【完結】かつて勇者だった者

関鷹親

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14 魔王の森

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 魔王が住むと言う城に近付くほど、魔獣と出くわす頻度は増える。それと同時に魔族と呼ばれる、多少なりとも知性を持った悪魔のような生き物も出始めた。

 薄暗い森は奥へ奥へと誘うように討伐部隊を飲み込んで行く。広く深い泥に阻まれ、馬は立ち往生し前へ進む事を阻まれた。騎士達は必要最低限の物資を背負い、更に森の奥を目指す。
 次第に辺りには濃霧が立ち込み始め、至近距離でなければ互いの距離がわからないようになる。松明をつけ、明かりを頼りに隊列を確認しながら騎士達は歩みを進めた。
 どれぐらい歩いたのか、方向は合っているのか、そもそも今は朝なのか、夜なのか。全ての感覚がおかしくなるような不気味な森の中、魔獣に襲われ魔族に惑わされ、気が付けば騎士の数は半数以下まで減っていった。

 誰もが疲労にあえぐ中、トビアスの指示で休憩を取る。魔王と対峙する前だというのに、誰も彼も顔色が悪い。
 太い木の根元に腰を下ろした騎士達を見て、トビアスは感情を押し殺しているようだった。春輝とて無事に帰還するために力を出し惜しみなどしていない。だが、戦闘経験などない春輝に他人を庇いながら戦うなどできるはずがなかった。聖剣の力は敵を倒すことにしか特化していないのだ。
 これ以上味方を減らすまいと、春輝自身の攻撃が味方に当たらないようするのに必死なのだが、誰もそれをわかろうとはしない。
 誰も攻めはしないが、視線は雄弁に語ってくる。”なぜ仲間を助けてはくれなかったのか”と。

 グッタリとする体で泥のように睡眠を貪っていれば、呼ばれたような感覚に目が覚める。いつものあの低く心地のいい声ではない。
 自分の意識だけで目覚めたことで、辺りは暗いが日中であるのだとわかる。
 周りを見ればトビアスも含め、皆が眠りに落ちていた。きょろりと辺りを見渡し、春輝は重い腰を上げ声を探った。
 注意深く耳を澄ましていれば濃霧の中、不自然に光る辺りから微かにいちかの声が聞こえてきていた。既に懐かしいその声に、ふらふらと近づいて行けば、目の前にはいるはずのないいちかの姿が現れた。

「お兄ちゃん、一緒にあっちに行こうよ」

 場違いなドレスに身を包んだいちかは、更に濃い霧の向こうへと春輝を連れて行こうと手を伸ばしてくる。しかし春輝はその小さな手を冷たく見下ろすと、躊躇いなく聖剣を引き抜き、その手を切り落とした。
 途端にギャァァァと耳をつんざくような声を上げたいちかだった者は、青い体液をまき散らしながら春輝から慌てて距離を取る。未だ姿はいちかのままだが、その表情は痛みで醜く歪んでいた。

「ナゼバレタ、ナゼバレタッ」

 余程春輝を騙せる自信があったらしい魔族はなぜだと自問しているが、春輝にとっていちかではない者とそうでない者の違いなど明確にわかる。

「いちかに化けるなんて、腹が立ってしょうがない」

 小さく苛立ちを吐き出した春輝は聖剣をしっかりと握り直す。いつまでもいちかの姿を取っている魔族を消し炭にしなければ気が治まりそうにない。
 春輝に幻惑が効かなかった魔族は、牙を剥き出しにして春輝に襲い掛かってくる。丁度その時、異変に気が付いたトビアスが春輝達の元へと駆け寄って来るのが見えた。

「ハルキ殿!」

 焦ったような声を出すトビアスを横目で見た春輝は、眼前に迫る魔族の爪をひらりと躱すと、魔族の後ろから躊躇いもなくスパンと首を切り落とした。
 魔族の首はゴロゴロと転がり、トビアスの足元までくる。いちかの顔をした魔族にトビアスが唖然としている中、春輝は忌々しそうに剣に炎を纏わせ魔族の体と頭を焼き払った。
 パチパチと燃える頭から漸く視線を外したトビアスは、春輝の元へと歩み寄ってくる。

「あの、ハルキ殿……」
「俺が殺せないとでも思った?」
「はい……妹君の姿でしたので……私がとどめを刺そうと思ったのですが」
「本物じゃなければ姿がいちかだろうが関係ない。俺にはただの紛い物だ」
「あの姿は完全に妹君に見えましたが、どうやって見分けを?」

 後学のためにも是非教えてくれと言われたが、果たして春輝以外に見破れるかと言われれば首を傾げるしかない。

「いちかは、俺があげたうさぎのぬいぐるみを手放すことはまずないんだよ。アレは持ってなかっただろう? まぁそれを持っていたとしても紛い物かどうかはわかるけど」

 いちかは春輝が育てたといってもいい。まだふにゃふにゃとした赤ちゃんの頃からただ一心にいちかを守ることに終始してきた。だからだろうか。絶対に惑わされない自信がある。
 どんなに上手く化けられようとも、熱や匂いや春輝に向けてくる全幅の信頼と愛情を見間違うはずがないのだ。

「ハルキ殿は本当に、あの可愛らしい妹君を大切にしていらっしゃる」

 呆れるでもなく馬鹿にするでもなく、トビアスは春輝にそう穏やかに言ってくる。その顔はマルコムやオーバンと似たようなものだった。



 トビアスと共に騎士達の元へ戻り、簡易食糧で軽く腹を満たすと再び森の中を目指す。徐々に濃い霧は晴れ、見上げた崖の上には大きな城が聳え立っていた。
 ごくりと誰かが唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。とうとうここまで来たのかと春輝も聖剣を握る手に力を込めた。
 大きく重たく見える頑丈な扉が、耳障りな音と共にまるで春輝達を招き入れるように開いていく。
 トビアスと目を合わせた春輝は、小さく頷くと魔王の城へと足を踏み入れた。
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