運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

69. 攻防

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 恐怖が頭を支配する中で、ふと甘い香りが千尋の鼻を掠める。
 香りは次第に濃さを増していき、脳をゆっくりと浸食していくようだった。
 覚えのあるそれは紛れもなく住人達が使用していた薬だろう。
 千尋は煙を吸い込まないようにと鼻を塞ごうとしたが、それよりも早くフレディに腕を捕まれ押し倒されてしまった。

 気が付けば、馬乗りになっているフレディが千尋の心臓の真上からハンドガンを突き付けていた。
 下手に動くこともできず、千尋はせめてもの抵抗としてフレディを睨みつけるしかない。
 何もできない千尋に気をよくしているのであろう彼は、余裕たっぷりにいやらしい笑みを浮かべるばかりだ。

「僕の楽園だったのにさぁ。これでもうこの場所は終わりかなぁ……せっかく長年かけてこの場所を作り上げたって言うのにねぇ……本当に腹が立って仕方がないよ」

 イラつくように吐き出されるフレディの言葉に、千尋は不快感しか感じなかった。
 そもそもこんな場所など存在していていいはずがない。
 Ωが失意の先に求めた場所がここであったとしても、それはただの幻に過ぎない。
 この場所の実態は、紛れもなくフレディの私利私欲のための場所なのだから。 

「私を人質にしても、どうせ彼らに捕まりますよ」
「そうだろうねぇ?」

 どこか余裕たっぷりに喋る目の前の男の瞳孔は完全に開いていて、どう考えても正気ではない。
 心臓の上に置かれた銃口にちらりと視線を向ける。
 ハンドガンをどうにかして奪えれば、勝算が僅かでもあるかもしれない。だが千尋は上に乗って動きを封じ込める男には力では勝てはしないだろう。
 無力な自分への歯がゆさに歯をギリギリと食いしばる。
 甘い香りは先ほどよりも窓のない部屋に充満していて、千尋の脳をさらに揺らそうとしてくる。
 自分自身に余り効果がないことは分かっているが、念のために呼吸を最小限にしていれば、その抵抗すらも面白いのか、フレディは三日月の形に細めた目をさらに細くする。

「確かにこのままだと、簡単に彼らに捕まってしまうよねぇ。でも――」

 瞬間、千尋はフレディの手によって鼻と口を思い切り塞がれていた。
 急に呼吸ができなくなった千尋はじたばたと藻掻き、押さえつけてくる手を振り払おうとする。

「ふッ、ふぅ、う゛ッ」
「はははっとっても苦しそうだねぇ」

 しかしそんな抵抗も空しく、ただただ肺に満たされていた空気が無くなっていくだけだった。
 そんな千尋を嘲笑うように、フレディは凶悪な顔でケタケタと笑う。
 酸欠と顔面を押さえつける手の強さに、千尋の白い肌は赤みがどんどん増していく一方だった。

 徐々に朦朧とし始めた頭に、ここで意識を飛ばしては駄目だと必死に耐える。
 するとどこから取り出したのか、フレディが液体が入った小瓶を持っているのが目に入った。
 生理的に溢れ出る涙で霞む目だが、確かに見えたそれに千尋は全身の血の気が引いたのを感じる。
 怯えを全身で表す千尋に満足げに笑みを深めたフレディは、前触れもなく押さえつけていた手を離した。

 ぱっと離された手に、本能で空気を取り込もうと口が大きく開いてしまうと、それを待ち構えていたよう小瓶を千尋の口に押し込んできたのだ。
 甘ったる香りと共に液体が口の中を満たせば再び口を塞がれてしまい、液体を吐き出すことができない。
 必死に飲み込むまいと抵抗するが、いつまでも続けられるわけもなくーー
 ごくりと飲み込んでしまった液体に、体の温度がさらに下がる。
 嚥下したことに気が付いたのだろうフレディは、いやらしい笑みを深め満足そうに千尋を見下ろす。

「君が、僕を運命の番だと認識したまま番ってしまえば、彼らは手出しできないだろうねぇ」

 至近距離でギラツく目に、肌が粟立ち恐怖が支配する。
 薬が飲まされた体は、心の冷えとは対照的にどんどん熱を持っていくようだった。
 煙であればレオが来るまでの時間、耐えることができただろう。
 だが直接、ある程度の量を体内に入れてしまえばどうだろうか。

 にやにやと見下ろしてくるフレディに、早まる心臓。嫌な汗が全身から噴き出してくるのに、官能を引きずり出そうと体内から染み込む薬。
 ぞわぞわと肌の下を這いずり回るような不快な感覚が、次第に快楽の訪れを告げるようなものに変わっていくのを感じる。
 恐怖以外のなにものでもない感覚に、千尋は理性を失わないようにと口内に歯を立て痛みでそれを振り払おうとした。
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