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11 魔獣
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翌日からはまるで腫物のように、今まで以上に周りから遠巻きにされた。
トビアスの誓いの効果だろうか、春輝の周りでこれ見よがしに囁かれていた悪口も、不躾な視線も煩わしい物は一切なくなっている。
連日の寝不足と余計なストレスのせいで、朝から春輝の顔色は真っ白だった。
それを心配したトビアスが教会から派遣され討伐部隊について来ている治癒師に春輝を診察させるが、精神的疲労と肉体疲労は治癒では治らないと言われてしまう。
栄養ドリンクやエナジードリンクがこれほど恋しく思うことになろうとは。この世界にはポーションの類はどうやらないらしい。
馬での移動を早々に諦めた春輝は、荷車に乗り込み目を閉じた。もちろん聖剣は抱えたままだ。
いちかが恋しくて仕方がない。すっぽりと収まる小さな体も、小さい子供特有の甘さを含んだ香りと体温はここにはない。
あるのは無機質で冷たい聖剣だけだ。
王都を出発して既に二週間。オーグリエ王国の端に魔王討伐部隊は漸く辿り着いていた。景色はあまり変わらない。ファンタジー映画で見るような壮大な景色が延々と続いているばかり。
景色を眺め感嘆するのは既に飽きていた。
春輝は夜になれば寝落ちるまで起き続け、眠りに落ちれば悪夢を見て、声に起こされ朝を迎えると言うことを繰り返していた。
日中は馬には乗らず、荷車に乗って仮眠を取る。しかしあの夜から神経が過敏になり、どんなに疲れ体が睡眠を求めようとも、僅かな気配や物音で目を覚ましてしまうようになっていた。
元々白かった春輝の顔色は日を追うごとに悪くなっていく。
ここまできてしまえば、むしろ朝まで起きなくてもすむ悪夢を見ている方が良いのではないかとも考えてしまうようになっていた。
上手く動かない頭でぼんやりと景色を眺める。遠くの山脈から吹き込んでくる風は少しばかりの冷たさを含んでいて幾分か心地が良かった。
「ハルキ殿っ起きてください、ハルキ殿!」
強く体を揺さぶられ目を開ければ、少しばかり焦りを見せるトビアスが視界に入る。どうやら僅かな春輝の眠りを妨げたのはトビアスのようで、思わず眉を顰めた。
「緊急事態です」
微かに焦りを見せるトビアスに促され、春輝は荷車から降りると辺りを見回した。すると大型の魔獣らしきものが数匹、こちら側に向かって走って来るのが見えた。
この世界に魔獣がいるというのは聖剣からの知識で知ってはいたが、実際に生きた姿を目にしたのは初めてだった。
小型の物は騎士達がその都度片付けていたので、春輝が生きたまま対峙することがなかったのだ。
まだ遠目ではあるが、バッファローのような見た目の巨大な魔獣は、咆哮上げながら隊列に真っ直ぐに向かってきている。
馬を走らせ先行した部隊が魔獣達へと次々に攻撃を繰り出し始めていた。ある者は剣で、魔法が使える者は魔法を駆使して魔獣達へと攻撃を与えていく。しかし遠目でも巨大な魔獣達がダメージを負っているようには見えなかった。
魔獣は騎士達の攻撃に怯む様子を見せるどころか、むしろ攻撃されればされるだけ興奮状態に陥っているようで、騎士達を軽々しく蹂躙していく。
目の前で見る惨たらしい光景に、春輝は特に動揺することはなかった。初めて見る大型の魔獣にも畏怖はない。
何故だか神経が凪いでいるのだ。本来ならば見たこともない魔獣に恐怖しても良いはずなのに。これも聖剣の恩恵なのだろうか?
そんなことを考えながら荷車を降りた春輝は、聖剣をソードベルトに取り付けると、指揮をとっているトビアスを見上げた。
「ここで騎士の人数を削るわけにはいきません。お力を貸して下さいますか、ハルキ殿」
トビアスは申し訳なさそうにしながら春輝に願い出ている。それとは対照的に周りに残る騎士達は、勿体ぶっていないでとっとと倒してくれとでも言いたげな視線を春輝へと向けてきていた。
トビアスが誓いを立てようが、根底にある勇者への思いは変わるはずがない。彼らはただ、トビアスを誓いの呪縛から守るために行動しているにすぎない。
いざとなれば簡単に春輝を見捨てるのだ。信頼関係を築けていないので当たり前ではあるのだが、面白くはないことは確かだ。
「トビアス、俺を襲った騎士達がいただろう? あいつらを好きにしていいなら、魔獣ぐらい倒してもいい。どうする?」
意地の悪い笑みを浮かべながら春輝はトビアスに問いかける。数人を犠牲にするか、大勢を犠牲にするか。上に立つ者ならどちらを取るか考えるまでもない。
「……わかりました。彼らを連れてきましょう」
一瞬躊躇った後にトビアスが下した判断に、周りで聞いていた騎士達はトビアスに抗議の声を上げようとしたが、そのトビアス自身に鋭く睨まれ口を噤むしかなかった。
渋々と言った様子で連れられてきた男達は、春輝を見ると顔を引きつらせた。普段いちか以外に表情を和らげない春輝が笑みを浮かべていたからだ。
「俺が気に入らないのは仕方がないけど、俺は魔王を倒して妹の元に帰らなきゃならないんだ。わかるか? お前らは聖剣を持たない俺より強いんだろう? 当然一緒にアレを倒しに行ってくれるに決まってるよなぁ?」
体の芯から恐怖を引っ張り出されるような、そんな歪な笑みを浮かべた春輝は目をにんまりと細め、怯える騎士達を見ていた。
トビアスの誓いの効果だろうか、春輝の周りでこれ見よがしに囁かれていた悪口も、不躾な視線も煩わしい物は一切なくなっている。
連日の寝不足と余計なストレスのせいで、朝から春輝の顔色は真っ白だった。
それを心配したトビアスが教会から派遣され討伐部隊について来ている治癒師に春輝を診察させるが、精神的疲労と肉体疲労は治癒では治らないと言われてしまう。
栄養ドリンクやエナジードリンクがこれほど恋しく思うことになろうとは。この世界にはポーションの類はどうやらないらしい。
馬での移動を早々に諦めた春輝は、荷車に乗り込み目を閉じた。もちろん聖剣は抱えたままだ。
いちかが恋しくて仕方がない。すっぽりと収まる小さな体も、小さい子供特有の甘さを含んだ香りと体温はここにはない。
あるのは無機質で冷たい聖剣だけだ。
王都を出発して既に二週間。オーグリエ王国の端に魔王討伐部隊は漸く辿り着いていた。景色はあまり変わらない。ファンタジー映画で見るような壮大な景色が延々と続いているばかり。
景色を眺め感嘆するのは既に飽きていた。
春輝は夜になれば寝落ちるまで起き続け、眠りに落ちれば悪夢を見て、声に起こされ朝を迎えると言うことを繰り返していた。
日中は馬には乗らず、荷車に乗って仮眠を取る。しかしあの夜から神経が過敏になり、どんなに疲れ体が睡眠を求めようとも、僅かな気配や物音で目を覚ましてしまうようになっていた。
元々白かった春輝の顔色は日を追うごとに悪くなっていく。
ここまできてしまえば、むしろ朝まで起きなくてもすむ悪夢を見ている方が良いのではないかとも考えてしまうようになっていた。
上手く動かない頭でぼんやりと景色を眺める。遠くの山脈から吹き込んでくる風は少しばかりの冷たさを含んでいて幾分か心地が良かった。
「ハルキ殿っ起きてください、ハルキ殿!」
強く体を揺さぶられ目を開ければ、少しばかり焦りを見せるトビアスが視界に入る。どうやら僅かな春輝の眠りを妨げたのはトビアスのようで、思わず眉を顰めた。
「緊急事態です」
微かに焦りを見せるトビアスに促され、春輝は荷車から降りると辺りを見回した。すると大型の魔獣らしきものが数匹、こちら側に向かって走って来るのが見えた。
この世界に魔獣がいるというのは聖剣からの知識で知ってはいたが、実際に生きた姿を目にしたのは初めてだった。
小型の物は騎士達がその都度片付けていたので、春輝が生きたまま対峙することがなかったのだ。
まだ遠目ではあるが、バッファローのような見た目の巨大な魔獣は、咆哮上げながら隊列に真っ直ぐに向かってきている。
馬を走らせ先行した部隊が魔獣達へと次々に攻撃を繰り出し始めていた。ある者は剣で、魔法が使える者は魔法を駆使して魔獣達へと攻撃を与えていく。しかし遠目でも巨大な魔獣達がダメージを負っているようには見えなかった。
魔獣は騎士達の攻撃に怯む様子を見せるどころか、むしろ攻撃されればされるだけ興奮状態に陥っているようで、騎士達を軽々しく蹂躙していく。
目の前で見る惨たらしい光景に、春輝は特に動揺することはなかった。初めて見る大型の魔獣にも畏怖はない。
何故だか神経が凪いでいるのだ。本来ならば見たこともない魔獣に恐怖しても良いはずなのに。これも聖剣の恩恵なのだろうか?
そんなことを考えながら荷車を降りた春輝は、聖剣をソードベルトに取り付けると、指揮をとっているトビアスを見上げた。
「ここで騎士の人数を削るわけにはいきません。お力を貸して下さいますか、ハルキ殿」
トビアスは申し訳なさそうにしながら春輝に願い出ている。それとは対照的に周りに残る騎士達は、勿体ぶっていないでとっとと倒してくれとでも言いたげな視線を春輝へと向けてきていた。
トビアスが誓いを立てようが、根底にある勇者への思いは変わるはずがない。彼らはただ、トビアスを誓いの呪縛から守るために行動しているにすぎない。
いざとなれば簡単に春輝を見捨てるのだ。信頼関係を築けていないので当たり前ではあるのだが、面白くはないことは確かだ。
「トビアス、俺を襲った騎士達がいただろう? あいつらを好きにしていいなら、魔獣ぐらい倒してもいい。どうする?」
意地の悪い笑みを浮かべながら春輝はトビアスに問いかける。数人を犠牲にするか、大勢を犠牲にするか。上に立つ者ならどちらを取るか考えるまでもない。
「……わかりました。彼らを連れてきましょう」
一瞬躊躇った後にトビアスが下した判断に、周りで聞いていた騎士達はトビアスに抗議の声を上げようとしたが、そのトビアス自身に鋭く睨まれ口を噤むしかなかった。
渋々と言った様子で連れられてきた男達は、春輝を見ると顔を引きつらせた。普段いちか以外に表情を和らげない春輝が笑みを浮かべていたからだ。
「俺が気に入らないのは仕方がないけど、俺は魔王を倒して妹の元に帰らなきゃならないんだ。わかるか? お前らは聖剣を持たない俺より強いんだろう? 当然一緒にアレを倒しに行ってくれるに決まってるよなぁ?」
体の芯から恐怖を引っ張り出されるような、そんな歪な笑みを浮かべた春輝は目をにんまりと細め、怯える騎士達を見ていた。
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