27 / 123
27 目覚め
しおりを挟む
目が覚めれば異常なまでの喉の渇きと空腹が襲ってきた。脳が正常に動き出そうとしたように、体もそれに反応したのだろう。
ふと、自身が抱き込んでいるうさぎのぬいぐるみを見た春輝は小さく微笑んだ。同時に昨夜の出来事が夢ではなかったのだと実感する。
妹は誰に殺されたのか。今すぐにでも犯人を見つけ八つ裂きにしてやりたいと思うのに、殆ど死んでいるように生きていた春輝は体を思うように動かせなかった。
広いベッドの上を這い、サイドテーブルに置かれたベルに手を伸ばす。存外に重みがあるそれを筋力が落ち、力が入らない手で持てるはずもなく、呆気なくベルは落下した。
チッと舌打ちした春輝だったが、落ちた音に反応したのか部屋の前が騒がしくなり、暫くするとオーバンが部屋へと入ってくる。
「あぁハルキ様! 漸くお目覚めに……!!」
目に涙を溜め走り寄ってきたオーバンに、春輝は警戒心を持ちつつも、それを外に出さないように努めた。ガベルトゥスが言っていることを信じるならば、この城にいる人間のことなど誰一人として信用できない。
特にオーバンはいちかを預けた一人だ。一番警戒してもいい。
そこで春輝は、いちかを託したもう一人の男の姿を帰還してから全く見ていないことに気がついた。
「マルコムは?」
その問いに春輝の手を握っていたオーバンの手に力が篭る。春輝と目を合わせたオーバンは、辛そうに眉根を寄せ話し始めた。
オーバンとは違い、いちかの護衛として常に一緒にいたマルコムは、当然のようにいちかと同じ病に倒れた。だが身分が低いマルコムは当然、治癒を受けることが叶わず、病が悪化して命を落としたのだと。
確かに身分が上の者しか治癒が受けれないのだと聞いてはいたが、勇者である春輝が念を押して預けているの人物をそう簡単に見捨てるだろうか。ガベルトゥスの話を聞いたあとでは、どんな話を聞かされても不信感しか湧き上がってこない。
だが春輝は情報を集めなければならず感情のままに動き、復讐すべき相手に逃げられては意味がないのだ。
うさぎのぬいぐるみを強く抱きしめれば、オーバンはその存在に初めて気が付いたらしく目を丸くした。
「ハルキ様、それはどうしたのですか? ずっとお探しになっていた妹君の物では?」
「目が覚めたらあった。きっと誰かが見つけて置いてくれたんだろう」
「そうでしたか、それは良かったですね」
慈愛に満ちた表情で微笑むオーバンからは、悪意はなにも感じられはしなかった。
ガベルトゥスによって砕かれていた聖剣は、オーバンにあっさりとバレてしまった。
言い訳も何も考えていなかった春輝は当然焦ったのだが、魔王討伐の影響で砕けたのだろうと結論づけられ、特に不振がられはしなかった。
聞けば歴代の勇者達が扱ってきた聖剣も、激しい戦闘で摩耗し折れてしまったりすることがあったと言うのだ。そうなってしまった聖剣は鍛え直され、勇者に下賜される。
そこまで聞いて春輝は首を傾げた。何故なら聖剣と聞いてから、春輝はこの剣を世界に唯一無二の物だと思い込んでいたからだ。元の世界ではゲームなどに出てくる聖剣と名の付くものはそんなものだった。
しかしこの世界で聖剣と呼ばれる物は、教皇が神に祈りを捧げ、力が宿った剣のことを指す。
勇者召喚が決まれば最高峰の加治職人によって剣が造られ、教皇によって祈りが捧げらる。勇者の数だけ聖剣があると言うわけだ。
「歴代の勇者の剣か……それは勇者が死んだあとはどうなるんだ? どこかに保管されるとか?」
「聖剣にご興味が? 残念ながら、聖剣は勇者様と共に霊廟に納められてしまうので、見ることはできないのですよ」
「へぇ……」
「勇者様の霊廟はハルキ様が陛下より賜った領地にあります。王族の次に立派な霊廟ですよ」
オーバンは歴代の勇者が収めてきた領地について嬉々として話す。どれだけ豊かで、どれだけ良い場所であるのか。
王の直轄領であるそこは、勇者が亡くなれば王へと返上される。勇者が居ない間は王家がそこを管理維持するのだとか。そこでふと、春輝はまた頭を捻った。
「勇者がこっちで家族を作った場合はどうなるんだ? 貴族なら世襲するだろ?」
「勇者という称号は一代限り、異世界より招いた方にのみ贈られる称号です。ですので世襲はできないんですよ。領地も陛下の直轄地ですから余計にというのもありますでしょう」
「面倒なことだな、残された奴らが可哀そうだ」
「そうですね……しかし歴代の勇者様方は皆家族を作られませんでしたから、残される者は誰もいないのですよ」
――何故? そう出掛かった言葉を春輝は寸前で飲み込んだ。頭の後ろを撫でられるような不快な感覚が、この先の質問をしてはいけないというような警告に感じたのだ。今だ春輝の中に残るという核のせいだろうか。
春輝は深く溜息を吐いたあと、話題を逸らすために食事を持ってきてもらうことにした。実際に起きてから水しか口にいていない春輝の空腹は限界だったのだ。
オーバンの話を忘れないように頭で反芻しつつ、ガベルトゥスに報告すべきであろうことを纏めていった。
ふと、自身が抱き込んでいるうさぎのぬいぐるみを見た春輝は小さく微笑んだ。同時に昨夜の出来事が夢ではなかったのだと実感する。
妹は誰に殺されたのか。今すぐにでも犯人を見つけ八つ裂きにしてやりたいと思うのに、殆ど死んでいるように生きていた春輝は体を思うように動かせなかった。
広いベッドの上を這い、サイドテーブルに置かれたベルに手を伸ばす。存外に重みがあるそれを筋力が落ち、力が入らない手で持てるはずもなく、呆気なくベルは落下した。
チッと舌打ちした春輝だったが、落ちた音に反応したのか部屋の前が騒がしくなり、暫くするとオーバンが部屋へと入ってくる。
「あぁハルキ様! 漸くお目覚めに……!!」
目に涙を溜め走り寄ってきたオーバンに、春輝は警戒心を持ちつつも、それを外に出さないように努めた。ガベルトゥスが言っていることを信じるならば、この城にいる人間のことなど誰一人として信用できない。
特にオーバンはいちかを預けた一人だ。一番警戒してもいい。
そこで春輝は、いちかを託したもう一人の男の姿を帰還してから全く見ていないことに気がついた。
「マルコムは?」
その問いに春輝の手を握っていたオーバンの手に力が篭る。春輝と目を合わせたオーバンは、辛そうに眉根を寄せ話し始めた。
オーバンとは違い、いちかの護衛として常に一緒にいたマルコムは、当然のようにいちかと同じ病に倒れた。だが身分が低いマルコムは当然、治癒を受けることが叶わず、病が悪化して命を落としたのだと。
確かに身分が上の者しか治癒が受けれないのだと聞いてはいたが、勇者である春輝が念を押して預けているの人物をそう簡単に見捨てるだろうか。ガベルトゥスの話を聞いたあとでは、どんな話を聞かされても不信感しか湧き上がってこない。
だが春輝は情報を集めなければならず感情のままに動き、復讐すべき相手に逃げられては意味がないのだ。
うさぎのぬいぐるみを強く抱きしめれば、オーバンはその存在に初めて気が付いたらしく目を丸くした。
「ハルキ様、それはどうしたのですか? ずっとお探しになっていた妹君の物では?」
「目が覚めたらあった。きっと誰かが見つけて置いてくれたんだろう」
「そうでしたか、それは良かったですね」
慈愛に満ちた表情で微笑むオーバンからは、悪意はなにも感じられはしなかった。
ガベルトゥスによって砕かれていた聖剣は、オーバンにあっさりとバレてしまった。
言い訳も何も考えていなかった春輝は当然焦ったのだが、魔王討伐の影響で砕けたのだろうと結論づけられ、特に不振がられはしなかった。
聞けば歴代の勇者達が扱ってきた聖剣も、激しい戦闘で摩耗し折れてしまったりすることがあったと言うのだ。そうなってしまった聖剣は鍛え直され、勇者に下賜される。
そこまで聞いて春輝は首を傾げた。何故なら聖剣と聞いてから、春輝はこの剣を世界に唯一無二の物だと思い込んでいたからだ。元の世界ではゲームなどに出てくる聖剣と名の付くものはそんなものだった。
しかしこの世界で聖剣と呼ばれる物は、教皇が神に祈りを捧げ、力が宿った剣のことを指す。
勇者召喚が決まれば最高峰の加治職人によって剣が造られ、教皇によって祈りが捧げらる。勇者の数だけ聖剣があると言うわけだ。
「歴代の勇者の剣か……それは勇者が死んだあとはどうなるんだ? どこかに保管されるとか?」
「聖剣にご興味が? 残念ながら、聖剣は勇者様と共に霊廟に納められてしまうので、見ることはできないのですよ」
「へぇ……」
「勇者様の霊廟はハルキ様が陛下より賜った領地にあります。王族の次に立派な霊廟ですよ」
オーバンは歴代の勇者が収めてきた領地について嬉々として話す。どれだけ豊かで、どれだけ良い場所であるのか。
王の直轄領であるそこは、勇者が亡くなれば王へと返上される。勇者が居ない間は王家がそこを管理維持するのだとか。そこでふと、春輝はまた頭を捻った。
「勇者がこっちで家族を作った場合はどうなるんだ? 貴族なら世襲するだろ?」
「勇者という称号は一代限り、異世界より招いた方にのみ贈られる称号です。ですので世襲はできないんですよ。領地も陛下の直轄地ですから余計にというのもありますでしょう」
「面倒なことだな、残された奴らが可哀そうだ」
「そうですね……しかし歴代の勇者様方は皆家族を作られませんでしたから、残される者は誰もいないのですよ」
――何故? そう出掛かった言葉を春輝は寸前で飲み込んだ。頭の後ろを撫でられるような不快な感覚が、この先の質問をしてはいけないというような警告に感じたのだ。今だ春輝の中に残るという核のせいだろうか。
春輝は深く溜息を吐いたあと、話題を逸らすために食事を持ってきてもらうことにした。実際に起きてから水しか口にいていない春輝の空腹は限界だったのだ。
オーバンの話を忘れないように頭で反芻しつつ、ガベルトゥスに報告すべきであろうことを纏めていった。
11
お気に入りに追加
366
あなたにおすすめの小説

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる