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18 帰路

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 冷たく湿った空気に目を覚ました春輝は、全身を駆け巡る激痛に苦悶の表情を浮かべた。あまりの痛さに声すらも出せない春輝は、目線だけを動かし周りを見る。
 大量の瓦礫が目に入り、未だに魔王城に居るということが認識できた。近くには騎士達の死体が無数に転がり、魔王との戦いが壮絶であったことを思い出す。

「ハルキ殿、起きられましたか」
「どれぐらい寝てた」
「おそらく半日か、一日か。ここも日の光が届かないようで正確にはなんとも」

 ちらりとトビアスを見れば甲冑を脱いでおり、体のあちこちに巻いた布からは血が滲んでいる。春輝はトビアスとハンネスの戦闘を見てはいないが、これだけ騎士が周りで死んでいるのだから、トビアスの方も相当に苦戦したに違いなかった。
 ふと、自身の体にも布が至る所に巻かれていることに気が付いた春輝はその上を手で触り、痛みに顔を顰める。

「治癒師が生きていればよかったんですが……」
「生きてただけでマシだろ」
「そうですね、これで誓いを果たせます。必ず城までハルキ殿を連れて帰りますよ」
「……そうしてくれ。ただ歩けそうにない」
「大丈夫です、私が背負って行きます。森の外に出れば置いて来た荷車もあるでしょうし」
「魔族と魔獣は?」
「魔王を倒したからでしょう。目覚めてから今ままで特に動きはありません。伝承でも魔王討伐後は一時的に姿を見せなくなるとか」

 目を瞑り刷り込まれた記憶を辿ればトビアスが言うように、魔王討伐後は魔族も魔物も姿を一時期消し、そして徐々に元に戻るとあった。
 身の危険を感じずに王都に戻ることができそうで春輝はほっと胸を撫で下ろす。
 トビアスは周りの騎士達に黙祷をしたあと、春輝を背負った。怪我をしているのはトビアスも同じだ。荒い息を吐き、時折痛みに耐えるような声を上げながらも、トビアスは春輝を背負い再び森の中へと出る。

 行きは魔族や魔獣に撹乱され、進みが遅かった。今は負傷しているトビアスが春輝を背負い歩いているため、歩みは牛歩だ。
 大きな背に揺られ、振動で痛みを堪えながら春輝は何度か意識を飛ばしていた。その度に再び痛みで起きるのだが、暫くすれば深い眠りへと落ちていき終わらぬ悪夢を見始める。

 悪夢はそれは酷い物だった。増幅された力のせいなのだろうか。いつもより深く思考までをも飲み込もうとする悪夢に春輝は藻掻き続けた。
 いつまで見続ければいいのか、悪夢の終わりがくることはなかった。いつもならば体感で数時間もすれば、ガベルトゥスの声に導かれ覚醒できていたというのに。
 今日に限ってなぜ声が聞こえないのかと苛立った矢先、春輝は自身がその声の主を殺したのだと思い出したのだ。
 悪夢の中を逃げ惑い、朝が来るのを待つしかない。それがどれだけ苦痛だったかを春輝は思い出し、盛大に舌打ちした。
 悪夢のことなど考えていなかった。声を聞き、覚醒を促す声がガベルトゥスだと理解はしたが、倒した先の悪夢の対処まで考えは及ばなかった。
 どれだけ助けられていたかを思い出し、苦々しい気持ちになる。だがガベルトゥスを殺さなければどの道いちかの元へは帰れない。それしか道は無かったのだ。
 どんどんと容赦なく迫りくる不快感と嫌悪感に、春輝は朝日が昇るまで苦しみ続けた。



 パチリと目を開ければ、木の幹の下で春輝は寝ているようだった。森の中は相も変わらず日の光が入っておらず、目が覚めなければ朝だとは気が付かなかっただろう。
 トビアスも暫くすれば目を覚ます。顔には取れない疲労の色が色濃く出ていた。
 冷える体をブルリと震わせた春輝は、ふとポケットに入れていた物を思い出した。取り出したのは出発前にいちかが春輝に手渡した菓子の残りだ。
 缶に詰められているその菓子を、春輝はこの遠征中大事に食べていたが既に残りはあと二つだけになっていた。

「トビアス」

 出発の準備を始めたトビアスに呼びかけた春輝は、徐に手を差し出す。

「えっと……?」

 受け取ろうとしないトビアスに、手にした一つの包みをトビアスに投げれば慌ててそれをトビアスが受け取った。

「これは……妹君から貰った菓子では?」
「やるよ。お礼にもならないけどな」

 唖然するトビアスをよそに、春輝は残った一つの包みを開け口に放り込む。仄かに広がる甘みが悪夢の余韻を少しだけ和らげた。

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