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13 王女と妹

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 春輝が魔獣達を屠っていた頃、城の一角にある美しい薔薇の庭園で、いちかは心細さと共に綺麗に整えられたテーブルに付いていた。
 テーブルの上には子供が好きそうな甘いお菓子が所狭しと並べられ、本来であれば大喜びするところだろう。
 しかしいちかは喜ぶどころか、僅かな恐怖すら感じていた。ちらりと視線を手元から上げれば、無表情でいちかを見つめるサーシャリアの姿がある。その表情が亡き母親にどうしても重なり、びくりと僅かに体を跳ねさせた。

「遠慮せずにもっと食べていいのよ? それともお口に合わなかったかしら?」

 猫撫で声で話しかけられ、いちかは慌てて首を左右に振る。砂糖がふんだんに使われた菓子が美味しくないわけがない。けれどもどうしても、手にしたフォークが動かなかった。

「まぁそんなに緊張しなくてもいいのよ? 私はあなたと仲良くしたいだけなの」

 サーシャリアが一方的に話を進めていく。それは春輝がいかに素晴らしい勇者であるかと言う話に終始していた。
 春輝に好意を寄せる者は元の世界にもいた。その誰もがサーシャリアのように春輝を過剰に褒めて讃え、そして遠回しにいちかを邪魔だと言ってくるのだ。
 そのくせいざ春輝の前に出れば、過剰にいちかを構いアピールをする。目の前のサーシャリアはそんな女性達と同じであり、人を痛めつけることをなんとも思わない冷たい目をした母親とも同じだった。
 混在する二つの感情を読み取ってしまい、いちかは余計に菓子に手を付けられない。
 こんな時に春輝がいてくれれば、すぐにでもこの場から連れ出してくれる。しかし頼れる兄ははるか遠くに行ってしまっていて、いちかを助けられはしない。
 いちかは縋るように膝に乗せていたうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。

「可愛いうさぎさんね?」
「さっ触らないで!」

 ふいに伸ばされたサーシャリアの手をいちかはパシンと弾いた。唖然とするサーシャリアをよそに、周りに控えていた者達が一斉にいちかを取り囲む。

「殿下の手を払うとは、いかに子供とて不敬だぞ!」

 大柄な護衛騎士であるサイモン・ユラーに詰め寄られ、いちかは大きな目に涙を溜める。うさぎのぬいぐるみはいちかの中では、春輝の次に大事な物だ。
 誰にも触られたくない物に触れられそうになり、咄嗟に手を弾いてしまった。それがいけないとはわかってはいても、どうしても嫌だったのだ。

 完全に固まり、無礼を謝ることすらしないいちかに痺れを切らしたサイモンは、いちかの腕を掴み椅子から引きずり下ろした。
 力の加減もされずに掴まれ、いちかの目から涙が零れる。芝生の上を引きずられるようにしてサーシャリアの前に連れていかれれば、その顔は目が全く笑っていなかった。
 ひゅっと息をのんだいちかは、恐怖から体が小さく震えだしてしまう。

「お待ちください殿下、イチカ様をそのように扱ってはハルキ様になんと言われるか!!」

 走り寄って来たオーバンが慌てていちかを抱き起こし、サーシャリアに抗議する。オーバンの行動が面白くないのか、ピクリと片眉を上げたサーシャリアだが、すぐに笑みを張り付ける。

「私の護衛がごめんなさいね? さぁあなたも謝って。大事な勇者様の妹君に無礼はダメよ」

 しらじらしく言ったサーシャリアの言葉に、サイモンも仕方なくと言った風にいちかに謝罪する。
 苦々し気にその様子を見ながら、オーバンはイチカの治療を理由に薔薇の庭園からいちかを連れ出した。

「大丈夫ですか、イチカ様」

 部屋へと戻ると漸くいちかの体の震えが止まり、青ざめていた顔も血色が戻る。膝を付き目線を合わせて優しく声を掛けてくるオーバンに、いちかは小さく頷いた。
 勢いよく椅子から引きずり降ろされていたが、幸いいちかの体はふんだんに使われているドレスの布のお陰で傷はついてはいなかった。
 その事にオーバンは安堵する。勇者から直々に頭を下げられ、いちかのことを頼まれたというのに、なにかあったと知られれば不名誉にも程がある。
 なによりも、まだ幼くこの世界に連れて来られ、兄とも離れなければならなくなった不憫な子供に対して、護衛騎士がとった態度はあんまりだとも思うのだ。
 いちかの体は未だにゆっくりと回復させている最中で、大きな怪我や病気は死に直結してしまう。
 サーシャリアが春輝に対して何かしらの念を抱いているのはわかっていた。それが恋情なのか、ただの珍しい物への執着なのか定かではないのだが。
 どちらにせよ、春輝が大事にしていると嫌でもわかるいちかに、下手に手出しはしないだろうと思っていたのだ。

 侍女達に連れられ、別室で土に汚れたドレスをいちかが着替えている間、オーバンはマルコムと一緒に重たい溜息を吐いた。

「僕がもっと階級が高ければよかったんですが……」
「いや、こればかりは階級が高かろうと問題があるでしょう、相手は王族ですからね」
「ではどうすればいいでしょうか。あの様子だと殿下にまた呼ばれるかと思いますが」
「……教皇猊下に頼んでみましょう。あのお方なら王族と言えど下手に口出しはできませんし」

 オーバンはマルコムにいちかを任せると、足早に王宮を後にし、教皇に口添えして貰うべく神殿へと急いだ。
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