【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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35 王都

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 王都観光は三日後に実現した。勇者であると誇示するような煌びやかな衣服を用意されたが、勇者を目の前にした民衆がどんな反応をするか想像した春輝は、断固としてその煌びやかな衣装に袖を通しはしなかった。
 目立つので市井の者が達と同じ服装でいいと言う春輝と、体裁を守りたい侍従側との攻防の末、最終的には貴族のお忍び時によく見られる、簡素ではあるが質の良い衣服が用意され、春輝はほっと息を吐く。

 しかしそれでも納得いかない春輝は、フードが大きめの外套も用意させ、それを目深に被る。
 なんとも怪しさ満点ではあるが、なんといっても春輝の容姿はこの世界では珍しく、召喚時にも凱旋時にも多くの人がその姿を見ているのだ。
 いくら服のグレードを落としたところで、顔が見えてしまえば民衆に取り囲まれるのは目に見えている。当然のようにうさぎのぬいぐるみも抱えているが、こればかりは異様に目立とうが、春輝は置いていくつもりはなかった。

 王宮の裏手からお忍び用の馬車で街へと繰り出す。ガイド役は言い出したオーバンが嘗てでる。
 馬車はゆっくりとした進みで、所謂貴族街と呼ばれる場所を回っていった。家と家の間距離は離れていて、一軒の家でも端から端までは相当な距離があり、どこからどこまでがその家かもわからない。
 そんな街並みをオーバンのガイドを聞き流しながら眺めていれば、馬車は道を緩やかに下って行き、暫くすれば活気溢れる街へと出た。

 石畳で綺麗に舗装された道が続く。よく見れば討伐時に通ったような街や村とは違い、古く歴史を感じられる綺麗な街並みだ。
 王都に結界が張られていて、魔族や魔獣が侵入出来ないというのがありありとわかる。綺麗な街並みは、王都から離れる程に遠ざかる。
王都に住む人々は市井の者も貴族も関係なく、綺麗な鳥かごの中で優雅に暮らす鳥と変わらない。

「このように綺麗な街並みも、歴代の勇者様方が守られてきた証と言えましょう。この国は本当に恵まれています」

各貴族の領地内、それも領主館がある場所以外は、度々起こるスタンピードや魔物達の攻撃の爪痕が残っているというのに。
 恵まれているのはこの場所に住む人間だけではないかと、オーバンに対してつい口を出しそうになるが、春輝は視線を窓の外に向けるだけに留めた。

 賑わう大通りの手前で馬車を降り、街を散策する。様々な店が軒を連ね、人々の顔には笑顔が浮かぶ。
 怪しげな春輝に視線は当然集まるが、心配していたような反応はされなかった。当てどもなく歩みを進める春輝のあとを、オーバンも付けられている護衛の騎士達もなにも言わずについてくる。

 露店や店の窓際に並ぶ物に、興味もないが視線を向けていれば、ふと子供達の人数が回りに増えたことに気が付いた。
 何気なく子供達を視線で辿れば、その先には甘い香りを外まで漂わせているお菓子屋がある。春輝は吸い込まれるようにしてその店のドアを開く。
 カランコロンと可愛らしいドアベルを鳴らしながら店内へと足を踏み入れれば、甘い香りが一層強まった。
店内には所狭しと大小様々な瓶や箱が並べられ、その中にはカラフルで子供が好みそうな菓子が目一杯詰まっていた。
 周りの子供達に混ざり、春輝はつい癖でいちかが好みそうな菓子はどれだろうかと探してしまいハッと我にかえり自嘲気味に口端を僅かに釣り上げた。

 好みそうな物が見つかり買ったとしても、それを渡す相手はこの世にいない。目を輝かせ花が綻ぶような笑みを向ける可愛い妹は、もうどこにも存在しないのだ。
 喪失感に胸を締め付けられる痛みを感じた春輝は、それを振り切ろうと出入りへと体を反転させる。
 だがその時、視界の端に見覚えがある菓子を捉え、春輝は動きを止めそれを凝視した。
 そこにあったのは、討伐に行く前にいちかが春輝へと持たせてくれた菓子だった。
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