25 / 123
25 取引
しおりを挟む
「どうだ、信じる気になったか? だが剣を壊しただけじゃ、お前の中に入り込んだものは消えん。核が埋め込まれてるからな。暫くすれば元通りになるだろうよ」
折角不快感と耐えがたい痛みが消えたと言うのに、またそれが襲ってくるのかと考えただけでも気分が滅入る。
「どうしたらいいか教えろ」
「教えてもいい。が、ハルキが俺と手を組んでくれるならだ。勿論お前が復讐をするのに手も貸そう。お互いいいことづくめだろう?」
そう提案してくるガベルトゥスに、春輝は少しだけ悩むが、答えはすぐにでた。ガベルトゥスの言うことを全て信用したわけではない。何故ならガベルトゥスもこの世界の住人だからだ。
ガベルトゥスが悪夢から毎夜救い上げてくれていたのは本当であるし、なによりいちかがこの国の者達に本当に殺されたのならば、魔王の力を借りるに越したことはない。
もしもそうではなかった場合、春輝が生きている意味は当然なく、すぐにでも自ら死を選べばいいだけだ。
「……手を組む」
「そうか、そうか。あぁやっとだ、二百年も待った甲斐がある」
心底嬉しそうにするガベルトゥスを見ながら、春輝は倦怠感から目を閉じようとしたが、それは叶わなかった。
「手を組んでくれたお礼に、お前の大事な物を渡してやろう」
閉じかけた目を開けるとそこには、記憶の中の物より少し薄汚れた、元は真っ白なうさぎのぬいぐるみがあった。
「これ……どこで」
「捨て置かれていた物をこっそり回収しておいたのさ。俺は協力者には優しいからな」
「俺が手を組まなかったらどうするつもりだったんだ」
「これを使ってお前を脅すか、それも駄目ならそこら辺に捨てるだけだ」
「……どこを探しても無かったんだ……あぁ、良かった」
春輝はうさぎのぬいぐるみをガベルトゥスから受け取ると、それを抱きしめる。
いちかがもっと小さい時に買い与えたこのぬいぐるみは、いちかが春輝の次に大事にしていた物だ。片時も手放そうとはせず、いちかは常にこのぬいぐるみと一緒だった。
だが、今このぬいぐるみを抱きしめてもいちかの温もりも、匂いを感じることもできない。そのことに妹がもう存在していないのだと改めて実感してしまい、春輝の胸は軋む。
うさぎの背中側にあるファスナーを下ろし、中に入っている小さなケースを春輝は取り出した。中にはいちかが一人の時でも寂しくないようにと、二人で撮った写真が収められている。
写真の中で笑ういちかの顔を見た春輝は、妹を亡くしてから初めて涙を流した。
ガベルトゥスは静かに涙を流す春輝に言葉をかけることもなく、その涙が止まるのを静かに待っていた。長い時を過ごす中で、ガベルトゥスは誰かを想うこともなければ、誰かに心動かされることなどなくなっていた。
かつてはあった筈の怒りも、野望すらも全てが無くなっていたのだ。しかし春輝が妹と共に召喚されたと聞いて久々に感じた感情と、直感のようなものは正しかった。
好き勝手に異世界から人を呼び寄せ、使い潰すこの国には嫌気が差していた。だがどうしても、ガベルトゥス一人では国を潰すことができなかった。
少しづつ力を溜めたが、王都には厳重な結界が張られていて、ガベルトゥス自身が入り込むことも、魔物を入り込ませることも叶わなかった。なにより定期的に送られてくる勇者に力を削がれるのだ。その度に再度力を蓄えていれば再び勇者がやってくる。ガベルトゥスが気力を失ってしまうのも当然のことだった。
協力者を求めようにも、勇者は皆完全に洗脳された状態でガベルトゥスに挑んでくる。誰も耳を傾けず、そして誰もガベルトゥスの望むような怒りを内には秘めていない。
だが春輝だけは別だった。聖剣による洗脳が不完全だったのだ。春輝の洗脳が不完全だったのは、妹の存在が大いに関係している。
潜在意識の奥深い所にまで根付いている妹へ対する強い気持ちが、洗脳を最後まで完了させない最後の砦だったのだ。
そのせいで春輝の悪夢はより酷かったのだが、その隙があったからこそガベルトゥスが春輝の夢へと渡れてもいた。洗脳されきった者の夢へは何度試しても渡れたことはない。そして洗脳されきっていないからこそできている隙を利用し、魔王城での戦いのさなかで春輝から血を舐めとった際に印を付けることができた。そのお陰で夢ではなく、こうして実態としてガベルトゥスが王宮内に侵入できているのだ。
完全に信用されていないのだろうとはわかっているが、それでも協力者が得られたことは喜ばしかった。春輝のいちかへの思いの深さは充分理解している。その重すぎる愛故に、お互いの利害が一致している間、春輝がガベルトゥスを裏切らないだろうということも。
協力者として春輝はとても好ましい。春輝の見目が良いこともきっと有利に運ぶこともあるはずだ。ガベルトゥスはパタパタと涙が落ちる微かな音を聞きながら、うっそりと笑みを浮かべ一人高揚感を高ぶらせていた。
折角不快感と耐えがたい痛みが消えたと言うのに、またそれが襲ってくるのかと考えただけでも気分が滅入る。
「どうしたらいいか教えろ」
「教えてもいい。が、ハルキが俺と手を組んでくれるならだ。勿論お前が復讐をするのに手も貸そう。お互いいいことづくめだろう?」
そう提案してくるガベルトゥスに、春輝は少しだけ悩むが、答えはすぐにでた。ガベルトゥスの言うことを全て信用したわけではない。何故ならガベルトゥスもこの世界の住人だからだ。
ガベルトゥスが悪夢から毎夜救い上げてくれていたのは本当であるし、なによりいちかがこの国の者達に本当に殺されたのならば、魔王の力を借りるに越したことはない。
もしもそうではなかった場合、春輝が生きている意味は当然なく、すぐにでも自ら死を選べばいいだけだ。
「……手を組む」
「そうか、そうか。あぁやっとだ、二百年も待った甲斐がある」
心底嬉しそうにするガベルトゥスを見ながら、春輝は倦怠感から目を閉じようとしたが、それは叶わなかった。
「手を組んでくれたお礼に、お前の大事な物を渡してやろう」
閉じかけた目を開けるとそこには、記憶の中の物より少し薄汚れた、元は真っ白なうさぎのぬいぐるみがあった。
「これ……どこで」
「捨て置かれていた物をこっそり回収しておいたのさ。俺は協力者には優しいからな」
「俺が手を組まなかったらどうするつもりだったんだ」
「これを使ってお前を脅すか、それも駄目ならそこら辺に捨てるだけだ」
「……どこを探しても無かったんだ……あぁ、良かった」
春輝はうさぎのぬいぐるみをガベルトゥスから受け取ると、それを抱きしめる。
いちかがもっと小さい時に買い与えたこのぬいぐるみは、いちかが春輝の次に大事にしていた物だ。片時も手放そうとはせず、いちかは常にこのぬいぐるみと一緒だった。
だが、今このぬいぐるみを抱きしめてもいちかの温もりも、匂いを感じることもできない。そのことに妹がもう存在していないのだと改めて実感してしまい、春輝の胸は軋む。
うさぎの背中側にあるファスナーを下ろし、中に入っている小さなケースを春輝は取り出した。中にはいちかが一人の時でも寂しくないようにと、二人で撮った写真が収められている。
写真の中で笑ういちかの顔を見た春輝は、妹を亡くしてから初めて涙を流した。
ガベルトゥスは静かに涙を流す春輝に言葉をかけることもなく、その涙が止まるのを静かに待っていた。長い時を過ごす中で、ガベルトゥスは誰かを想うこともなければ、誰かに心動かされることなどなくなっていた。
かつてはあった筈の怒りも、野望すらも全てが無くなっていたのだ。しかし春輝が妹と共に召喚されたと聞いて久々に感じた感情と、直感のようなものは正しかった。
好き勝手に異世界から人を呼び寄せ、使い潰すこの国には嫌気が差していた。だがどうしても、ガベルトゥス一人では国を潰すことができなかった。
少しづつ力を溜めたが、王都には厳重な結界が張られていて、ガベルトゥス自身が入り込むことも、魔物を入り込ませることも叶わなかった。なにより定期的に送られてくる勇者に力を削がれるのだ。その度に再度力を蓄えていれば再び勇者がやってくる。ガベルトゥスが気力を失ってしまうのも当然のことだった。
協力者を求めようにも、勇者は皆完全に洗脳された状態でガベルトゥスに挑んでくる。誰も耳を傾けず、そして誰もガベルトゥスの望むような怒りを内には秘めていない。
だが春輝だけは別だった。聖剣による洗脳が不完全だったのだ。春輝の洗脳が不完全だったのは、妹の存在が大いに関係している。
潜在意識の奥深い所にまで根付いている妹へ対する強い気持ちが、洗脳を最後まで完了させない最後の砦だったのだ。
そのせいで春輝の悪夢はより酷かったのだが、その隙があったからこそガベルトゥスが春輝の夢へと渡れてもいた。洗脳されきった者の夢へは何度試しても渡れたことはない。そして洗脳されきっていないからこそできている隙を利用し、魔王城での戦いのさなかで春輝から血を舐めとった際に印を付けることができた。そのお陰で夢ではなく、こうして実態としてガベルトゥスが王宮内に侵入できているのだ。
完全に信用されていないのだろうとはわかっているが、それでも協力者が得られたことは喜ばしかった。春輝のいちかへの思いの深さは充分理解している。その重すぎる愛故に、お互いの利害が一致している間、春輝がガベルトゥスを裏切らないだろうということも。
協力者として春輝はとても好ましい。春輝の見目が良いこともきっと有利に運ぶこともあるはずだ。ガベルトゥスはパタパタと涙が落ちる微かな音を聞きながら、うっそりと笑みを浮かべ一人高揚感を高ぶらせていた。
11
お気に入りに追加
366
あなたにおすすめの小説
魔王様が子供化したので勇者の俺が責任持って育てたらいつの間にか溺愛されてるみたい
カミヤルイ
BL
顔だけが取り柄の勇者の血を引くジェイミーは、民衆を苦しめていると噂の魔王の討伐を指示され、嫌々家を出た。
ジェイミーの住む村には実害が無い為、噂だけだろうと思っていた魔王は実在し、ジェイミーは為すすべなく倒れそうになる。しかし絶体絶命の瞬間、雷が魔王の身体を貫き、目の前で倒れた。
それでも剣でとどめを刺せない気弱なジェイミーは、魔王の森に来る途中に買った怪しい薬を魔王に使う。
……あれ?小さくなっちゃった!このまま放っておけないよ!
そんなわけで、魔王様が子供化したので子育てスキル0の勇者が連れて帰って育てることになりました。
でも、いろいろありながらも成長していく魔王はなんだかジェイミーへの態度がおかしくて……。
時々シリアスですが、ふわふわんなご都合設定のお話です。
こちらは2021年に創作したものを掲載しています。
初めてのファンタジーで右往左往していたので、設定が甘いですが、ご容赦ください
素敵な表紙は漫画家さんのミミさんにお願いしました。
@Nd1KsPcwB6l90ko
アンチに悩んでいた高校生インフルエンサーのおれ、どうやらヤバい奴に相談してしまったようです
大圃(おおはた)
BL
高校生ながら動画で有名になっているふたりのインフルエンサーのお話。
執着攻めの短編。キスまでのゆるーいBLです。
【あらすじ】
歌やダンスが得意で小さな事務所に所属している高校生インフルエンサーの相野陽向(16)は急に増えたアンチコメントと誹謗中傷に頭を悩ませている。幼馴染から「ほかのクラスに個人でやってる弾き語り系の配信者がいる」と聞いた陽向は5組の南海斗(16)のもとを訪れ、アンチについて相談。しっかり対応してくれた彼といっしょにコラボ動画を撮るなど、次第に仲良くなっていくふたりだが、ある日、陽向は屋上で海斗に関する衝撃の事実を知ってしまい――。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
[完結]嫁に出される俺、政略結婚ですがなんかイイ感じに収まりそうです。
BBやっこ
BL
実家は商家。
3男坊の実家の手伝いもほどほど、のんべんだらりと暮らしていた。
趣味の料理、読書と交友関係も少ない。独り身を満喫していた。
そのうち、結婚するかもしれないが大した理由もないんだろうなあ。
そんなおれに両親が持ってきた結婚話。というか、政略結婚だろ?!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった
ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。
生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。
本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。
だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか…
どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。
大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる