運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

66. 混乱する森の中

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 他の隊員たちから上がってくる情報はどれも似たようなものだった。
 部屋の中では卑猥な行為が行われているか、複数人で夕飯を食べているか、はたまた寝ているか。そのどれかだった。
 レオ達は住人達に気づかれないように素早く家の中を確認し、そしてまた次の家を確認していく。
 特に武器になるような物は確認できず、レオ達に対抗できる術を持っていないようだった。
 そのことに隊員達が安堵の息を漏らすのをレオは横で聞いていた。
 危険極まりない武力集団との混戦等をすることがある彼らにとって、住人達が主だった武器を持たないというだけで酷く安心できるのだ。
 命危険に晒される率が下がることの嬉しさは、レオも経験したから知っている。

 だがそれが逆に油断を呼んだのかもしれない。
 隊員の一人が住人の女性に見つかり、甲高い悲鳴が静まり返っている森の中に響き渡ったのだ。
 慌てて外に出た女性は、さらに大きな叫び声を上げながら周りの家々に危険を知らせに走った。
 当然それを聞きつけた住人たちは家から顔を出すと、この場所に居るはずのない隊員達に気が付き騒ぎ始めてしまったのだ。

『すみませんっ! すぐに事態の収拾に動きます』

 失態を犯した隊員からの通信に、レオは舌打ちを盛大に鳴らしながら指示を飛ばす。
 この騒ぎでフレディに気づかれないはずがない。
 彼らが居るであろう中央の家に周りに警戒をしながら近づいていけば、扉が突如開かれ中から瘦身の男が出てきた。
 レオはすぐさま合図を出し、近くの物置小屋の裏に潜んで一緒に着いてきていた者達の足を止めさせる。
 目標の家まではまだ距離があり、暗がりを進んでいたレオ達の存在は気づかれてはいないだろう。

 僅かな音もたてないようにじっと暗闇に潜み、男の行動を注視する。
 すると男は液体をばら撒きだした。

 風に乗って、ばら撒かれた液体の香りがレオ達の元まで漂ってくる。
 それを僅かに吸い込んだ瞬間、どろりとした甘ったるい匂いが頭の芯を揺らし、その香りが周囲一帯に立ち込め始めたのだ。

「ッ!! 総員今すぐガスマスクを着用しろ!!」

 無線で各隊員に一斉に指示を飛ばすと、レオも素早くガスマスクを着用する。
 なんどか深呼吸してやり過ごせば、頭にかかりそうだった霞はすぐに晴れていった。
 男がばら撒いたのは紛れもなくフェロモンアタックで使用されていた薬だろう。

 その証拠に、香りを思い切り吸い込んでしまったであろう外に出て混乱に叫んでいた住人達が動きを止め、どこか恍惚とした表情をしだす。

「レオ、これは……」
「説明した通りの薬がばら撒かれたみたいだな。あぁなりたくなければ抑制剤を打ち込んでおけ」

 見る間に辺りは理性を失った者達で溢れかえった。
 外であるにもかかわらず服を脱ぎ捨てた住人達は、一様に目を血走らせ涎を垂れ流して乱れ狂う。
 その光景の悍ましさといったら言葉にできないほどだ。

 悲鳴と嬌声が入交、隊員達を運命の番だと思い込み襲い来る理性を忘れた住人達。
 彼らに対抗するべく隊員は戦闘態勢を取り、銃声を響き渡らせ始めた。
 まさに地獄絵図だと言える光景だ。
 そんな中、強力な力で襲いかかってきた住人達を制圧したレオは、乱れた息を整えて男が居た中央の家に目を向けると目を見開いた。

 窓の奥がオレンジ色に染まり、ちらちらと揺れているのが見える。
 多くの経験から、それがライトの色だと見間違うはずもない。
 その光景を見た瞬間、全身の毛がぶわりと逆立った。だがレオは冷静さを失ってはいけないと自身に言い聞かせながら暗闇の中で注意深く視線を凝らす。
 建物まではまだ距離があり、どうなっているのか細部までは分からない。
 フレディと言う男の居城は、目の前で燃えている建物で間違いなかった。
 そこに千尋はいるはずなのだ。
 慌ててネックガードの通信を飛ばすが、反応は一切なく空しくコール音が鳴るばかり。
 木造の家は火の回りが早くさらに炎が大きくなり、家の窓ガラスがあちこち割れ始めた。

「あの中に千尋が居る可能性が高い!! 走るぞ!」

 隠れて動いている場合ではないと判断したレオは、大きな声を張り上げると重たい装備で足場の悪い中を全速力で走り出す。
 千尋の危機を知らせるように頭の中ではけたたましく警告音のような音が鳴り響き、神経がささくれ立っていくのが嫌でも分かる。

「――っレオ待って、あそこ!!」

 ニコールの声に足を止めれば、燃える家から遠ざかるようにして走る人影が複数見えた。

「そこのお前達止まれ!!」

 我武者羅に走っているように見える人影に向けフレッドが声を張り上げれば、一度立ち止まった人影が今度はこちらに向かって走り寄ってきた。
 暗がりと燃える光で上手く向こうの顔が見えない。
 万が一に備えて警戒態勢を取ったその時、レオの横に立っていたニコールが膝から崩れ落ちた。

「ニコール!?」
「あ、あぁ、私のっ、私の番が……!!」

 体を震わせ、ただ一点を見つめるニコールにレオは既視感を感じ、その視線の先に素早く目を凝らした。
 すると徐々に近づいてくる人の数は三人だと言うことが分かり、そのうちの一人の体格が小さいのが見て取れたのだ。

 ゆっりと歩き出したニコールを薬にやられたのだろうと他の隊員達が必死に引き倒し、抑制剤と安定剤を素早く打ちこむ。
 だが彼女が正気に戻ることはない。それをレオは分かっていた。
 今までに何度も千尋の横で見てきた光景とニコールの今の姿が被る。なによりも、レオ自身が体験していた事柄でもあるので、理解できるという面もあった。

 しかし周りにいる隊員達は事態を正確に把握できるはずもない。
 羽交い絞めにされ動きを塞がれたニコールに、フレッドが胸倉を掴み鬼のような形相で睨みつけると声を張り上げる。

「ニコール、お前はアイリスの運命の番だろう!? ここで他の奴と番うつもりか!?」
「ちが、違うわフレッドっ違うの、彼女は――」
「パパっ!!」

 突然響いた声にフレッドは驚きに目を見開くと、掴んでいたニコールのタクティカルベストから手を放すと、ふらふらと声の方に歩き出す。
 周りの隊員達がフレッドを止めようとするが、レオがそれを制した。

「……アイリス!! あぁ、無事だったのか!!」

 アイリスは一目散にフレッドの元に走り出すと、飛びつく勢いで抱き着いた。
 だがそれと同時に、ニコールの存在にも気が付いたらしくすぐにフレッドから離れると、次の瞬間にはその目から歓喜の涙を溢れさせた。

「貴女は、本当に私の……? 偽物じゃない?」

 ぼろぼろと涙を流しなが抱き着いたアイリスを、ニコールが愛おしそうに抱き込む。
 周りの者達は唖然としながらその光景を見ていたが、ある意味見慣れているレオにとっては感動的な場面でもなんでもなかった。
 今重要なのは千尋をいち早く見つけること、ただそれだけだ。

「このままここに居たら薬の影響をさらに受けるかもしれない。フレッド、お前はそのままついてこい。ニコールが傍に居れば安心だろう? ニコールはそのまま下がってていい」

 ニコールは既に周りの声が聞こえていない様子を見せていて、その場から動こうとはしなかった。
 隊員の一人にニコールとアイリスを拠点に連れ戻すように指示を出す。
 運命の番同士が出会えば、お互いしか見えなくなることをレオは経験上痛いほどに理解している。
 忌まわしく悍ましい記憶が掠めるのを頭を振って消し去ったレオは、ライリーと寄り添っているマークスに漸く視線を向けた。

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