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17 教皇ジェンツ

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 オーバンは教会の本部のさらに奥へと足を向けていた。天窓から差し込む光が虹色に床へと反射する廊下を歩きながら辿り着いた先は、教皇ジェンツの執務室。

 いちかは春輝が旅立ってからというもの、数日はふさぎ込んでいたが、元からの性格もあるのだろう、今では周りを気遣い気丈に振舞っている。
 そんな中接触をしてきたサーシャリアは、明らかにいちかを快く思ってはいないようだった。一人きりの王女として甘やかされ育ってきたサーシャリアは、欲しい物はすべて手に入れないと気が済まない性格だ。

 オーバンは扉の前で溜息を吐く。サーシャリアは気に入った者以外の扱いは良いとは言えない。
 気に入った春輝を手に入れるには、いちかの存在は相当に邪魔であることは確かだった。それは先程の茶会でも証明されている。
 幼い子供、ましてや春輝が溺愛してやまないいちかを乱暴に扱うなど。
 王女であるサーシャリアに抵抗出来得る地位を、オーバンは持ってはいない。神官長という位に就いてはいるが、王族と渡り合えるだけの地位ではない。
 マルコムも一介の衛兵に過ぎず、貴族ではあるものの子爵家の三男など力があるものではなのだ。

 ガチャリと扉が開き、ジェンツ付きの侍従が入室を促してくる。窓からの光りを背にする教皇ジェンツの髪は綺麗なロマンスグレーが輝き神々しかった。
 老齢のオーバンよりも年は上なのだが、体の衰えは一切見えず髪の毛の色以外は若々しく美しさのある見た目をジェンツはしていた。

「オーバンだね。私に火急の用があるとか」
「はい猊下、できれば人払いをしていただきたく」

 柔和な表情を一瞬陰らせたジェンツは、オーバンが言う通りに人払いを済ませると、執務机から応接用のソファまで移動する。
 対面に座ったジェンツを確認したオーバンは、茶会での一連の出来事をジェンツに話した。

「なるほど、それで私をその妹君の後ろ盾となって欲しいと」
「はい、私と衛兵では殿下を窘めるだけの力がありません。妹君になにかあれば、ハルキ様はこの王国を許しはしないでしょう」

 この世界の都合で呼びつけ、更には託された大事な妹に危害を加えられたと知られれば、その圧倒的な力を振るってもなんらおかしくはない。そう思わせるほどに春輝のいちかへの愛は深いものだ。

「オーバン、あなたの話はよく分かりました。ですが残念なことに、私が後ろ盾につくことはありません」
「なっなぜですか猊下! 確かにイチカ様は勇者ではありませんが……勇者の怒りを買うのは得策ではないでしょう!」

 困ったように笑むジェンツに、オーバンはゾワリとした。寒くはないはずであるのに、体が急激に冷え寒くて仕方がない。

「あの妹君が邪魔だと言う点において私は殿下に同意しているんですよ」
「なっ!!」
「なにも勇者が欲しいのはサーシャリア殿下だけではないと言うことです。勇者には使い道があるのです。特に今回の勇者は……ね」

 ジェンツの言葉にオーバンは目を見開いた。まさかジェンツまでもが春輝を欲しがり、尚且ついちかまで邪魔だと思っていようとは。
 勇者の使い道と言うものはわからないが、良くないことだとは嫌でもわかる。そしてこのままではいちかに危険が及ぶのは明白だった。オーバンは慌てて席を立とうとするが、体はソファに縫い留められたように動かない。

「知られたからにはただで返すわけがないでしょう? あなたには特別な役目を上げましょうね、オーバン」

 ギラリと目を光らせ、手を翳してくるジェンツに言い知れぬ恐怖を覚える。ガタガタと震え思考が乱れる中、オーバンは春輝に必死で謝り続けた。
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