【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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27 目覚め

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 目が覚めれば異常なまでの喉の渇きと空腹が襲ってきた。脳が正常に動き出そうとしたように、体もそれに反応したのだろう。
 ふと、自身が抱き込んでいるうさぎのぬいぐるみを見た春輝は小さく微笑んだ。同時に昨夜の出来事が夢ではなかったのだと実感する。
 妹は誰に殺されたのか。今すぐにでも犯人を見つけ八つ裂きにしてやりたいと思うのに、殆ど死んでいるように生きていた春輝は体を思うように動かせなかった。

 広いベッドの上を這い、サイドテーブルに置かれたベルに手を伸ばす。存外に重みがあるそれを筋力が落ち、力が入らない手で持てるはずもなく、呆気なくベルは落下した。
 チッと舌打ちした春輝だったが、落ちた音に反応したのか部屋の前が騒がしくなり、暫くするとオーバンが部屋へと入ってくる。

「あぁハルキ様! 漸くお目覚めに……!!」

 目に涙を溜め走り寄ってきたオーバンに、春輝は警戒心を持ちつつも、それを外に出さないように努めた。ガベルトゥスが言っていることを信じるならば、この城にいる人間のことなど誰一人として信用できない。
 特にオーバンはいちかを預けた一人だ。一番警戒してもいい。
 そこで春輝は、いちかを託したもう一人の男の姿を帰還してから全く見ていないことに気がついた。

「マルコムは?」

 その問いに春輝の手を握っていたオーバンの手に力が篭る。春輝と目を合わせたオーバンは、辛そうに眉根を寄せ話し始めた。
 オーバンとは違い、いちかの護衛として常に一緒にいたマルコムは、当然のようにいちかと同じ病に倒れた。だが身分が低いマルコムは当然、治癒を受けることが叶わず、病が悪化して命を落としたのだと。

 確かに身分が上の者しか治癒が受けれないのだと聞いてはいたが、勇者である春輝が念を押して預けているの人物をそう簡単に見捨てるだろうか。ガベルトゥスの話を聞いたあとでは、どんな話を聞かされても不信感しか湧き上がってこない。
 だが春輝は情報を集めなければならず感情のままに動き、復讐すべき相手に逃げられては意味がないのだ。
 うさぎのぬいぐるみを強く抱きしめれば、オーバンはその存在に初めて気が付いたらしく目を丸くした。

「ハルキ様、それはどうしたのですか? ずっとお探しになっていた妹君の物では?」
「目が覚めたらあった。きっと誰かが見つけて置いてくれたんだろう」
「そうでしたか、それは良かったですね」

 慈愛に満ちた表情で微笑むオーバンからは、悪意はなにも感じられはしなかった。



 ガベルトゥスによって砕かれていた聖剣は、オーバンにあっさりとバレてしまった。
 言い訳も何も考えていなかった春輝は当然焦ったのだが、魔王討伐の影響で砕けたのだろうと結論づけられ、特に不振がられはしなかった。
 聞けば歴代の勇者達が扱ってきた聖剣も、激しい戦闘で摩耗し折れてしまったりすることがあったと言うのだ。そうなってしまった聖剣は鍛え直され、勇者に下賜される。

 そこまで聞いて春輝は首を傾げた。何故なら聖剣と聞いてから、春輝はこの剣を世界に唯一無二の物だと思い込んでいたからだ。元の世界ではゲームなどに出てくる聖剣と名の付くものはそんなものだった。
 しかしこの世界で聖剣と呼ばれる物は、教皇が神に祈りを捧げ、力が宿った剣のことを指す。
 勇者召喚が決まれば最高峰の加治職人によって剣が造られ、教皇によって祈りが捧げらる。勇者の数だけ聖剣があると言うわけだ。

「歴代の勇者の剣か……それは勇者が死んだあとはどうなるんだ? どこかに保管されるとか?」
「聖剣にご興味が? 残念ながら、聖剣は勇者様と共に霊廟に納められてしまうので、見ることはできないのですよ」
「へぇ……」
「勇者様の霊廟はハルキ様が陛下より賜った領地にあります。王族の次に立派な霊廟ですよ」

 オーバンは歴代の勇者が収めてきた領地について嬉々として話す。どれだけ豊かで、どれだけ良い場所であるのか。
 王の直轄領であるそこは、勇者が亡くなれば王へと返上される。勇者が居ない間は王家がそこを管理維持するのだとか。そこでふと、春輝はまた頭を捻った。

「勇者がこっちで家族を作った場合はどうなるんだ? 貴族なら世襲するだろ?」
「勇者という称号は一代限り、異世界より招いた方にのみ贈られる称号です。ですので世襲はできないんですよ。領地も陛下の直轄地ですから余計にというのもありますでしょう」
「面倒なことだな、残された奴らが可哀そうだ」
「そうですね……しかし歴代の勇者様方は皆家族を作られませんでしたから、残される者は誰もいないのですよ」

――何故? そう出掛かった言葉を春輝は寸前で飲み込んだ。頭の後ろを撫でられるような不快な感覚が、この先の質問をしてはいけないというような警告に感じたのだ。今だ春輝の中に残るという核のせいだろうか。
 春輝は深く溜息を吐いたあと、話題を逸らすために食事を持ってきてもらうことにした。実際に起きてから水しか口にいていない春輝の空腹は限界だったのだ。

 オーバンの話を忘れないように頭で反芻しつつ、ガベルトゥスに報告すべきであろうことを纏めていった。
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