言を言っているが、至近距離にいるはずなのに、その言葉を春輝は捉えられない。
荒ぶる魔力のお陰で血の気は引き、視界も段々と狭まっていく。
「ハルキ殿っ」
意識が奥底へと沈み込みそうになる寸前。トビアスの声が聞こえ春輝の意識が飛んでしまうのを防いだ。
「おや、お迎えが来ましたね。どうぞゆっくりお休みくださいハルキ様」
何事もなかったかのように立ち去るジェンツに、春輝の脳は脳震盪を起こしたように未だ揺れている。
「従者であるならばキチンと主人には使えるべきですよ。見なさい、ハルキ様は体調がお悪いようです。少し治癒をしましたが、治るまでに時間がかかります。すぐに部屋へお連れしなさい」
「申し訳ございません、教皇様」
「ではまた、明るいときに。ハルキ様」
優雅に一礼したジェンツは踵を返す。姿が見えなくなったことで緊張が解けた春輝は、その場に崩れ落ちた。
「ハルキ殿っすぐにお部屋まで運びます」
「……気持ち悪い、吐きそうだ」
口元に手を当てせりあがってくる物を何とか耐えるが、結局庭先に盛大に吐いてしまった。
「なにがあったのですか、ハルキ殿。治癒を施されたのでは?」
「……治癒、治癒?」
一体何をされたのか、治癒とはあんなものだっただろうかと春輝は懸命に考えようとするが、春輝の思考は鈍るまま。そんな自信の状態がどこか恐ろしく、気が付けば震えが止まらなくなっていた。
ただ記憶の片隅に、覗き込まれた際に見たジェンツの瞳が本来の色ではなく、ガラスのように透明で虹色に輝いたことを記憶していた。
*耐えきれず新作「猫耳の護衛騎士」をUPしました。よろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです!
「大丈夫ですかハルキ殿」
「これぐらい慣れてる。それよりお前は大丈夫なのか? アレはお前の部下だったやつらだろ」
外へと続く回廊のアーチの先、騎士達が剣を振るう音が間近に聞こえる場所。春輝は暇つぶしに当てどもなく歩いていたのだが、いつの間にか騎士団の訓練場の近くまで来てしまっていたのだ。
気遣うように声を掛けてきた春輝に、トビアスは薄く笑うと視線を騎士達の方へと投げた。
「安全な王都でぬくぬくとしている騎士達は、既に私の部下ではありません。私の部下は、一緒に討伐へ赴いた騎士達だけ。笑えばいいのです、いずれ陛下の恐ろしさを身に染みて感じることになる。そうでしょうハルキ殿」
「俺はいちかを殺した奴らだけ甚振れればいいが……ガイルは違うだろうな。アイツは魔王だし、きっとやりたいようにやるだろ」
ガベルトゥスにトビアスのことを頼んでから、暫く姿を見せない間に春輝はまた悪夢にさいなまれる日々を送っていた。
だがその時間は聖剣が無いせいか、もしくはガベルトゥスからの魔力供給のお陰か薄まりつつあった。
朝日が昇る数時間前に目が覚めた春輝は、再び眠りにつくこともできず、かといって暇を潰す物もない部屋から抜け出し、薄暗い王宮内を一人歩いていた。
名目上護衛としているのだからトビアスを起こすべきなのだろうが、あまりにも遅い時間のためにそれは躊躇われた。
さくさくと足音が鳴る毛足の長い絨毯が引かれた廊下を、うさぎのぬいぐるみを抱えたまま歩く。
昼間とは違い、すれ違う人も居なければ、煩わしい視線もない王宮内は案外居心地が良い。そのままふらふらと中庭へと出ようとした春輝だったが、反対方向から足音が聞こえ足を止めた。
「こんな夜更けにお会いするとは、なんという偶然でしょうか」
白い法衣を月明りが照らし輝かせる。ジェンツは慈愛に満ちた笑みを浮かべて春輝の側まで寄ってきた。
「私は陛下に呼び出されまして……ついてない日もあると思っていましたが、ハルキ様にお会いできて喜びであふれております」
じりじりち近づいてくるジェンツに、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるが足は縫い留められたように動かない。
「あまり寝られていないのですか? お顔の色が悪い……」
そっと顔に手を添えられれば、図書館での時のように体の中の魔力が暴れ出す。両手で顔を掴まれ、ジェンツの瞳がまじまじと覗き込んでくる。
柔和な表情はそのままに、瞳だけが獲物を見るような獰猛な輝きを放っていた。全身が一気に粟立ち、不快感を全面に押し出してくる。
「……やはり薄まっていますね。やはり媒体がなければこの体には……ふふふ素晴らしい」
「な、にが……」
ぼやける音と視界に体がぐらつき、いつの間にか春輝は膝を着いてしまっていた。ジェンツがなにか愉快そうに独り言を言っているが、至近距離にいるはずなのに、その言葉を春輝は捉えられない。
荒ぶる魔力のお陰で血の気は引き、視界も段々と狭まっていく。
「ハルキ殿っ」
意識が奥底へと沈み込みそうになる寸前。トビアスの声が聞こえ春輝の意識が飛んでしまうのを防いだ。
「おや、お迎えが来ましたね。どうぞゆっくりお休みくださいハルキ様」
何事もなかったかのように立ち去るジェンツに、春輝の脳は脳震盪を起こしたように未だ揺れている。
「従者であるならばキチンと主人には使えるべきですよ。見なさい、ハルキ様は体調がお悪いようです。少し治癒をしましたが、治るまでに時間がかかります。すぐに部屋へお連れしなさい」
「申し訳ございません、教皇様」
「ではまた、明るいときに。ハルキ様」
優雅に一礼したジェンツは踵を返す。姿が見えなくなったことで緊張が解けた春輝は、その場に崩れ落ちた。
「ハルキ殿っすぐにお部屋まで運びます」
「……気持ち悪い、吐きそうだ」
口元に手を当てせりあがってくる物を何とか耐えるが、結局庭先に盛大に吐いてしまった。
「なにがあったのですか、ハルキ殿。治癒を施されたのでは?」
「……治癒、治癒?」
一体何をされたのか、治癒とはあんなものだっただろうかと春輝は懸命に考えようとするが、春輝の思考は鈍るまま。そんな自信の状態がどこか恐ろしく、気が付けば震えが止まらなくなっていた。
ただ記憶の片隅に、覗き込まれた際に見たジェンツの瞳が本来の色ではなく、ガラスのように透明で虹色に輝いたことを記憶していた。
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