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04 騎士達

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 翌日着たこともない舞台衣装のような煌びやかで豪華な服に着替えさせられた春輝は、詰まる襟首に息苦しさを覚えながらも、嫌々宰相であるマクシムの元を訪れていた。
 今だ目が覚めないいちかの元を離れたがらなかった春輝だったが、衛兵と言う割には人が良さそうな柔和な表情をしたマルコムと、神官長のオーバンが見ていることを条件にして、部屋をやっと出たのであった。

 宰相の執務室の横にある談話室に入ると既に人が集まっており、春輝の入室が声高に告げられると一斉に視線を向けてくる。
 思わず眉を一層潜めた春輝は、促されるままに一人用の椅子に座った。

「ハルキ殿のお目覚めが早くて助かりました。歴代の勇者は聖剣からの記憶の処理に時間が掛かり、大体十日ほどは目覚めないのです。それほどまでにハルキ殿のお力が強いと言うこと。大変喜ばしいかぎりです」

 本当にそう思っているのかわからない表情で話す宰相に、春輝が怪訝な表情を消すことはなく、警戒したまま話を聞く。

「こちらにいる彼らはハルキ様と討伐を共にする者達の各隊長を務める者達となります。お前達、挨拶を」

 宰相の後ろに控えていた五人の屈強な男達は、口々に所属や階級を言って行くが春輝はそれを興味がなさそうに眺めた。
 その雰囲気を敏感に感じ取った五人は、春輝を傲慢な勇者として認識してしまう。彼らは優秀な騎士であり、日々魔獣や魔物と倒していてその腕には皆自信がある。
 勇者は誰もが憧れる存在だが、実際に日々を戦場で戦う彼らにとっては喜ばしいものではない。なぜなら勇者は彼らの功績を軽々と奪い去り、人々の記憶から彼らを消し、勇者と言う存在だけを強烈に残すからだ。
 勇者と言う存在を心から歓迎している訳ではない。むしろ突如現れるその存在に遜らなければならず、従うしかないのだから面白くないと言ったところだ。
 しかも今回の勇者はどう見ても戦いに向いているとは思えない。ただの年下の青年にしか見えない相手を庇いながら戦わねばならないのかと思えば、騎士達が不満を覚えるのは無理もなかった。

 そんな感情を隠したまま、騎士達の中で一番位が高く、魔王討伐遠征部隊の隊長を務めることとなっている第三騎士団団長のトビアス・ホッパーは、春輝の前まで進み出るとにこやかに笑いながら手を差し出した。

「どうぞ勇者殿、よろしくお願いします。今夜は勇者召喚と親交を深めるための祝宴行いますので、我々と共に存分に楽しみましょう」
「春輝でいい。それと、俺は仲良しこよしをしたいわけじゃない。俺にとっては魔王なんてどうでもいいことだ。いちかが治ればそれでいいし、そのためだけに討伐に行くんだからな」

 差し出されたトビアスの手を一瞥しただけで視線をそのまま宰相に向けた春輝は、宰相に討伐に行くのはいつになるのか聞き始めてしまう。
 あまりの素気無い態度に、トビアスの手は差し出したままになっていた。
 宰相はそんな春輝の態度を特に咎めることはなく話を進めていく。勇者として夢を抱き、あれやこれやと注文を付けられたり、傲慢な態度を取られても扱いに困るのだ。
 淡々と取り乱すことも無く冷静に話を進めて行く春輝は、駒としては上々といったところだった。

「ハルキ殿の力が発現し準備が整い次第、討伐へ行って頂きたい」
「いちかが目覚めていちかの安全が確保できないなら、力があろうが俺は討伐には行かないからな」
「……わかりました、ではそれでかまいません」
「あとさっきも言ったけど俺は馴れ合うつもりはないんだ。祝宴ってのも参加するつもりはないから。俺抜きで勝手にやってくれ」
「いや、しかしそれでは……」
「話は終わりだろ? 俺は部屋に戻る」

 席を立った春輝は、唖然とする宰相達を置いてすぐに談話室から出て行ってしまう。残された面々は口々に不満を漏らすが、宰相はそれを咎めはしなかった。魔王が討伐されれば勇者の人格などはどうでいいのだ。



「あ、ハルキ様! ちょうど今から呼びに行こうと思っていたんですよ、良かったですね、妹様お目覚めになりましたよ!」

 部屋に着いた途端に笑顔のマルコムにそう言われた春輝は、豪華すぎるベッドの元まで走り寄りいちかを確認する。

「お兄ちゃん!」
「いちかっどこか痛いところはないか? お腹はすいてない?」

 聞かれた瞬間に思い出したのか、ぐうぅと鳴り出したお腹の音に春輝は可笑しそうに笑い、いちかは恥ずかしそうに顔を赤くしながらぽかぽかと春輝を叩いた。
 マルコムはすぐに食事の用意をするように侍従に言おうとしたが、そこでふと病み上がりの小さな子供がなにを食べるのかがわからず、春輝におずおずと聞く。
 まさか言わないうちから、いちかに配慮して貰えるとは思わなかった春輝は、一瞬驚いた表情を見せると少し考える素振りを見せてから、フルーツとスープを持ってくるようにマルコムに頼んだ。

「勇者さ……ああぁいえ、ハルキ様ほかに妹様に必要な物があれば、侍従に言っておきますよ」
「必要……服を何着か持ってきてくれるか? あとはそうだな退屈だろうから本とかかな」
「わかりました、いちか様好きなお色はありますか?」
「私は薄い紫が好き!」
「では飛び切り綺麗なドレスを用意させますね」
「お兄ちゃん、ドレスだって!」

 キラキラと嬉しそうに目を輝かせたいちかは、どうやら目が覚めてからマルコムと話し既に仲良くなっていたらしく、警戒するような様子は見せてはいなかった。
 そのことに安心した春輝は、自身がいない間の子守りをマルコムに任せたいと言い出しマルコムを驚かせるのだった。

 祝宴は春輝がいなくとも予定通り行われた。春輝を一目見て気に入っていたサーシャリアは着飾ったこおtが無駄に終わり、苛立ちを隠せず早々に席を立った。
 トビアス達は春輝がいないことを良いことに、周りに聞こえないよう悪口に花を咲かせる。
 不穏なまま宴は進んでいたが、当の春輝は与えられた自身の部屋でいちかにべったりと付き添い、幸せそうな笑みを浮かべていたのであった。
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