【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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19 マルコム

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「くそっ!! 早くあの衛兵とガキを捕まえろ!」

 王宮の一角にある広大な庭に怒号が響き渡る。綺麗な芝生は騎士達によって踏み荒らされ、土が捲り上がっていた。

「大きな声を出さないで頂戴な」
「申し訳ありません殿下」
「わかればいいのよ。それよりも、早くあの子を始末して。でないとハルキ様が帰ってきてしまうわ」

 サーシャリアはそれだけ自身の護衛騎士に言うと、侍女達を引き連れ王宮へと戻っていく。その顔はやけに上機嫌だ。
 筆頭護衛騎士であるサイモン・ユラーはサーシャリアの機嫌を損ねないために、自身もすぐさま指示を出した騎士達を追いかけた。



 口周りと胸元を真っ赤に染め上げたいちかを抱えたマルコムは、必死に広い庭の中を走っていた。
 木々に紛れるように林に体を滑り込ませ、更に奥へと進む。後ろからは絶えず追いかけて来る騎士の足跡が聞こえている。
 苦しそうにするいちかは、咳をする度にその小さな口から鮮血を零した。
 サーシャリアにまたしても茶会に呼ばれ、マルコムといちかは警戒をしながらお茶の席へと向かった。
 前回とは異なる場所で、前回と同様にテーブルに広げられた菓子。いちかはうさぎのぬいぐるみを強く抱きしめながらも席に着き、不敬だと言われないように努めた。
 痛いことは嫌だし、回避できるならした方が良いに決まっている。いちかは引き攣りそうになる顔でなんとかサーシャリアと会話をし、前回は食べられなかった菓子を無理やり口へと運び飲み込んでいた。
 周りからの無言の圧は凄まじい。
 マルコムはそんな中賢明に耐え、サーシャリアと対峙するいちかを哀れに思うと同時に、自身のふがいなさに歯噛みしていた。

 優雅なお茶会はゆっくりと続いていたが、それは突然幕を閉じた。それまで必死に笑っていたいちかが急に立ち上がると、奇声発しながらテーブルクロスを引っ張り、凄まじい音を立てながら並べられたいた物を全て地面に落としたのだ。
 苦悶の表情を浮かべながら藻掻き苦しむいちかを見たマルコムはいちかの側に駆け寄った。
 縋る様な目で見られたと思った瞬間、いちかの口から鮮血があふれ出たのだ。驚愕に見開いたマルコムは、必死に周りに助けを求めた。
 だが誰一人として、その場から動いてはいなかった。視線だけは皆いちかとマルコムに注がれている。
 その異様さにサーシャリアを見れば、その口元は歪な弧を描いていたのだ。一瞬にして危険を感じ取ったマルコムは、片足を踏み出そうとしたサイモン目掛けて土を投げ目つぶしをすると、その場から駆け出しのだ。

 じわじわとドレスに広がる血の跡にマルコムはいちかの体を守るように抱きしめる。力なく抱えられているうさぎのぬいぐるみも赤く染まっていた。
 姿勢を低く保ったまま、騎士達から距離を少しづつ取り、林とは反対側の生垣までなんとか来ることができた。
 そのまま生垣沿いに歩き、ツタに覆われた場所まで来る。一見ただの壁に見えるのだが、少し奥まで行けば隠された扉が出てくる。
 途中で分岐する通路の先は外部と繋がっている。この扉を使い衛兵達は外泊許可を取らずに出入りをしていた。マルコムもこの通路を使ったことがあり、今はその経験に感謝した。
 段々と息が小さくなっていくいちかに肝を冷やしながら、マルコムはオーバンが居る教会へと懸命に走った。

「オーバン様! オーバン様!!」

 転がり込むように教会の裏手から中へと入り込んだマルコムは、居るであろうオーバンを大声で呼ぶ。
 教会には日中だというのに人影はない。通常ではあり得ないことなのだが、興奮状態にあるマルコムはその違和感に気が付かなかった。
 聖堂内に反響するマルコムの声に答えるようにオーバンが姿を現し、マルコムは体から幾分か力を抜いた。

「オーバン様! イチカ様に治癒を! サーシャリア様が毒を盛ったのです!!」

 涙目になりながら必死に訴えるマルコムに微笑んだオーバンは、ゆっくりといちかを受け取った。

「オーバン様?」

 いちかを受け取ったまま動こうとしないオーバンに、マルコムは訝し気に眉を寄せる。

「ご苦労様でした、マルコム」

 オーバンの言葉の意味を理解するよりも先に体に衝撃が加わる。何が起きたのかわからぬまま体を見れば、長い剣が自身の体を突き破っていた。
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