【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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 暫くして涙を押しとどめた春輝は、うさぎのぬいぐるみを抱いたままガベルトゥスに視線を向ける。だがその時、またもや収まった筈の痛みが春樹の頭を襲ってきた。ガベルトゥスが言っていた通り、聖剣を壊したところでやはり一時凌ぎにしかならないのだろう。

「もう痛み出したか」
「どうやったら収まるんだ、早く教えろ」

 顎に手を当てながら、僅かに考える素振りを見せたガベルトゥスはしかし、次の瞬間にはにやりと笑い、春輝との距離を縮めてきた。

「言うより実践した方が早い、そう思うだろう?」

 有無を言わさぬ勢いでガベルトゥスは再び春輝の唇を塞いでくる。目覚めた時もそうだったが、痛みは確かに和らいでいた。こんなふざけたことがガベルトゥスの言う収まる方法だというのか。
 春輝をベッドに縫い付け拘束し、口内をいいように弄ぶガベルトゥスを睨みつけた春輝は、その舌を思い切り噛んでやった。

「ッ! っとに、じゃじゃ馬だな」
「自業自得だろう、とっとと口で説明しろ」

 春輝の素っ気ない態度に苦笑しながらも、ガベルトゥスは怒る素振りは見せず、寧ろ楽しそうにしている。

「仕方ないな。その洗脳は聖剣から入り込んだ核が原因だ。その核は例え聖剣が破壊されようとも消滅することはない。魔王討伐で剣が折れることもあるからだろうな。所謂保険をかけているわけだ。その核を壊せば洗脳も悪夢も、ついでに押し付けられている魔力も綺麗さっぱりなくなる」
「それはわかった。だけど態々キスする意味がどこにあるんだよ」
「核を壊すのに一番いい方法は、相反する力をぶつけること。つまりは人間が持つ魔力とは別の、魔族の力をぶつければいい。だが直にぶつけて破壊すればお前自身も壊れることになる。一気に壊すのではなく、少しづつ壊さなければ脳が損傷するぞ? 今は、死んだらお互いに困るだろう? 血を飲むのが次に手っ取り早いが魔族の血なんて不味くて飲めたもんじゃない。それに……情緒がないと思わないか?」

 そう言いながら春輝の髪を弄んでくるガベルトゥスの手を横目に、嫌そうに視線を投げるがその手が止まることはない。
 それどころか緩慢な動きで春輝の耳の後ろから首筋を撫でてくる。ごくごつとした大きな手にた肌の奥がざわりと粟立った。

「俺はお前を気に入っている。それこそ仲間に引き入れるくらいにはな。まぁそう言う意味でも気に入ってるんだが」

 くつくつと笑いながら、騎士達から襲われていた場面は良かったと言われ、春輝は思わず渋面を作る。

「俺にはそんな趣味はない」
「そうなのか? それは残念。だったらハルキは…そうだな、人工呼吸とでも思っていればいい。俺は楽しめるし、ハルキは核を壊せる。まさにWIN-WINだろう?」
「クソみたいな提案だな」
「でもお前はこの提案を呑むだろう?」

――復讐のために。
 そう言われてしまえば春輝は確かにガベルトゥスの提案を呑むしかない。だが一人楽し気にしているガベルトゥスには悪いが、春輝自身にはそんな趣味など一切ないのだ。むしろ性欲すらも持ち合わせてはいないといった方が正しい。妹を守ることだけに尽力してきた春輝には、年相応のそういった感情が欠如している。
 愛情は妹ただ一人に向けるもので、当然ながら恋愛などもしたことがない。自身が他人からどう見られているかを正しく理解はしているが、いちか以外からの評価など春輝にとっては無いに等しく、ただただ煩わしいだけだ。

 目の前にいるガベルトゥスもまた、春輝に対してどういったわけかそう言った欲を持っているという。だが他の人々との違いを上げれば、ガベルトゥスに恋愛感情を持たれているわけではないといったところだろうか。
 何がいいのか春輝にはさっぱりわからないが、ガベルトゥスは性欲処理として春輝を使いたいらしかった。春輝は顔立ちが良いとはいえ、ガベルトゥスには劣るが体格はしっかりとしているほうで、決して女性のように線が細いわけでもない。

 春輝を襲ってきた騎士達もそうだが、女を抱いた方がよほどマシではないのかと思わずにはいられない。
 男らしさの中に妙な艶を持ち合わせるガベルトゥスなら引く手あまただろうと本人に言えば、面倒だから下手な人間に手を出したくないと返される。
 手近で信用に足りえる人間の方が好ましいのだと。ガベルトゥスの考えに春輝はいくら言っても仕方がないことだと悟る。どの道ガベルトゥスから与えられる物がなければ、核は壊せはしない。

「とっとと終わらせろ」
「この俺にそんなこと言えるのはお前だけだぞハルキ」
「そうかよ、嬉しくもなんともないな」

 諦めたような態度の春輝にガベルトゥスが再び口づけようとすれば、途端に春輝のお腹が盛大に鳴った。

「……情緒って言葉を知ってるか?」
「目覚めたばっかりの人間に言うことじゃないだろ」

 やれやれと軽く頭を振ったガベルトゥスは、興が削がれたと言うと、春輝の前から姿を消した。静けさが重く圧し掛かるような部屋の中で、春輝は肺の中の空気を全て出すような溜息をついた。
 突然やってきては突然消え、忙しい奴だなと春輝は独り言ちる。だがそのお陰で、春輝は現状を理解できた。いちかが殺されたかもしれない可能性も、洗脳や力のことも。
 何故魔王であるガベルトゥスがそこまで知っているのかも疑問だが、それはおいおい聞けばいいだろう。お腹の音は一度鳴り出したら止まらない。確かに空腹ではあるが、それよりも眠気が勝り、春輝はそのままうさぎのぬいぐるみをまるで妹のように抱きしめると、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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