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31 ハンネス
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夜明け前まで服の端を春輝に掴まれていたガベルトゥスは、上機嫌で城へと戻っていた。ガベルトゥスが隣にいることで、悪夢からすぐ目覚めることができると安心しているのだろう春輝は、心地よさそうな寝息を立てて寝入っていたのだ。
何度か魘さる春輝をその度に覚醒を促す。目をぼんやりと開け、ガベルトゥスの姿を見ては安堵したように体の強張りを解き、微かに口角を上げる春輝は懐かない野良猫が懐いてきたような反応だ。思わず微笑ましく思ってしまう。
そんな浮ついた気分で薄暗く陰湿な城内を歩き自室へと辿り着けば、その扉の前には側近であるハンネスが待ち構えていた。
「陛下、そんな臭いを纏わせて城内を歩くなど……直ちに湯あみの準備を致します」
心底不愉快そうに顔を歪ませるハンネスに、ガベルトゥスの気分は急降下する。ヒヤリと周りの温度が下がるが、ハンネスは顔色を変えはしない。
長年ガベルトゥスの側にいるだけあり、他の魔族とは異なりなかなかに神経が図太いのだ。その態度も今のガベルトゥスにとって気分を害するものでしかないのだが。
「ハンネス、その前に食事だ。どうせ汚れるのだから湯はその後で良いだろう」
苛立ちながらそう伝えれば、納得がいかないといった表情をし渋々といった様子で礼を取ると準備へと向かっていった。
深い溜め息を吐いたガベルトゥスは、楽しかった余韻がすぐに消えてしまうことに落胆する。魔王業などクソ喰らえと思わなくはないのだが、どの道春輝に余分に与えてしまった分の魔力を補わなければならない。
石でできた回廊を抜け、地下へと続く螺旋階段をハンネスの先導で降りていけば、食糧庫へと辿り着く。
「マオ゛ゥザマ゛ァァァ!!」
血の匂いが充満した食糧庫に明かりが灯されガベルトゥスの姿が映されれば、頑丈な鉄格子の中から魔族達が一斉に歓喜の声を上げ始める。
鼓膜を破らんばかりの不快な雑音にガベルトゥスが眉を顰めれば、ハンネスが手で魔族達を制しピタリと声を止めさせた。
「さぁ陛下、どれから召し上がりますか? 皆魔力量が多い者ばかりですよ」
ニンマリと瞳孔を細め黄色い目を三日月のようにするハンネスを横目に、一歩踏み出しどれにしようか考えたガベルトゥスだがすぐさまその思考を捨てた。
どのみち全てを糧にしなければならないのだ。どれから選んでも腹に収まれば順番など関係がない。
青々とした血に塗れながら、ガベルトゥスは次々に魔族の首に噛みついてはその血を飲み干していく。春輝に分け当てえた以上の魔力が血を介してガベルトゥスに流れ込み満たす。周りには干からびた魔族だった物が溢れかえり山になっていった。
牢に入れられていた魔族の半分を食らったガベルトゥスは、漸く最後の魔族の血を余すことなく啜りきると、興味がなさそうにそれを投げ捨てる。
滴り落ち青い血で汚れたガベルトゥスの体からは人間の臭いは消え去っていた。濃厚な魔族の香りに包まれているガベルトゥスに恍惚とした表情をしたハンネスは、ゆっくりと首元のクラバットを外し、シャツのボタンを開け胸元を曝け出す。
「私もお食べになりますか、陛下」
魔力の大量摂取で酩酊状態に陥っているガベルトゥスを前に、ハンネスは自身の青白い首元を曝け出す。
榛色の目がジッと自身の首筋に向けられ、ハンネスは身を震わせた。
「欲の発散など、態々勇者を使わなくても良いではありませんか。このハンネスがいると言うのに」
ガベルトゥスが勇者である春輝と何をしてきたかをその臭いから感じ取っていた。それはハンネスにとって許しがたいものだ。
ガベルトゥスが魔王として君臨してからというもの、ハンネスは魔族の中で誰よりもガベルトゥスの近くにいる。
そう言った欲の発散に使われたのは遥か遠い過去だが、それでもハンネスは常にガベルトゥスに身も心を捧げていた。
だが今回の勇者を見つけてからというもの、ガベルトゥスは今までと明らかに異なる行動をしているのだ。
長年探し求めてきた者であることは理解している。だがそれは協力者、すなわち駒として扱う者に向けるような物ではないように思えてならなかったのだ。
抱いたことのない不安がチリチリと燻る中で、ガベルトゥスが明らかな情交の臭いを纏わせて帰ってきたとなればハンネスの心中は穏やかではいられなかった。
誘うようにガベルトゥスにねっとりと絡みついたハンネスは、青い血が滴るガベルトゥスの口に自身の唇を重ねようとした。
だがちらりと見上げた先に酷く冷酷な色をしたガベルトゥスの目があり、喉の奥が自然と締まる。
「気分が悪い」
いつの間にかハンネスの頸動脈に手を添えていたガベルトゥスが、徐々にその手に力を籠める。ミシミシと鳴り始めても力が弱まることはない。
息ができず訳もわからず、ハンネスはただただ首を絞められ続けていた。一体何がガベルトゥスの琴線に触れたのか。息もできず脳に回る酸素が無くなりハンネスの思考は鈍くなる。
「っぐっ!がっはぁっはひゅっ」
気が遠のきかけた瞬間解放されたハンネスは、どしゃりと石畳の上に落とされた。潰れかけた喉で必死に呼吸を繰り返す。
ハンネスが漸く息を整えた頃には、食糧庫にガベルトゥスの姿はなかった。
何度か魘さる春輝をその度に覚醒を促す。目をぼんやりと開け、ガベルトゥスの姿を見ては安堵したように体の強張りを解き、微かに口角を上げる春輝は懐かない野良猫が懐いてきたような反応だ。思わず微笑ましく思ってしまう。
そんな浮ついた気分で薄暗く陰湿な城内を歩き自室へと辿り着けば、その扉の前には側近であるハンネスが待ち構えていた。
「陛下、そんな臭いを纏わせて城内を歩くなど……直ちに湯あみの準備を致します」
心底不愉快そうに顔を歪ませるハンネスに、ガベルトゥスの気分は急降下する。ヒヤリと周りの温度が下がるが、ハンネスは顔色を変えはしない。
長年ガベルトゥスの側にいるだけあり、他の魔族とは異なりなかなかに神経が図太いのだ。その態度も今のガベルトゥスにとって気分を害するものでしかないのだが。
「ハンネス、その前に食事だ。どうせ汚れるのだから湯はその後で良いだろう」
苛立ちながらそう伝えれば、納得がいかないといった表情をし渋々といった様子で礼を取ると準備へと向かっていった。
深い溜め息を吐いたガベルトゥスは、楽しかった余韻がすぐに消えてしまうことに落胆する。魔王業などクソ喰らえと思わなくはないのだが、どの道春輝に余分に与えてしまった分の魔力を補わなければならない。
石でできた回廊を抜け、地下へと続く螺旋階段をハンネスの先導で降りていけば、食糧庫へと辿り着く。
「マオ゛ゥザマ゛ァァァ!!」
血の匂いが充満した食糧庫に明かりが灯されガベルトゥスの姿が映されれば、頑丈な鉄格子の中から魔族達が一斉に歓喜の声を上げ始める。
鼓膜を破らんばかりの不快な雑音にガベルトゥスが眉を顰めれば、ハンネスが手で魔族達を制しピタリと声を止めさせた。
「さぁ陛下、どれから召し上がりますか? 皆魔力量が多い者ばかりですよ」
ニンマリと瞳孔を細め黄色い目を三日月のようにするハンネスを横目に、一歩踏み出しどれにしようか考えたガベルトゥスだがすぐさまその思考を捨てた。
どのみち全てを糧にしなければならないのだ。どれから選んでも腹に収まれば順番など関係がない。
青々とした血に塗れながら、ガベルトゥスは次々に魔族の首に噛みついてはその血を飲み干していく。春輝に分け当てえた以上の魔力が血を介してガベルトゥスに流れ込み満たす。周りには干からびた魔族だった物が溢れかえり山になっていった。
牢に入れられていた魔族の半分を食らったガベルトゥスは、漸く最後の魔族の血を余すことなく啜りきると、興味がなさそうにそれを投げ捨てる。
滴り落ち青い血で汚れたガベルトゥスの体からは人間の臭いは消え去っていた。濃厚な魔族の香りに包まれているガベルトゥスに恍惚とした表情をしたハンネスは、ゆっくりと首元のクラバットを外し、シャツのボタンを開け胸元を曝け出す。
「私もお食べになりますか、陛下」
魔力の大量摂取で酩酊状態に陥っているガベルトゥスを前に、ハンネスは自身の青白い首元を曝け出す。
榛色の目がジッと自身の首筋に向けられ、ハンネスは身を震わせた。
「欲の発散など、態々勇者を使わなくても良いではありませんか。このハンネスがいると言うのに」
ガベルトゥスが勇者である春輝と何をしてきたかをその臭いから感じ取っていた。それはハンネスにとって許しがたいものだ。
ガベルトゥスが魔王として君臨してからというもの、ハンネスは魔族の中で誰よりもガベルトゥスの近くにいる。
そう言った欲の発散に使われたのは遥か遠い過去だが、それでもハンネスは常にガベルトゥスに身も心を捧げていた。
だが今回の勇者を見つけてからというもの、ガベルトゥスは今までと明らかに異なる行動をしているのだ。
長年探し求めてきた者であることは理解している。だがそれは協力者、すなわち駒として扱う者に向けるような物ではないように思えてならなかったのだ。
抱いたことのない不安がチリチリと燻る中で、ガベルトゥスが明らかな情交の臭いを纏わせて帰ってきたとなればハンネスの心中は穏やかではいられなかった。
誘うようにガベルトゥスにねっとりと絡みついたハンネスは、青い血が滴るガベルトゥスの口に自身の唇を重ねようとした。
だがちらりと見上げた先に酷く冷酷な色をしたガベルトゥスの目があり、喉の奥が自然と締まる。
「気分が悪い」
いつの間にかハンネスの頸動脈に手を添えていたガベルトゥスが、徐々にその手に力を籠める。ミシミシと鳴り始めても力が弱まることはない。
息ができず訳もわからず、ハンネスはただただ首を絞められ続けていた。一体何がガベルトゥスの琴線に触れたのか。息もできず脳に回る酸素が無くなりハンネスの思考は鈍くなる。
「っぐっ!がっはぁっはひゅっ」
気が遠のきかけた瞬間解放されたハンネスは、どしゃりと石畳の上に落とされた。潰れかけた喉で必死に呼吸を繰り返す。
ハンネスが漸く息を整えた頃には、食糧庫にガベルトゥスの姿はなかった。
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